静かな答えを待つ時
黒麦の収穫は無事に終わった。
後は干して、どれだけの量になるかを見るだけだ。
耕しただけの土地。
肥料もほとんど入れていない。
本当に最低限の手しか掛けていない黒麦。
それでも、確かに穂は実った。
量はまだ分からないが、「ゼロではない」という事実だけでも意味がある。
今は束ねた黒麦を並べ、風と時間に任せて乾燥を待つしか無い。
焦っても結果は変わらない。
一方で、領内全体の小麦も気に掛かる。
見渡す限りの畑。
その刈り取りは順調に進んでいるが、面積が面積だ。
全て終わるまでには、まだ数日は掛かるだろう。
倉庫は整えた。人も足りている。
運び込む準備も出来ている。
後は、畑がどんな答えを返してくるかだ。
今年の秋は、静かに、だが確実に、結果を突き付けてくる。
数日が過ぎ、乾いた黒麦の脱穀を行った。
束を解き、穂を落とし、粒を集めていく。
さて……どれだけ取れているか。
手のひらに集めて眺めてみる。
量としては、まあまあ、だな。
正直に言えば、同じ面積の小麦と比べると取れていない、かもしれない。
だが――耕しただけ。肥料もほぼ無し。
管理も最低限。
その条件を考えれば、決して悪くはない。
「手間」をどう見るかだな……。
手間を掛ければ小麦に劣る。
だが、手間を掛けない前提なら、黒麦は十分に選択肢に入る。
痩せた土地、条件の悪い場所用としてなら、価値はある。
量だけでは、まだ判断出来ない。
問題は味だ。
「さて……味はどうなんだ?」
粒を指で転がしながら、そう呟く。
こればかりは、自分で考えても仕方がない。
料理人に渡して、何か作ってもらうか。
パンでも、粥でも、何でもいい。
食べてみなければ、作物としての価値は見えてこない。
黒麦が、“非常時の保険”なのか、それとも“新たな主力”になり得るのか。
その答えは、舌が教えてくれるはずだ。
酸味の先にあるもの。
黒麦パンが焼き上がったと聞き、早速、切り分けてもらった。
見た目は悪くない。色は濃いが、ずっしりとしている。
独特の香り。
少し鼻につく、発酵したような匂いだ。
一口、口に運ぶ。
……うっ。
思ったより酸味が強い。
舌に残る、独特の後味。
だが――
食べられないほどではない。
毎日これ、となると正直つらいが、たまになら……いや、慣れればどうだろうか。
空腹なら、文句は言わずに食べるだろう。
次は黒麦粥。
こちらも香りは同じだ。
湯気と一緒に、あの独特な匂いが立ち上る。
一口。
やはり、酸味が先に来る。
だが粥にすると、パンよりは幾分ましだ。
腹に溜まる感じも悪くない。
……しかし。
考え込む。
これを、領内が不作の年ならどうだ?
十分に価値がある。
小麦が採れず、選択肢が限られる状況なら、迷わず蒔くだろう。
だが――
領内外が豊作の翌年に、全てこれを蒔く理由は、やはり見つからない。
味。
慣れの問題はあるが、進んで選ばれる味ではない。
黒麦は、主役ではない。
だが、切り捨てるには惜しい。
痩せた土地。
冷夏。
乾燥。
条件の悪い年、悪い場所。
そういう「最後の一手」としてなら、十分すぎるほどの価値がある。
これはこれで……だ。
さて、如何するか。
全体に広げる必要はない。
だが、忘れ去るには惜しい。
黒麦は、
「使わないのが一番だが、無いと困る」
そんな作物なのかもしれない。
俺はそう結論づけ、残った黒麦の袋に目をやった。
黒麦については、やはり一度きちんと父上に上げておくべきだな。
紙を広げ、筆を取る。
どう書くか……。正直、悩む。
家畜の餌用、という逃げ道も頭をよぎった。
だが、それでは黒麦の本質を隠す事になる。
確かに味は癖がある。
小麦の代替として常用するには向かない。
だが、育成条件の緩さ、手間の少なさ、環境耐性は無視できない。
中途半端に取り繕えば、判断を誤らせる。
……正直に書こう。
・開墾直後、肥料無しでも育成可能
・冷夏、乾燥に強い
・収穫量は小麦よりやや劣る
・味に強い癖あり。主食向きではない
・非常時、凶作年の補助食としては有効
利点も欠点も、そのまま。
黒麦は「豊作の時に広げる作物ではない」。
だが「凶作の時に無いと困る作物」だ。
そう締めくくる。
判断は父上に委ねるしかない。
領主として、どう使うか。どう残すか。
少なくとも、俺はやるべき事はやった。
筆を置き、乾いた墨を見つめながら、この作物が使われない未来を、密かに願ってしまった。




