34 意外な来客
数日の晴れ間から一転して、ベーメンブルク公爵領には雨が降り注いでいた。
なんだか気分も暗くなってくるようなそんな陽気の日、いつも通り仕事をしているとカーヤがエミーリエに客の来訪を告げたのだった。
「お知り合いの方だそうですが、この雨の中を歩いていらっしゃったようですし、何より名乗った身分が本当かどうか証明が出来ませんの。
怪しい人物かもしれませんわ」
彼女は怪訝そうにそう言って、エミーリエは一緒に仕事をしていたユリアンと視線を交わして首を傾げた。
「なんと名乗っているのですか?」
「フォルスト伯爵家のロッテお嬢様と、お付きの侍女のアンネリーゼだそうです。しかしとても伯爵家のご令嬢には見えません」
「……私も同行しますよ。何かあればアウレールが対応できますから」
名前を聞いてエミーリエは想定外の人物に目を丸くした。ユリアンはすぐに提案してくれるが、ロッテがやってくるとはどういう事態だろうか。
それに馬車も使わず徒歩で?
エトヴィンや、フォルスト伯爵自身がエミーリエに復讐するためにやってきたわけではなく、彼女たちがエミーリエの元に来る意味が分からない。
しかし、対応しないというわけにはいかないだろう。
フォルスト伯爵家は危険な状態であるが、王家の指示に従って土地を返還すればきちんとした対応はしてくれるはずだ。
爵位を返上して下級貴族の地位になるかもしれないが、それでもひどい贅沢をしなければ暮らしていけるはずだ。
そんな場所から、馬車も使わずに無理やり飛び出してくることにメリットなどないだろう。フォルスト伯爵たちだって暴動が起こっているのだから流石に自分たちの危うさに気が付く。
これからは、現状を正しく知った家族同士、助け合って生活していくものだとばかりエミーリエは思っていた。
しかしそうではないとなると暴動がおこったストレスで家族が崩壊したのか、ほかにもいくつかの可能性が考えられる。
とにかく会ってみない事にはわからないのに、エミーリエは色々と考えてしまって言葉少なに、彼女たちがいる応接室へと向かったのだった。
中へ入ると間違いなく、ロッテとアンネリーゼだ。しかしどうにもおかしい、ロッテはあんなにキラキラとした笑みを浮かべていて、あんなに可愛らしい子供だったのに、エミーリエの思い出とは違ってやつれ果てている。
草臥れたようなすその汚れたドレスを着ていて、座っているのにふらふらしていた。
「……ロッテ?」
よく見れば顔が赤く、彼女の焦点は合っていない。
「エミーリエ様、お会いしていただけて光栄です。どうか、ほんの数日で構いません、厚かましいお願いだということは重々承知です。しかしどうか、ロッテお嬢様が休める暖かな部屋とベッドを貸していただけないでしょうか?」
「え、ア、アンネリーゼ」
ロッテの事を見つめていると、彼女のそばに寄り添っていたアンネリーゼがエミーリエに事情を話す前に追いすがるように手を伸ばして、まくしたてた。
その様子に面食らってしまってエミーリエは一歩引いた。
「なんでも致します、本当にどんなことでも致します、ですから、どうかっ」
彼女はとても焦っている様子で、さらにエミーリエに距離を詰めようとした。その様子にそばにいたユリアンがエミーリエとアンネリーゼの間に入るように移動する。
アウレールはすぐにアンネリーゼの腕をつかみひねりあげるようにして拘束した。
「エミーリエ、少し後ろに」
「っ、エミーリエ様っ! どうかお願いいたしますっ」
アウレールに拘束されても彼女はエミーリエに対する言葉をつづけた。ロッテもなんだか大変な様子だが、アンネリーゼの方も気持ちが大分焦っているらしい。
「アンネリーゼ、話は聞きます。ですから、落ち着いて」
ユリアンの一歩後ろからそう言う。しかし彼女は取り乱した様子で「どうか、どうか」というだけで、とても精神的に弱っているように見えた。
「……あんね、りーぜ」
しかし、いつの間にかソファーから立ち上がって彼女のそばに来ていたロッテが彼女のスカートのすそを引く。それからロッテはふらふらとしているまま彼女に寄り添って、ぎゅっと抱きしめる。
「ロッテお嬢様……」
するとハッとしたようにアンネリーゼは切羽詰まった表情から優しげな表情を浮かべ、アウレールが彼女を離すと膝をついて荒い呼吸を繰り返しているロッテを抱き留めた。
「……エミーリエ様、取り乱してしまい申し訳ありません。フォルスト伯爵家からでて、私の伝手をいくつも頼ったのですが、どこでも今はよその家の子供の面倒を見ている暇などないと断られてしまいました。
フォルスト伯爵家を出てきた事情もきちんとお話します、ですからどうかロッテお嬢様を休ませる場所を一時でいいのでお貸しくださいませ」
立っていられずに力なく崩れ落ちてアンネリーゼに体を預けるロッテは、相当消耗しているように見える。
アンネリーゼも冷静になった様子なので、エミーリエは「わかりました」と返事をして場所を客間に移したのだった。




