甘い!甘いぞう!
「僕は、どうしたらいいんでしょうか…」
ひとしきり泣いたあと、ラダは困り果てたようにそう呟いた。知らんがな、と言いたいところだけど、コクシンさんが見てる。お前どうにかしろよ、みたいな。この街の情勢じゃなくても、潰れてたんじゃないかなぁ、この店。
聞くと、元々商人になりたかったらしい。しかし授かったのは、『栽培』と『調剤』だった。地元の薬店に弟子入りした。細かい作業が苦にならず、薬師は向いていると思った。薬店を開くことを夢見た。その店の主から、ここの師匠を紹介された。ようやく一通り作れるようになった。
で、諸々あって今に至る。
「自力調達で頑張る」
「…それができるなら苦労しないです」
いや、しろよ苦労。言うと「だって魔物怖いんだもの!」と眉を八の字にする。
「師匠も採取しない人だった?」
コクリと頷く。
「半分ぐらいは知り合いが持ってきてくれるのを買ってました。その方は師匠より前に引退されましたけど。残りはギルドの依頼に出して…」
「その頃は受け付けてくれてたんですね。あなたに代わってからですか?」
「最初は変わらず……。えと、ちょっと間を空けたことがあって、いつの間にか…」
ラダが視線を右下の方に彷徨わせる。
「どこか行ってたんですか?」
「…くて」
「え?」
「ギルドの受付嬢さんが怖くて!」
何言ってんの?
「だってあの人、終始笑顔で怒るんだもの! 報酬少ないって、こんな少量無理って、また来たんですか? ってぇ~」
またハラハラ泣き始めるラダ。
ダメだこれ。根本的に対人や交渉事が向いてない。この性格で何で商人になりたいと思ったのか分からないけど、お店やるなんて向いてない。
「じゃあ、第二案。レルラ薬店に雇ってもらう」
「ふぇぇ」
「店を切り盛りするのは向いてない。客のこと頭にないのも問題だし。なら、下請けで調剤だけやってれば? レルラ薬店だって薬師は必要だろうし」
ただし、ホワイト企業かどうかは知らない。
「だ、第三案は…」
こいつ、ヘタレのくせに。
「店を売り払い、別の街で再起を図る。ここまでおかしいギルドはそうそうないだろうし」
「別の街…」
「その際、街の状況をよく確認すること。例の店がないか、今後出店してくる可能性がないか。同業者がどれくらいいるか。どんな人たちか。周りに採取に適した場所が有るか無いか。税や流通、治安はどうなのか。土地代や家賃と人通りを考慮し、収支を」
「レイト、レイト」
「検討し…」
「……」
コクシンの言葉に我に返ると、ラダが白目を剥いていた。何故に?
「…理解できてないと思うよ」
俺そんな難しいこと言った…?
「はっ。死んだじいちゃんが居た!」
がばりとラダが首を起こした。死にかけてんじゃないよ。俺の言葉は呪いか何かか?
「ラダ。はっきり言うぞ? お前が店を持つのは無理だ」
コクシンがしんみりと、しかしハッキリ告げる。ラダは目をパチクリさせて一瞬止まり、それから空気が抜けるようにヘナヘナと萎れた。
「そうですか…。薄々思ってました。子供の頃夢見た店の主と今の自分、何もかもが違っていて。呆れますよね。いちいちお客さんにビビる店主とか…」
ビビってたんかい。
なんというか、フワフワしているというか、危機感がないというか…。性格なのか生まれ育ちなのか。
「僕は…どうしたら…」
振り出しに戻ってんじゃねーか。
ため息をつく。コクシンもため息をついた。
気晴らしに棚の商品に目をやる。品は少ないが、掃除が行き届き向きを揃えて置かれている。入っている分量も揃っている。商品に対してはきっちりしているのに…。
ちょっと鑑定してみた。どれも最良品質だった。
「ねぇ、ここにあるのって師匠が作ったやつ?」
顔を上げたラダがフルフルと首を横に振った。
「全部僕のだよ。この店の裏に小さい畑があってね、そこでトキイ草とか育ててるんだ。そこの3種類しか作れないんだけど」
なるほど。単純に腕はいいんだな。ただ値段は少し高めだ。師匠のままの値段なのか、自家製ゆえの値段なのか。安いのが出回っているなら、なおさら売れないだろう。俺みたいに鑑定があれば別だけど。
ちなみに俺が作ると大体“普通”になる。
「初級回復薬、1本買っていい?」
「え、そりゃ…いや、お礼に」
「ちゃんと払うよ」
お金を払い、栓を開けてぐいっと煽る。
なるほど。品質の差がどこに出るのかと思ったけど、苦味がないな。それに加えて、すっと体に染み渡るのが実感できる。もしかしたら治療の効果にも差があるのかもしれない。
「薄めてないからね!」
ラダが慌てたように言ってくる。
「え?」
「あれ、違った? なにかじっと見てたから。薄めてないんだけど、みんな薄いって言うんだ。回復薬は苦いものなのにって」
「ああ。師匠のはどうだった?」
「それと同じだよ。でも師匠のはそんなこと言われてなかった」
師匠も腕は良かったんだな。弟子を置いていったのはいただけないけど。なにか理由があったのかな。だとしても少々無責任というか…。
多分師匠は出来上がったものにわざと足して、売り物は苦くしてたんじゃないんだろうか。
コクシンが首を傾げている。ちょいちょいと手招きして、コソッと考察を告げてみる。
「それで、どうするんだ?」
「うーん、薬師としてはもったいないんだよね。誰かの店で働かせてもらうか、道のりは長いけど、自信を付けてもらうか…」
「自信か」
「自分でヘッポコって言ってたよね。すごいものを作れるって自信を持ってもらいたい。あと、人との交流と薬以外の知識。交流は俺も苦手だから、コクシンに頼むとして」
「は?」
「難しいこと良く分かんなーいという性格をたたき直す」
「お、おう」
一言で言えば、甘ったれんな!かな。
それはそれとして、今後どうするか。薬師の知り合いはばぁちゃんしか居ない。まぁばぁちゃんならビシバシ指導してくれるだろうけど、もう年だしな。
「うーん、ラダさん」
「え、あ、はい」
振り向き声を掛けるとビクッと肩を揺らした。
「冒険者になる気はありますか?」
「ふぇぇ?」
「普通の旅人でもいいです。色んなところへ行って、色んなものを見てきてください。その過程で自分の腕がどのくらいなのか分かるでしょうし、見聞きしたことは糧になります。それで自分に合う土地を見つけてから店を作ればいいと思います」
「たたた、旅? 僕がですか?」
ラダさんは目を白黒させている。
「7才の俺ができてるんです。できますよね?」
「う、お、え…」
「僕なんてとか言ってないで、ちったぁ荒波に揉まれてくればいいんですよ」
「ふへぇ…」
ラダの言語が壊れている。まぁ俺の言ってることも大概めちゃくちゃだな。結局放り出すと。
「まぁまぁ。ラダも私たちに付いてきたらいいんだよ」
「ふぇぇ?」
あ、今の俺です。
コクシンさん、何言っちゃってんの?




