8P普段笑っている人が怒ると怖い
久しぶりの投稿です。
長い事投稿しなくてすいません。
「えっ!?未返却魔導書!?」
ユーリの素っ頓狂な声が『禁制魔導書』階に響いた。
「ええ、『一級魔導書』『一級危険魔導書』を含めて計四冊」
「よんっ……」
聖母のように柔らかな微笑と共に言われた言葉にユーリは絶句する。
「…………一応確認しますけど、写本のほうでなく、原本のほうですか?」
「残念ながら……」
困ったように微笑んだエリアーゼをユーリは真っ青になって見つめた。
一般的に魔導書は著者が直接書いた原本ではなく、原本を元にした写本の方を貸し出すのが一般的だ。
原本さえあれば、写本が持ち逃げされても何度でも書き直す事が出来るから。
しかし、この写本の作業の際、問題になるのは魔導書の材質や著者の比喩的な表現をそのまま再現する事は出来ない事。
活版印刷された文字や魔導陣、市販の紙では魔導書は魔力を持たず、一般人が書き写すとどうしても著者の比喩的な表現が理解できずに省かれたり、結果、原本とは微妙に違う魔導書になってしまう、という理由で写本の魔導書は魔導師達から不評だ。
しかし、ほとんどの図書館は写本の魔導書しか貸し出していないため、魔導師達は渋々写本の魔導書を借りているのが現状だ。
けれど、王立学院図書館は“紋”の魔導によって原本と写本どちらも借りることができる。
王立学院図書館が魔導師達の『溜まり場』になるほど人気な理由はそれである。
王立学院図書館の魔導階にあるのが写本された魔導書、その中でも魔導や魔導師を管理・監視する『元老院』が一般貸し出しを許可した魔導書のみが並んでいる。
一方、『一級魔導書』『一級危険魔導書』『禁制魔導書』階にある魔導書のほとんどが原本だ。
「そんなにたくさん……。まさか『学院』外に?」
「いいえ。魔導書の原本であるあの四冊は『学院』外に持ち出しできませんから、まだ全て『学院』内にあるはずです」
恐る恐る訊いたユーリにエリアーゼは安心させるように微笑みかける。
「あ、そっか」
ぽんっとユーリは手を打つ。
原本の魔導書は基本的に『学院』外に持ち出すことができなくなっている。
これは“紋”とは別の魔導であり、最高機密であるためにユーリも教えてもらっていない。
「“紋”の魔導が何故か働かなくって……。おそらく、何らかの魔導で目くらましをしているんでしょう」
「“紋”の魔導を無効化?そんな魔導があるんですか?」
「ええ、まぁ」
言い辛そうに語尾を濁したエリアーゼを見、恐る恐る問う。
「まさか、「儀式」なんじゃあ」
「その可能性は高いです」
「そんな!!」
思わず蒼褪めたユーリをエリアーゼはそっとなだめる。
「まぁ、ユーリさん。そんなに慌てず、落ち着いて」
「だって!!「儀式」が行われていたら、『学院』が崩壊してしまうくらいの魔力が解放されるんでしょう!?」
「『学院』が崩壊なんて言いすぎです。そんなに大袈裟に考えなくても大丈夫ですよぉ?」
にっこり、ほんわかとエリアーゼ館長は微笑んでいる。
反射的に声を荒げかけたユーリは、その笑顔を見てぐっと言葉を飲み、そして疲れたように、肺が萎むほど大きく息を吐きだした。
おっとり優雅に微笑むエリアーゼを見て、一人だけ慌てて焦っている自分に気づく。
どれだけ焦っても、事の全容がよくわかっていない段階で一介の司書兼女子学生である自分にできることなんかないし、慌てても仕方ない。
それに、よくよく考えてみれば、王立学院図書館の責任者であるエリアーゼがこんなに落ち着いているのだ、事態はそれほど逼迫していないのだろう。
ほっと息をついて肩から力を抜いた。
「崩壊、は大袈裟です。せいぜい『学院』が半壊する程度で済みますから」
