第二十二話
サラマンダーが入るためのゴーレムに問題はなさそうなので、敵情視察も兼ねてマーは久しぶりにグリザベルに会いに行くことにした。
最初は色々と思うことがあったマーだが、グリザベルも日々色々と考えて、今もなお学んでいることを知ると、以前より距離が近くなったように感じていた。
師匠として自分に色々教えてはいるが、グリザベル自身もまだ知らないことがあり、柔軟に受け入れて自分の知恵としていっている。
それはいい意味で自分とあまり変わらない気がした。これからも師匠と弟子互いに学び合っていければいいと。
マーにしては珍しく多情多感になっていたのだが、リットの「ほら見ろ」という言葉で一気に落胆した。
グリザベルが作ったゴーレムはリットが言っていた通り、モグラそのものの姿をしていたからだ。
「お師匠様……」
「どうしたマー、その目は。見よ、この大きい手と鋭い爪を。同じ土で作ったゴーレムなど、ひとかきでえぐり取るぞ」
グリザベルはフハハとお決まりの高笑いを響かせた。
「なんつーかよ……発想が貧弱だな。魔法陣のこととなりゃ、あれこれ思い浮かぶくせによ。なんで、ちょっと外れるとこうなんだよ」
リットはジョウロを持ってハーブに水やりをするモグラゴーレムを指して言った。
「地竜でも作れというのか? このサイズではせいぜい大きなトカゲくらいにしかならんぞ」
「ウサギとリスに戦われるよりましか……。それでいつにすんだ? お互いゴーレムにはもう問題ないんだろう?」
リットは今日にでもという気持ちで言ったが、それは叶わなかった。
「ゴーレム自体には問題ない。だが、グリフォンに荷を載せて運ぶ時間。ゴーレムを作る準備には時間がかかる。普通の魔女とは違う作り方をするのでな……。我も日々成長しているのだ」
グリザベルがニヤッと笑うと、マーがのっそりと手を上げた。
「こっちも同じ。荷物運びと準備が必要。だからすぐに戻る」
グリザベルのゴーレムを見て、自分のゴーレムに問題がないと確信したマーは、一刻も早く自分の実力を試したくてウズウズしていた。
早くグリフォンを呼べと、リットのシャツの裾をしきりに引っ張っている。
「いいのか?」
リットはデルフィナに聞いた。彼女がグリザベルより実力者であることはわかっているので、舞い上がっているグリザベルより適切な判断が出来るだろうと思ったからだ。
「問題ない。私がいなくても、十分に精霊の力を取り込んだゴーレムが出来るだろう」
「来ねぇのか? アンタとその師匠の思惑も混じってんだろう」
「結果だけがわかればいい。わざわざルードルと顔を突き合わせて、その場で勝った負けたと感情を吐露する必要はないからな。そこまで無粋ではない。四精霊には興味はあるが、私の精霊学の概念は暴走ではなく安定だからな」
その後、マーを連れてルードルに町に戻ったリットは、ルードルにも同じことを聞いたが、答えはデルフィナと同じものだった。
「マーとグリザベルさんの決着のお邪魔はしません。私は勝負をしてるつもりはありませんしね。デルフィナがどれだけ成長したか楽しみにしているだけです。そのうち風のうわさに、彼女の名前を聞くようになるでしょう。これほど嬉しいことはないです。私が死ぬまでの長い長い楽しみが出来るんですから」
「まったくわかんねぇ……」
ここまで振り回しておいて、急に切り離されたのでリットは首を傾げた。
「師匠とはそういうものですよ。弟子の様子はいつでも気になるものですし、活躍が聞こえてきたら誇らしくなります。心配の割合も多いですけど……」
ルードルは精霊の領域に手を出したデルフィナを心配していた。もしものしっぺ返しは、ウィッチーズ・カーズの比ではないのがわかっているからだ。
「そんなに心配なら呼び寄せればいいだろ。そうすりゃ毎日顔が見れる」
「そんなことする師匠がいると思います? 離れていてもいいんです。時折、意地悪に問題をふっかけて、私との差がどれくらい埋まったのか、はたまた頭を飛び越えられてしまったのか、それを確かめるのが楽しいんです。リットさんの師匠はどうでしたか?」
「あぁ……そうだったな……」とリットはうんざりと答えた。
師と仰いだことはないが、クーの行動がまさにルードルの言ったままだったからだ。
「心当たりがあるのなら、リットさんはまだまだその方に迷惑を掛ける子供みたいなものですよ」
