溢れた実の行き先
ベリーの収穫は、一通り終わった。
畑はすっかり静かになり、あれほど赤く染まっていた光景が嘘のようだ。
干しベリーの方はと言えば……正直、干す場所が足りない。
軒下、倉庫の一角、空いている小屋。
思いつく限りの場所を使っても、なお余るほどの量になってしまった。
「これは……やりすぎたか?」
そう思わなくもないが、今さら後戻りはできない。
余ったベリーは、酒作りの作業場へ回してもらう事にした。
まだ完成するかどうかも分からないし、正直、失敗する可能性の方が高いだろう。
だが、食べきれずに腐らせてしまうよりは、よほどマシだ。
「どうなるかは分かりませんよ?」
そう言われたが、それでいい。
「構わない。試しだ」
この領地では、試してみなければ分からない事が多すぎる。
じゃじゃ芋酒も、小麦酒も、最初はそんなものだった。
もし成功すれば、新しい酒になる。
失敗すれば、それはそれで経験だ。
干しベリーを見回すと、改めてその量に圧倒される。
冬を越す分としては、十分すぎるほどだ。
むしろ、来年以降どう扱うかを今から考えなければならない量になっている。
「ベリーも、もう『ついで』じゃないな……」
かつては森で拾うだけの果実だったものが、
今では畑で育て、加工し、保存し、酒にまでなろうとしている。
また一つ、領内の当たり前が変わりつつある。
それが良い事なのか、厄介な事なのかは、まだ分からない。
だが少なくとも――
捨てるしかなかった未来よりは、ずっと前に進んでいる。
俺はそう思う事にした。
領主の元に、商人が訪れていた。
執務室で応対する父の前に、商人は丁寧に頭を下げる。
「して、今日は何用だ?」
「干しベリーについてのお話でして」
「……干しベリー?」
父は一瞬、眉を寄せた。
確かに量は多いが、あれはあくまで保存食の一種。
王都に売りに出すような物だとは思っていなかった。
「あんな物が、商品になるのか?」
「はい。こちらの領地では珍しくありませんが、王都では比較的珍しい果実でございます」
商人は落ち着いた口調で続ける。
「生のままでは日持ちがしませんが、干してあれば話は別です。保存が利き、軽く、持ち運びもしやすい。しかも今回は――」
言葉を区切り、商人は意味ありげに笑った。
「纏まった量がある、と聞き及んでおります」
父は腕を組み、少し考え込む。
「量があるからこそ、買い手が付きやすい、という訳か」
「その通りでございます。菓子職人、保存食としての需要。用途は意外と広いのです」
「……ほう」
父の表情が、わずかに変わった。
余って困っていた物が、王都では“欲しがられる品”になる。
それは、最近の領地の変化を象徴しているようにも思えた。
「価格次第だな」
「もちろん、こちらのご希望に沿う形で」
商人はそう言って、再び深く頭を下げた。
干しベリー。
保存のために作ったはずの物が、また一つ、領地に新しい道を作ろうとしていた。
父は静かに息を吐き、決断を先送りにしながらも、この話が“悪くない”ものである事だけは、はっきりと理解していた。