「全然フォローになってませんから!!」
爆弾発言に思わず叫んだ。
崩壊が半壊に変ったところで、『学院』への被害は変わらない。
平和を愛する、そして言いかえれば事なかれ主義である日本人だったユーリには刺激的すぎる話だ。
「まぁ、落ち着いて。いまのところ魔導書が「儀式」に使われている気配はしないそうです。これは『禁制魔導書』方の証言ですから信用できると思いますよ?」
ユーリがぐるりと『禁制魔導書』を見回す。すると、視線を受けた『禁制魔導書』が答える。
<ああ、いまのところ我らは何も感じない>
「じゃあ、どうして“紋”が無効に?」
「いまはわかりません。ですが、未返却の魔導書は回収をしないといけません……」
ぽんっとユーリの肩にエリアーゼの細い指が当たる。
ふんわりと良い香りのする白い手を見、にっこりと微笑んでいるエリアーゼを見上げる。
………とても、嫌な予感がする。
「もしかして、その四冊をあたしに探し出せとか言うんじゃあ……」
背中に冷たい汗をかきながら、ユーリは乾いた笑みと共に問う。
エリアーゼは微笑む。
ユーリの肩をがっしりと掴んで……。
「………あの~、エリアーゼ館長……。手を……」
ペンより重いものを持った事がなさそうなエリアーゼの華奢な手は異常に強く、後退りして離れようとも離れない。
後退りすればするほどエリアーゼの笑顔が近づき、……ぶっちゃけ怖い。
「魔導書に詳しいクライヴ副館長とギズーノン司書はあの専門階の修羅場でぶっ倒れていて使えません」
「ま、魔導階専門司書の方々は!?」
「彼らは通常業務に加えて貸し出し中の魔導書の確認に出払っています」
「か、館長!!あたしは学生なんですけど!?」
「だからこそ、『学院』内を自由にかつ違和感なしに歩きまわれるでしょう?」
「あ、歩きまわれても、魔導書を探せるわけが!!だ、第一!!「儀式」が起こっていたら!!あたしは「儀式」を鎮めるような魔導を使えませんよ!!」
<そうだぞ。エリアーゼ>
<無理強いをさせるな>
<「儀式」の危険はお前が重々知っているはずだ>
普段はセクハラ発言しかしない『禁制魔導書』達の援護にエリアーゼの手が緩まる。
美女に、にっこり笑顔の迫力に怯えていたユーリは解放されてほっと息をつく。
「本当は私が出向きたいのですが、大人の事情で私は大っぴらには動けません」
「大人の事情って……」
「知りたいですか?」
「……止めときます」
にっこり笑顔が怖いのです。
「本当はあなたにこんな事を頼みたくないのです」
顔を引き攣らせて後ずさったユーリを見て、エリアーゼも溜息をつく。
「私達が大っぴらに動けないのは大人の事情のせいですが、魔導書が未返却であるだけではチューリの自警団も<クラン>の断罪人も動いてはくれません」
「魔導書を使った「儀式」が働いている疑い、では動いてくれないんですか?」
「ええ、残念ながら」
ふぅっと悩ましげに首を傾けたエリアーゼ。
しかし、その体から隠しきれない苛立ちのようなものを感じてユーリは身を固くした。
どうやら、エリアーゼはよっぽど「大人の事情」とやらに腹を立てているらしい。
『禁制魔導書』たちに<女狐>と呼ばれるほどに知略に長けているエリアーゼを怒らせる「大人の事情」とやらに興味がないわけではないが、おそらく知ったところで一介の学生であるユーリには何もできないだろう。
(未返却魔導書……)
未返却の魔導書が「儀式」に使われると確かに『学院』が吹っ飛ぶほどの災害が起きる。そうなれば、王立学院図書館で魔導書を保管・貸し出しすることが難しく…いや、できなくなるだろう。
そうなったら……。
『禁制魔導書』達はどうなるのだろうか?
