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どうせ去るなら爪痕を。  作者: ぽんぽこ狸


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15 兄弟げんか





 ヨルクと作業をしていると、侍女のアメリーが来客を伝えてきた。


 どうやらやってきたのはヨルクの不在を知ったフランクだったらしく、アメリーは彼が怒っているので焦っている様子だった。


 エミーリエは作業中で対応するのは難しいし、ヨルクだって兄にいわれもなくまた怒鳴りつけられたら悲しいだろう。


 この作業が終わってから彼とはゆっくりと話をする機会を作ろうと思っていたのだが、そんな悠長なことを言っている暇もないだろう。


 エミーリエは作業用の手袋を外して、立ち上がり通してほしいとアメリーに伝えた。


 彼女はとても心配そうにこちらを見ていたけれども、安心させるように笑みを浮かべてエミーリエは部屋に入ってきたフランクに視線を向けた。


 彼はエミーリエとその隣にある鏡台を見つけて、大きく目を見開く。


 それと同時に悲しいような怒ったようなそんな顔をした。


「父さまが、あなたに譲ったという話は聞いてた。聞いてたが……それに何してるんだ」


 怒りがにじんだような震える声でフランクは言って、鋭くエミーリエを睨みつけた。


「それは、母さまの……大切にしていたものなんだ。気軽に他人が触っていいような代物じゃないっ。そもそもなんで父さまだって勝手にこんな人に譲って……。


 それでいいのかよ。若くてかわいい女の人がいればそれで……」

 

 怒りと同時に悔しさを感じているようなそんな様子だった。


 それにエミーリエは、フランクがここに来たエミーリエを疎んでいた理由、ヨルクが懐くことを猛烈に拒んでいたことの理由を口にした。


「あなた達のお母さま……ベーメンブルク公爵夫人の事はお伺いしました。カルシア王国からやってきた姫で、とても美しい方だったそうですね」


 過去形なのは、すでに彼女が亡くなっているからだ。

 

 エミーリエはユリアンからカルシア王国から嫁いだ姫が一人亡くなったという話も聞いていたし、この家に女主人がいない事も知っていたのにグレータに言われるまではまったく考えもしていなかった。


 しかしその姫というのは正真正銘、王族の血筋を保つために国外のこの地に嫁いできた彼らのお母さまの事なのだ。ユリアンとの関係性はきっと、叔母と甥っ子だと思う。


「っ……」

「先日の長雨で川の氾濫があった時に、不幸にも亡くなられたと。しかしあまりに屋敷の空気が普通のように見えたので、気にすることすらしていませんでした。申し訳ありません。フランク」


 母を失ってまだ半年も経っていない、そんな状況で見も知らぬ若い貴族女性がともに暮らすことになり、弟はすぐに懐き、父がその母の形見を譲り渡したなど到底、彼にとって許せることではなかったのだろう。


 もちろんそれは、グレータのような子供たちの気持ちに敏感な使用人だって感じ取っていた事実のはずだ。


 エミーリエに対して過敏になるのも仕方がない。


「あなたに謝られる筋合いはない。ヨルク! 帰るぞ。戻ったら父さまにこの件を話してこっぴどく叱ってもらうからな!」

「……ヤダ」

「っ、ヨルク!」


 エミーリエの言葉にフランクはどうでもいいとばかりに短く言葉を返し、弟の方へとずかずかと進んだ。


 しかしヨルクはエミーリエのスカートをひっつかんで離さないとばかりにフランクを睨んで反抗的な態度をとる。


 強く名前を呼んでも、ヨルクはさらにエミーリエに引っ付くだけでまったく反省しているという様子ではない。


「僕、別になにも、悪いことしてるわけじゃないよ。僕、エミーリエ様の邪魔なんかしてないよ」


 ヨルクはエミーリエのスカートに顔をうずめて、フランクの顔を見ずに、泣くのをこらえているような声で言った。


 するとその言葉と行動に、フランクはカチンときたらしく、さらにそばによってヨルクの二の腕を思い切り掴んだ。


「ヨルクッ! っ、悪い事じゃないからしていいってのか! 母さまが死んだ途端に皆すっかり忘れて、切り替えて、誰でもよかったみたいに、丁度いい人がきたら優しい顔して!!


 なんなんだよっ!!」

「……」


 フランクはぐっと拳を握って、ヨルクから視線をあげてエミーリエに向かって怒鳴るように続けた。


「あんたもそれにつけこもうとしてんだろ! バレバレなんだよ! 誰もかれもにいい顔して、実際にそんな大きな鏡のついた高級品貰ってご満悦なんだろ!! 


 嬉しくてたまらないんだろ! じゃあなんだ母さまの大切にしていたドレスも宝石も全部もらえれば満足なのかよ!!


 俺らにとっては、見るだけで苦しくなるぐらいの思い出があるものなのに!!


 そんな気持ちに付け込んで人の家に入り込んでッ、ヨルクを懐かせて何がしたいんだよ!! 後妻にでもなるつもりかって、ふざけんなよ!!!」


 ついには、気持ちに任せてヨルクを引っ張り、彼は掴んでいたエミーリエのスカートのすそを離してしまう。


 そうすると、勢いに任せてヨルクは足をもつれさせて、盛大に顔から床に突撃した。


「ゔっ、っ、っ~」


 ヨルクは震えながら起き上がって顔を押さえる。


 彼のキラキラとした涙が瞳を覆う。しかし彼は泣かなかった。


「っ、いじわる! ばか! 乱暴者っ! 見るだけで辛いなんて言ってお墓にもいかないくせにっ!」

「なっ、なんだと?! 俺がどんな気持ちでっ!」

「ど、どんな気持ちでもっ、兄さまがばかなのも、酷いのもかわんないよぉっ!! ばかばかばかッ」

「お前なんて! 何にもわかってない、子供のくせに━━━━」


 座り込んだままのヨルクに掴みかかろうとしたフランクだったが、それをエミーリエは腕を掴んで制止した。


 兄弟げんかも時にはいいけれど、エミーリエ自身が火種になっているからには止めるしかない。


 それに、ヨルクは悪くないし、フランクだって間違っていない。


「そのあたりにしておきましょう。フランク。話したいことがあります。先ほど私に、いろいろと厳しい言葉を言いましたね。今度は私の言葉を聞いてください。


 アメリー」

「ひゃいっ」


 エミーリエは、困り果てた様子でこちらを見ていた彼女に声をかけた。


「ヨルクを本邸のベーメンブルク公爵のところまで、お願いします。ヨルク、帰れそうですか?」


 ヨルクの事をお願いしつつも、彼に問いかけると涙を袖口で拭ってコクリと頷く。


 その様子に、とても彼は強い子だと思いながら、アメリーに視線を向けると彼の手を取って起こし、二人は部屋を出ていったのだった。


 



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