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彼と少女と屋上

久しぶりに続きを書きました。

構想は出来てるんですけど、なにぶん時間が……。


次の更新が直ぐ明日なのか、一週間後なのか、一ヶ月後なのか……作者にも分かりませんw

 がちゃり――と無慈悲に開かれた扉の先に、血相を変えた看護師がいらっしゃった。そして、彼の顔を見るなり更に顔色を変えた。

 怒りに震えるかのような、今にも殺してやるとでも言いたげな、そんな憤怒の表情である。


「―――ッ」

「先生」


 看護師が顔を真っ赤にして声を上げようとしたタイミングを狙ったかのように、車椅子に座った少女が声をかけた。

 その声を聞いて、我に返ったかのような表情で少女へと視線を送る。


「先生、夜に病室を抜け出してごめんなさい。どうしても、お兄ちゃんと夜空を見たかったんです」


 しょんぼりした声で看護師に頭を下げた。それを聞いた看護師は彼に一度視線をやった後、再び少女に話しかけた。何度か応答すると、看護師は溜め息をついて立ち上がった。


「理由は分かりました。で、どうしてお兄さんがここにいるんですか?」

「ええっと……、その――」

「私が呼びました。どうしても一緒に見たかったから」


 泣き声を交えた声を聞いてはさすがに看護師も強く言い出せなかったらしく、それ以上の言及はしなかった

 少女には。


「お兄さん。確かに血相を変えてナースルームを横切る姿が見えましたが、どれだけ急ごうとも我々に許可をとるのが筋ではありませんか?」

「か、返す言葉もありません。すみませんでした」


 素直に頭を下げた彼を見て、看護師はまた溜め息をついた。


「後30分で消灯ですから、それまでに病室に戻るように。良いですね?」

「ありがとうございます!」


 その言葉に顔を明るして少女が応えた。さきほどまでの表情が嘘のような笑顔だった。

 なんとなく、その百面相に感心していると再び看護師の鋭い視線が突き刺さった。


「お兄さんも、いいですね?!」

「は、ハイ!」


 慌てて返事を返す。それにまた、溜め息を吐いてから背中を見せた。そのまま扉付近で思い出したように振り返って、こう言った。


「今度は必ず、ナースルームに一声かけるように!」

「しょ、承知してます」


 その返答をしっかり聞いてから、今度こそ看護師は屋上から去っていった。

 それを最後まで見届け終えた瞬間、彼に疲労感が襲い思わず地面に座り込む。


「危なかったですね」


 にっこりと微笑んだのは車椅子の少女だった。器用に車椅子を動かして彼の隣まできた。

 腰まで届く乱れの無い美しい黒髪は、穢れの無い真っ白な服に良く似合う。中学生くらいの女の子だった。


「あぁ、助かった。ありがとう」

「いえいえ。おにーちゃん♪」


 ふふふ、と笑う少女を見ながら今後を考える。


「助けてもらった礼はいずれする。だけど、今は急いでいるんだ。失礼だけど、先を急がせて貰うよ」


 そう言って立ち上がって、屋上の扉へと足を向けた。そのズボンの裾を少女が握った。

 振り返ると少女が、笑みを浮かべていた。思わず足を止めて、向き直る。


「あの、宜しければ今の話を詳しく聞かせて貰えませんか?」

「今の話?」

「はい。ほら、フェンスの向こう側に必死に話しかけてたでしょう?」


 どうやら聞かれてしまった死神の話が知りたいみたいだ。


「冥界がどうとか、力を貸してくれとか、『死神』とか」


 そう言われて気付く。彼の愚か過ぎる無遠慮さに。


「許して貰えるか分かりませんが、全て僕の描いた妄想の設定です。病院で、不謹慎なことを言ってしまい、本当にすいません」


 頭を下げて、詫びる。そこに嘘偽りの気持ちはない。だが、これ以上時間を取られたくないのも事実だった。上手く切り上げて、次の協力を求められそうな死神を探さなければならない。

 それを聞いた少女は、彼の謝罪を気にした風もなくこう呟いた。


「……妄想。いえ、いや、なるほど」


 彼の言葉を咀嚼して飲み込んだような表情をする。


「では、その設定で良いではないですか」

「良い、とは?」

「私はその話が聞きたいです。教えて下さりませんか?」


 少女はそんな事を言う。

 咄嗟の言い訳のつもりだったが、まさか食いつかれるとは思っていなかった。

 中二病、の節がこの娘にはあるのかもしれない。


「すまないが、そんな時間は無い。僕は急いでいるんです」

「それもお話の設定なんでしょうか。それは……今急いで解決できることなのでしょうか」


 そう切り返されて言葉に詰まる。言われてみれば確かに、病院以外に死神の集まりそうな――人が死にそうな場所など思いつかない。

 家での出来事のときは、熱くなっていたが今冷静に考えれば、闇雲に動き回るのは得策には思えなかった。


「いや、そうでもない……みたいだよ」

「そうですか。それは良かったです」


 嬉しそうに両手を合わせて、笑う少女を見てこちらも凝り固まっていた頭が解れて行く感じがする。


「全部、僕の妄想だよ?」


 そう注釈するも、車椅子の少女は「良いんです」と答えた。仕方が無く、僕は少女との話を始めた。




 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆





 消灯時間を目前にしても話は終わらない。車椅子の少女は時間がある日は、是非自分のところに来て欲しいとメアドを差し出してきた。

 それほど、死神を題材にした妄想が面白かったのだろうか。


 車椅子で階段は下りられないので、担いで下の階まで持って降りた。

 病室まで送り、手を振って別れた後に言いつけ通りナースルームに顔を出した。


「あ!」


 そう言ったのは屋上で会った看護師だった。何度も溜め息をつかれたので、てっきり呆れ顔で病院を追い出されるのかと思いきや、深刻な表情で診察室へと引っ張り込まれた。


「今までご両親とはお仕事が多忙らしくて連絡が上手く取れていなかったので、報告しようにも出来なかったのです。お兄さんがいらっしゃったなんて知りませんでした」

「あ、いえ……」


 実は違う、なんて言い出せるはずもなく成り行きで肯定してしまう。


「単刀直入に申し上げます。あの娘を侵す病が医学至上前例の無い速度で進行しています。普通なら有り得ません。ですが……、ですがこの速度で進むなら、あの娘はもう半月の命です」


 とんでもないカミングアウトだった。

 そして。彼は気付いてしまった。


 少女が、彼の妄想に興味を示す理由。少女が発した、本来は有り得ない表現。


 なにより、少女が抱えてしまった絶対の矛盾についてを。

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