「………もし、「儀式」が起こっていたら、あたしは逃げますよ?」
「ユーリさん?」
<おい!!ユーリ!!>
「未返却の魔導書の回収に行きます」
<何を言っているんだ!!この愚か者!!>
<そうだ!!魔導が使えないくせに!!>
<莫迦者が……>
ぎゃいぎゃい騒ぐ『禁制魔導書』たちの声を聞きながら、ユーリはじっとエリアーゼを見つめる。
きょとんと目を丸くしたエリアーゼは、小さく、ユーリに聞こえないほど小さく呟く。
「それでこそ、【語り手】ですわぁ」
ふっと口許にエリアーゼは不敵な笑みを浮かべる。
「これをどうぞ」
「これ?何ですか?」
どこからともなくエリアーゼがとりだした四角いものを反射的に受け取る。
四角いものは重厚な革と金で装飾されている本のようだ。
その四角の本の形をしたものは片手で包みこめるほど小さく、また、開いても文字が書かれたページがない。
背表紙の部分から伸びた鎖を見ると本の形をしたチャームが付いたペンダントのようだ。
「もし、これが使えたらこれは差し上げます」
<おい!!エリアーゼ!!>
<そんなモノに頼るくらいならば、我らを外に出せ!!>
<そうだ、そうだ!!我らが外に出れば魔導書くらいすぐに見つけられる!!>
「貴方方、前回『咎の隠し部屋』でうっかり二人殺しかけた事をもう忘れたのですか?」
呆れたようにエリアーゼは溜息を吐く。
前回、王立学院図書館に紛れ込んだ魔導書を巡る騒動で、『禁制魔導書』達は魔導師一人と司書一人を『咎の隠し部屋』に追い詰め、そこで魔力を暴走させてしまい、二人を殺しかけた挙句それに巻き込まれたユーリとアヴィリス魔導師を危険な目にあわせた。
それを知った以上、館長としてエリアーゼは『禁制魔導書』の自由な行動を許可できない。
そうエリアーゼは告げるが、『禁制魔導書』達は納得いかないのか、轟々と反発する。
そして、とうとうある『禁制魔導書』が禁断の言葉を口にする。
<この(自主規制)女!!>
その途端、『禁制魔導書』階に深海よりも深い沈黙と圧力が圧し掛かり、炎すら凍りつきそうな強烈な冷気が部屋中を支配する。
その圧力の根源からユーリは目を逸らして俯く。
いま、彼女を見てはいけない。
ユーリの視界の端で、エリアーゼが動く。
彼女は微笑む。
にこりと笑うその顔がもの凄く怖い。
「黙りなさい。燃やしますよ?18禁魔導書共」
この人なら、やりかねない。
エリアーゼが放つ恐怖に海千山千の『禁制魔導書』達も黙りこむ。
<す……すんませんでした……>
問題発言をした『禁制魔導書』がこそこそと謝罪する声にエリアーゼは嘆息する。
「と、に、か、く、いろいろと問題のある『禁制魔導書』方を前回の件のようにこの階の外、ましてや図書館外に出すことは言語道断。「儀式」から身を守るためにも、この『書架』の使い方をユーリさんにはしっかり覚えてもらいます」
「はい!!」
ユーリは背筋を正し、そして、小さな本のような『書架』を見下ろす。
「けして無茶はしないで下さいね?ユーリさん」
「はい」
「とりあえず、必要になるであろう資料はここにまとめてありますから、読んでください」
「あ、ありがとうございます」
エリアーゼが差し出したのはそっけない茶封筒。
開くと、中には数枚の書類。
どうやら未返却魔導書に関する事柄をまとめてあるらしい。
ついでに『書架』についての説明書も入っていた。
「鍵はもう、あなたの側にあります。あとは、開くか閉じたままでいるか、自分で決めなさい」
にっこりと微笑んだエリアーゼの碧の瞳がユーリをじっと見下ろしていた。
「健闘を祈ります。ユーリさん」
励ましの言葉と共にエリアーゼは去る。
残されたユーリは、ただその背を見送った。
魔導書がエリアーゼに言った(自主規制)ワードはおそらく年齢に関する事かと……。




