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少女と日常・上

 (少女にとっては)激動の夏を乗り越えて迎えた秋。

 暑苦しさから解放されて、ようやくゴスロリの服も苦痛に感じなくなってきた。

 人界のテレビ局が『食欲の秋』、『読書の秋』といろいろ言っているが、少女にとって全ての季節が読書の季節だ。

 少女にとって、本とは貴重な情報源。特に恋愛雑誌には目が無い。暇を見つけては本を広げて、人界の著名人が編み出すテクニックを脳に蓄えていく。

 しかし『会話の中にさりげないボディタッチ。それで男はドキドキする』という知識があっても、ボディタッチをする/しない以前に、マトモに話したことがない。

 それでも少女は読書にふける。

 『いずれ』『いつか』『そのうち』。そんな儚い言葉を胸に秘めて。

 と、若干感傷に浸りつつあった少女。そんな時に部屋の扉が開いた。


「お邪魔するわよー」


 入ってきたのは黒くて長い髪の毛を持つ少女の友人だった。口下手な少女の唯一の『友人』と呼べる人物である。

 そして、巨乳でもあったりするお姉さん系。


「あわわっ……」

「ん?」


 読んでいた本を隠すが、アッサリと取り上げられて中を読まれる。


「いいねぇ。大事な所には線を引く。確認しやすいように付箋を貼る」


 ニヤニヤしながら、ペラペラとめくる友人。少女は涙目になって友人の服の裾を掴み、「返して……」と涙ながらに懇願する。

 すると、友人は突然鼻から血を垂らして、床に倒れた。


「マジ可愛ィ!!! マジ天使!!」

「……?」


 友人は、溢れる鼻血を気にもせず訳の分からない事を叫ぶ。ひとまず血を拭いて貰おうとティッシュを差し出すと、もう片方の鼻から血が垂れた。


「優し過ぎて感動!!!」


 バシバシ肩を叩かれるが少女は気にせず、ティッシュを一枚とって鼻を拭いてあげた。


「私……死神だから……天使じゃ…………ない……よ?」


 小首を傾げながらポツリポツリと話す少女。その姿がまた愛らしく再び友人は血の海に沈んだ。




 ☆☆☆☆




「仕事の依頼よ。ゴーストの討伐命令」


 一時間後、両方の鼻にティッシュをつめた友人の姿があった。

 少女はポイっと投げられた指令書を受け取り、目を通す。


「…………大規模………………だね」

「そうなのよねぇ。最近、ゴーストが活発化してきてさぁ。有給取れなくなっちゃった!」

「……かわいそう」

「ありがとう! 心配してくれただけで、私の心が癒されるから!!」


 指令書は、早急に迎えとの事であった。

 二人は少女の部屋を出ると、人界へと飛び出していく。

 



 ☆☆☆☆




 死神とは、本来『人間の成れ果て』である。なので、少女は元々人間であるといえるからだ。

 特定の条件を満たして死神になってしまった者は、冥界の主ハーデスの下で『輪廻転生』に戻るために働かなければならない。

 『輪廻転生』とは、生命が宿る連鎖。

 人から鳥へ。鳥の人生が終われば次は木へ。木の人生が終われば草へ。それが終われば、魚へ、犬へ、そして再び人へ。

 そんな流れを『輪廻転生』と呼ぶのだが、死神達はその輪廻転生の枠組みから外された者達である。


 そもそも、冥界の主ハーデスが魂の転生先を決定するので、あらゆる事が思いのまま。死神達は生まれ変わるためにハーデスの下で働くのだ。

 だが、そんな生活に嫌気がさして逃亡した死神。それがゴーストだ。ゴースト達は、人間を殺してその魂を喰らう。そして更に強大な存在となるのだ。


 『死』の管理者である死神達は『死』を逸脱しようとする者を監視したり、体から抜け出た魂を冥界へ招く仕事を担っていた。

 魂は時間が経つと自我を持ち始めて、人間に災いをもたらすからである。こうなってしまった魂はゴーストと同等に扱われて、死神に殲滅される。



「寄り道……………………良い?」

「構わないわよ」


 少女は地面に降り立つと、ササッと電柱に隠れる。この時間帯にちょうど通るのだ、彼が。


「……来た!」


 珍しく僅かに語尾を上げる少女。じゃっかん、テンションが上がっているらしい。


「どれどれ、ほー。アレねぇ」


 友人も一緒に覗き見る。今日も三人仲良く帰っているようだ。

 少女は想像する。あの中に自分がいることを。


「……」

「おーい、しょうじょー? って、アレ。自分の世界に入っちゃったか」


 どこかで何か聞こえた気がしたが、右から入って左へ抜けた。その様子をニヤニヤしながら眺めていた友人。そのとき、ボーッと眺めていた少女の目がカッと見開かれる。

 彼がハンカチを落としたのだ。だが、三人共気づかず歩き去ってしまう。

 少女は全速力で駆け寄り、それを(どこから取り出したのか、真っ白なグローブを付けた)手で丁寧に持ち上げて、再び全力で友人の待つ電柱へ駆け戻ってきた。


「どどどどどどどうしよう!?」


 口下手な少女にしてはかなり珍しい、早口だった。


「どうしようって。普通に返してくればいいんじゃない?」

「そ……それが、出来ない……から……苦労す、る」


 ハンカチを手に持ち、返さなければならないと思う義務感と持って帰ってしまいという欲望感でオロオロする少女。


「か、返さな……い、と」


 が、どうやら少女はいまひとつ、踏ん切りが付かないようだ。こおこは友人として、背中を押してやるのも大事である。だが、当人の友人は全く逆の事を口にした。


「別にいいんじゃない? 持って帰っても。バレないって」


 少女にとっては、それはもう悪魔の囁きに等しかった。

 愛しい彼のハンカチ。

 彼に悪い事はしたくない。でも持って帰りたい。

 そんな狭間に再びオロオロする少女。


「ホラホラ、悩んでると彼はドンドン先に行っちゃうよー?」


 意地悪な笑みを浮かべて少女を追い詰める。


「はぅっ……」


 完全に参ってしまった少女。頭の中がショートしてしまったらしい。友人が目の前で手を振っても、反応がない。

 と、突然、目の前に一陣の風が巻き起こる。

 それは少女のショートした頭に冷や水を正面からぶちまけたのと同レベルの衝撃を与えた。


「ちょっと、待ちなさいよ!」


 ツンツン口調で三人の男の内、真ん中の男にタックルをかます。


「うわっ、笹船!?」


 彼がそう言った瞬間、少女の心に殺意が芽生える。

 笹船……、先月の夏に、彼に付いてしまった悪い虫。


 その原因は何から何まで少女にあるのだが、恋する乙女は今しか見えていない。

 笹船は彼以外の二人に目もくれずに彼と親しげに話し始める。


 ドクンと、少女の胸が早くなる。


 それは。

 あまりに。


「行ってくる」


 乙女の心を爆発させるのに十分過ぎる燃料ガソリンであった。


 口をすぼめて少し怒ったような顔で彼の元へ走り出す。

 少女の背中を見送った友人といえば、その場でうずくまっていた。案の定、鼻から血をこぼしながら。



 友人曰く、少女の拗ねた顔がドストライクだったらしい。

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