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反乱で処刑された若き領主、気づいたら過去に戻っていました。  作者:


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穏やかな春、忍び寄る兆し

春らしい春は、確かにやって来た。

だが青空は少なく、曇りがちの日が多い。雨も頻繁に降り、畑は湿り気を帯びている。

ここまでは、俺の知っている通りだ。


――やはり来るか。凶作が。


せめて我が領だけでも、押さえ込まなければならない。

そのために、時間を戻してここに来たのだ。


気付けば春は終わり、夏がやって来た。

だが今年の夏は、どこか輪郭が薄い。

強烈な日差しもなく、暑さは控えめで、過ごしやすい。


領民達は口を揃えて言う。「今年は楽な夏だ」と。


だがそれが、逆に不安を掻き立てる。

この“過ごしやすさ”こそが、凶作の前触れだ。


雨が多く、日照が足りない。

穂は伸びても、実が入らない。

俺は、その結末を知っている。


良い事か悪い事か分からないが、未だに商人から小麦の買い取り打診が来ているらしい。

しかも安値で、だ。

所謂、損切りだろう。

今年の収穫が始まれば、小麦の価値はさらに下がる。

その前に、少しでも金に換えたいという判断だ。


父上は、その小麦を更に買い込んでいる様だ。


倉庫は、まだ余裕がある。

加工場も動いている。資金もある。


ならば、出来る事はやるだけだ。


この夏が“穏やか”で終わるはずがない。

それを知っているのは、俺だけだ。


夏らしくない夏が、静かに過ぎていく。

照り付ける日差しは少なく、風は涼しいまま。

その結果は、畑にはっきりと表れていた。


小麦の育ちが、明らかに悪い。

茎は伸びても弱々しく、穂の張りが足りない。

実入りも期待出来そうにない。


それに引き換え、黒麦は――

決して「良い」と言える程では無いが、少なくとも“普通”だ。

大きな乱れも無く、一定の成長を保っている。


流石だな。この作物は、こういう時の為にある。


農家達も、薄々と感じ始めている様だ。

彼らは素人では無い。

毎年、毎日、畑を見て生きてきた者達だ。

小麦の成長を一目見れば、今年がどういう年かは解る。


「今年は、厳しいかもしれねぇな」


そんな声が、畑の端々で聞こえ始めている。

まだ誰も口には出さないが、空気は確実に変わってきていた。


そして俺は知っている。

この“違和感”が、やがて確信に変わる事を。



兆しの先で。


俺も小麦の観察を続けていたから解る。

このままでは、凶作は免れない。

まだ収穫までは時間があるが、既に取り返しのつかない所まで来ている畑も多い。


そんな事を考えていると、父上の元に商人から情報が入ったらしい。


ここよりも遥かに小麦生産量の多い領地で、長雨にやられ、不作がほぼ確定したとの事だ。

しかも、その規模は一部では無い。主だった農地全体に影響が出ているらしい。


だが――

当の領地は、まだその深刻さに気付いていないだろう。


恐らく、備蓄がある。

去年、そして一昨年の豊作で倉庫は満たされている筈だ。

だから「今年は少し悪い」程度で済ませている可能性が高い。


問題は、その“少し”がどれほど危険かだ。


備蓄は、安心を生む。

だが同時に、判断を遅らせる。


俺は知っている。

凶作は、ある日突然「足りない」という形で現れる。

それまでは、誰も本気で困っていない。


商人達は、もう嗅ぎ取っている。

だからこそ情報が回り始めた。

だからこそ、動き始めている。


まだ表には出ない。だが確実に、歯車は回り始めていた。



商人達は、今まさに右往左往している様だ。

つい数週間前、少しでも金に換えようと手放した小麦。その価値が、急激に跳ね上がったのだから無理もない。


噂が噂を呼び、相場は一気に反転した。


「今年は足りないかもしれない」


その一言で、市場は恐怖に染まる。


小規模な商人ほど被害は大きい。

在庫を吐き出した直後に価格が上がれば、手元には何も残らない。

今さら買い戻そうにも、値は既に跳ね上がっている。


一方で、大規模な商人達は違う。

恐らくまだ在庫を抱えているだろう。

彼らは今頃、静かに笑っているに違いない。


もっとも――

大商人と言えども、我が領ほどの規模で倉庫を構えているはずはないと思う?

量も、期間も、そして余裕も。


加工場は止まらず、倉庫は満ち、領内の食は揺らいでいない。

売るも良し、抱えるも良し、加工するも良し。選択肢は、こちらにある。


俺は確信した。

この局面で、我が領は既に一歩も二歩も先に立っている。


――勝ったのだ。

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