甘酸っぱい一歩
「坊ちゃん!」
呼びかけられて顔を上げる。
「ん? どうしたの?」
職人の顔は、隠しきれない興奮で赤らんでいた。
「出来ましたぞ!」
「ん!? ベリー酒?」
「はい!」
それを聞いた瞬間、考えるより先に体が動いた。
「行こう!!」
作業場に入った途端、ふわりと漂う香り。
甘さの中に、きゅっと鼻をくすぐる酸味が混じっている。
「うわ……甘酸っぱい香りだ」
桶の中を覗き、慎重に杯に注がれた液体を受け取る。
一口。
酸味が最初に口の中に広がり、その後に穏やかな甘さが追いかけてきた。
重すぎず、軽すぎず、喉越しも悪くない。
「……悪くない。いや、普通に美味いな」
思わずそう口にすると、職人が胸を張る。
「成功、ですね!」
「うん。成功だよ」
これは嗜好品として、十分通用する。
少なくとも「失敗」では決してない。
「はい! 早速、お父上に!」
「そうだね!」
俺は頷き、改めて杯を見つめた。
森に捨てられてもおかしくなかった実が、
こうして形を変え、価値を持つ。
――また一つ、この領地に「武器」が増えた気がした。
執務室に戻ると、父は書類から顔を上げた。
「何だ?」
「新しい酒です」
「ほう? 新しい酒?」
「はい。ベリー酒です!」
そう言って差し出すと、父は少し眉を上げた。
「ベリー、か……」
杯を受け取り、軽く揺らして香りを確かめる。
「……甘酸っぱい香りだな」
ゆっくりと一口。
一瞬、考え込むように目を細め、それから小さく息を吐いた。
「甘い。しかし……野生味がある」
「森の実ですからね」
「なるほどな」
もう一口、今度は確かめるように口に含む。
「面白い酒だ。貴族向けとは言い難いが、嫌う者ばかりではあるまい」
そう言って杯を置き、こちらを見る。
「量は?」
「今年は試しなので、そう多くはありません」
「なら良い」
父は小さく頷いた。
「干しベリーといい、酒といい……エドワルド、お前は“余った物”を無駄にしないな」
その言葉を聞き、俺は少しだけ胸を撫で下ろした。
どうやら、この一歩も――間違いではなかったようだ。