「子供どころか赤子だよ。そっちの道に進むつもりはねぇからな」
「ですが、その寄り道こそ王道以外の道を探すものです。シーナはどうでした? デルフィナまでいったら心配ですけど、もう少し型にはまらないことを学べたらいいのですけど。マーは良い経験をしていますね」
シーナは真面目で人の話をよく聞き本から学ぶが、成功例ばかりに目を向けて正しさを知ったので、そこが心配なのだとルードルはため息をついた。
失敗の中から別の道を引き出す方法を学んでほしいというのが、ルードルの思いだった。
それを口に出してシーナに伝えているものの、どうにも言葉の真意は伝わりきれていなかった。
理解してもらうためにも、ここではまだ魔女のなんたるかは教えずに、自分だけの武器を見つけて欲しいと放任気味に接しているのだ。
「良い経験って言うけどな……死活問題だぞ」
「そうでしょうね。もし失敗したら、こちらにも影響はあるはずです。それほど精霊の力というのは強大で予測できない力なのです。普通では絶対に触れてはいけないものです」
ルードルはいつものように微笑むのではなく、鋭い視線をリットに向けていた。
「ことの発端はオレじゃねぇぞ」
「わかっていますよ。リットさんが精霊にからかわれやすいおかげで、精霊が協力的だから出来ることです」
「からかわれやすいってなんだよ……」
「赤ん坊が最初に触るおもちゃみたいなものですよ。興味をそそり、触っても害がなさそうなもの」ルードルは表情を崩して「口は悪いみたいなので、口には入れないほうがいいみたいですけど」と、いつものように柔和な笑みを浮かべた。
「関係ねぇことをベラベラ喋るってことは、マーのゴーレムにはなんの問題いもねぇってことだな」
「えぇ、大丈夫ですよ。歳を重ねると話が長くなっていけませんね」
「話の短ぇ魔女になって会ったことねぇよ。マーでさえ話し出すと長ぇ」
「あらあら……こんなおばあちゃんを口説いてるんですか?」
ルードルはわざとらしく両頬に手を当てて照れてみせた。
「アンタを若者と変わらねぇって言ってんじゃねぇよ。魔女全体を貶してんだ」
「一言では語りきれないということですよ。そして魔法とは、永遠に語り切ることの出来ないものでもあるのです」
「つまり魔女の長話も永遠に受け継がれていくことだな」
「そうなれば素敵ですね」ルードルは話はここでおしまいと手のひらを合わせた。「リットさんはリットさんのやるべきことをやってください。マーの準備は私がしっかり手伝っておきます」
リットのやるべきこととは現状をサラマンダーとノームに話に行くことだ。後回しにすることもないと、リットは早速二人がいる湖へと向かうことにした。
「てっきり、逃げ帰ったのかと思った」
顔を出すのが遅いと、サラマンダーはリットが来るなり早々に苛立ちを見せた。
「逃げられるなら、最初に逃げてる。とにかく数日中には間に合うって話だ。そっちは大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。何年だってこうしていられる」
声だけのノームが話に入ってきた。
「なら、こっちは何十年だ」とサラマンダーも声だけ返した。
「百年だっていける」
「こっちも百年だ。ついでに踊ることだって出来る」
意地の張り合いをする二人にリットはため息を落とした。
「あのなぁ……そんなにもたねぇから、こっちがどうにかしようとしてんだろ。本当のところはどうなんだよ」
リットの言葉に、サラマンダーとノームは「あー……」や「えー……」と短く言うだけだ。どちらもお互いの出方を伺って、少しでもマウントを取ろうとしている。
「こんな奴らに命を握られてるとはな……」
リットの落胆にサラマンダーがちょっと待ったと反論を唱えた。
「なんの話をしている? そんなことするはずがないだろう。生殺与奪なんて、消えかけて自棄になってる精霊がするものだ」
「じゃあ、これはなんだってんだよ……」
リットが袖を捲って入れられた紋章を見せると、ノームがやれやれと口に出して言った。
「それは協力関係の証だろ。失敗すればこっちだって消えちまうんだ。お互いのリスクだろ。それにしても……なかなかうまい具合に紋章が入ったと思わないか?」
ノームの紋章とは結晶のようなものが横に三つ並び、山のような形をしていた。
