22 カルシア王族
彼が王都に向かうという話をして、それから準備の為にしばらくベーメンブルク公爵家はあわただしくなった。
それでも日々の仕事は変わらずやってくる。
エミーリエはこういう時こそ屋敷の管理を怠らないように、気を張って数日間を過ごし、しばらくしてベーメンブルク公爵とユリアンは出発していった。
それが先日の事、屋敷の事と、息子たちの事を頼むとベーメンブルク公爵からも言葉をいただいているので、グレータや、イザークとともにきっちり公爵の不在をやり遂げようと思っていた。
「それにしても、屋敷の主がいないというだけで、どこか不安な気持ちになりますー。不安要素などなにもないのに、どうしてこうそわそわしてしまうんでしょう」
イザークは書類を確認しながら適当に言った。
たしかに長く屋敷を空けるならまだしも、ほんの少しの間王都に向かっただけなのに、どうしてもエミーリエもどこか落ち着かない気持ちだ。
王都に行ったユリアンが、本当にきちんと帰ってこられるかという心配も多少含まれているのかもしれない。
「そうですね、何かあった時の対処がベーメンブルク公爵がいなければ後手に回るというのも事実ですし、なにか事件があるかもと警戒してしまいますよね」
「大丈夫だって。俺がいるし、一応これでも跡取りだからな」
エミーリエがイザークに言葉を返すと、少し不服そうな顔でフランクが言った。
彼は大体、父であるベーメンブルク公爵についている場合が多いのだが、今回ばかりは行って帰ってくるだけで移動時間が長いのでヨルクを連れてはいけない。
屋敷に一人で残すのも憚られたので、フランクが残る流れになったのだ。
「そうですねー、頼もしいですよ。フランク様」
「……思ってないだろ。なんかイザークって軽いんだよな」
「そんなことおっしゃらないでくださいよ。エミーリエ様もそう思いますよね」
問いかけられて、エミーリエはとても深く頷いた。たしかにいざとなったら公爵家跡取りのフランクが一番高い地位を持っている。
特にこの領地、この屋敷内ではベーメンブルク公爵の次に偉いのだ、是非気張ってほしい。
「思います。いざとなったら、補佐はしますから、頑張ってください」
「……ま、まぁ、そんなこと言ってもいざってときなんて、父さまがいないときに一度も起こった事ないんだけどな」
真剣に言うエミーリエに、フランクは少し面食らった様子で、余裕っぽく返した。
すると、そんなふうに言ったとたんに執務室に慌てたような使用人が入ってくる。彼は門番の兵士だ。
「ヴォーマン伯爵家の兵士から言伝があり、参りました! フランク様はいらっしゃいますか!」
「……な、なにかあったのか?」
フランクはあまりのタイミングに少し、情けない声を出した。
ヴォーマン伯爵家とは、このベーメンブルク公爵領の隣に位置している領地で関係は良好だったと記憶している。
フランクの問いかけに兵士は慌てた様子で返す。
「カルシア王族の紋章を掲げた馬車がたった今、ヴォーマン伯爵領を通行中とのことです! 目的地はこのベーメンブルク公爵領だと!!」
「は?」
あまりに突然の事態に、気の抜けたような声をフランクは出して隣にいたイザークが顔を真っ青にして兵士から言伝の詳細を確認した。
王族が断りもなしにやってくるなど異例の事態だ。ヴォーマン伯爵家の話によると、こちらに向かっている王族はフリッツ王太子と、ジークリット王妃だそうだ。
もちろん二人をもてなすだけの準備などしていないし、そもそも彼らは王都に向かっているはずだ。
ベーメンブルク公爵領に一度よるなどという話があれば、ベーメンブルク公爵が屋敷を出ていくはずもない。
ということは、完全に予定外の行動をとっている。本来そんなことがあれば外交問題に発展するような大問題だ。
しかしここは王族も迎え入れることがあるベーメンブルク公爵家で多少ではあるが融通が利くそういう算段でここを訪れるとでも言うのだろうか。
けれども突然やってくると言われたこちらは堪ったものではない。
稀に王太子や王妃がお忍びでやってくることはあったと言うが、こんなに突然、まったく忍びもせずやってくるだなんてこの屋敷始まって以来の一大事。
グレータは話を聞いてすぐに別館の客間の準備と料理の支度。
イザークも本来の仕事ではないが兵士の配置や厩舎の準備の為に動き出し、すでに昨日出立したベーメンブルク公爵とユリアンに緊急事態を伝えるために早馬を出した。
その間にも続々と続報が届き始め、王族の一行は近づいてくる。
その報告が届くたびに屋敷の使用人の顔がさらに青ざめていき、さながら巨大な魔獣の接近でも聞いているかのような事態だった。
エミーリエはこの事態にどうするべきか判断が難しかったが、王族が滞在する可能性を考えて別館の客間と騎士の控室を準備するグレータの指示に従って侍女に交じって掃除をした。
もともと王族が来訪することを前提に作られているベーメンブルク公爵家の別館なので、兵士を配置したり、警備の面でも不都合がないように作られているらしい。
カルシア王国の仕様を多く取り入れているだけではなく、そう言った配慮までされているとはエミーリエは知らなかったので、驚きつつもお付きの侍女たちを何があっても大丈夫だと安心させついに到着の時を迎えるのだった。