サラマンダーの紋章は朽ちかけの落ち葉のような火の形。
二人が近くにいるせいか二つの紋章は色濃くなり、心なしか過去に入れられたウンディーネの雫模様の紋章も、呼応して濃くなっているようだった。
「ウンディーネのもまだ消えてねぇんだぞ。こんなにポンポン入れて大丈夫なんだろうな……」
今更ではあるが、リットは精霊の紋章に不信感ばかりが湧いていた。
「人間に入れたことはない。よってわからない。精霊体ならば、消滅していただろう」
サラマンダーは良かったなと他人事のように笑った。
「まぁ、人間は魔力の器が小さいから大丈夫だろう。まともな魔力の使い方も知らないと見えるしな」
ノームも笑い声を響かせた。
「だから魔女に頼んでんだよ。そこでだ――これの使い方を教えろ」
リットは紋章を指差した。勝手に入れられたもの。どうせなら活用してやろうと思ったのだ。
「人間の魔力の使い方がわかると思うか?」サラマンダーは何を言っているんだと呆れた。「思うのなら、まずこっちに人間の呼吸の仕方を教えて見ろ」
サラマンダーは根本から違うと言った。
「そう心配ばかりさせるな」とノームが遮った。「使おうとしなければ大丈夫だ。確かに精霊の紋章には力があるが、そこらの種族どころじゃ使う事などできん。ゆっくり時と共に消えていくのを待て。力は日々自然に放出されている」
「脅かすことは大事だ。使い方によっては、世界をひっくり返せるような力にもなり得る。過去にも例はいくらでもあるだろう」
「それは悪用しようとそそのかす者がいたからだ。正しく生きていれば、悪の類には関わらず生きていける」
「悪だと思わなければどうする? 我々精霊の力は一つとて滅ぼせるほどの力があるんだぞ」
サラマンダーとノームの二人が真面目に口論を交わしていが、リットは聞きたくないと止めた。
「やめてくれ……聞くだけで不安になってくる」
「ほら見ろ。大丈夫だ。この人間は恐怖とは何かわかっている」
サラマンダーは問題ないと笑った。
「話は変わるけどよ。精霊体って殴る方法はあるのか?」
「簡単だ。逆の元素の力を使えばいい。ノームにだったら風の元素を使う」
「そりゃ魔法の話だろ。拳で殴るにはだよ」
「拳は無理だ。でも、風の魔力を纏わせたもので殴ればいい。でも、精霊を殴ろうとしてるなら無理だ」
サラマンダーはお見通しだといった具合に言った。
「精霊と精霊体は違う。精霊体とは精霊に近いというだけだ。精霊は精霊同士でしか干渉できない。だから精霊界はバランスが大事なんだ」
「ちょっと待て、オレは過去にウンディーネに石を投げて当てたことがあるぞ」
「それはありえない。姿を見えるようにしたとしても、人間の投げた石に当たることなどは絶対にだ。本当だというなら、当ててみろ」
サラマンダーの声がする場所が、高温で陽炎のように一瞬ゆらめいた。ここにいるということだ。
リットが目掛けて石を投げるが、石は通り抜けて地面に転がった。
「ほら見ろ。精霊に石を当てるのは無理なんだ」
「おかしいな……それで文句を言われたはずなんだけどな」
リットはそう昔でもない記憶を引っ張り出してみたが、故意ではないが確かにウンディーネに石を当ててしまったはずだ。
「なにかの勘違いだろう。もし手を出せるのなら、我々は行く先々でなにかにぶつかっているということになる」
サラマンダーの言うことは尤もなので、リットはそれ以上追求することはなかった。サラマンダーとノームを殴ってやりたいという気持ちはまだ残っているが、そこを問い続けても答えが出そうにもないし、出たとしてもまた面倒なことになりそうだと判断したからだ。
「まぁ、なんにせよ。しこりは残さねぇようにしてくれよ。またあれこれ一からはめんどくせぇからな」
「なにを言っている。しこりはずっとあるんだ。今回は魔力を安全に発散させる為に力を借りてるんだ」
「そうだったな……。オレは帰るぞ。精霊と仲良くするつもりはねぇからな」
「それがいい。精霊と深く繋がってもいいことは一つもないからな。我々も用が済んだら、さっさと消えるつもりだ。この場に留まり過ぎたら、シルフとウンディーネの負担が増えるばかりだしな」
精霊二人が別れの言葉を言うことなく声を消したので、リットもグリフォンを呼んでこの場を後にした。




