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魔女論争 ランプ売りの青年外伝4 魔女シリーズ2  作者: ふん


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第十八話

 翌朝。リットはシーナに乱暴に起こされると、ゴーレムを作るための下準備の手伝いをさせられていた。

「こういうのはよ……弟子の仕事じゃねぇのか?」

 リットは土と水が入った樽を、長い棒でかき混ぜながら文句を言った。

 泥は混ぜれば混ぜるほど粘着質になり重くなる。

 朝から汗だくの労働をさせられているリットと違い、シーナとマーは傍らでぼーっと眺めているだけだった。

「私にそんな筋肉を使う仕事が出来ると思う? 棒より先に腕が折れる」

 マーはまだ眠いとあくびを響かせた。

「私は次の過程のためにも汚れるわけにはいきませんの。早く混ぜてくださいまし」

 シーナは大きな絨毯のようなものを抱きかかえて、リットの仕事が終わるのをただ待っている。

 手伝う気がないのは目に見えているし、手伝ったところで作業が進むわけではないのは確かだ。自分がやらなければ、ただ時間が無駄に過ぎると悟ったリットは憤りを樽にぶつけるように乱暴にかき混ぜた。

 目に見える土の塊は減ってくると、途端にスムーズに混ぜられるようになり、木の棒の軌道がなめらかに表面に現れるようになった。

「もう、いいですわよ」とシーナはリットの手を止めさせると、樽の横に自分が持っていたもの広げた。

「ひでぇ臭いだ……」

 リットは思わず鼻をつまんだ。

 カビの臭いというだけでは説明の出来ない、不快な臭いが漂ったからだ。

「これはアンデッドホーンという羊からとれる、特別な羊皮紙ですのよ。それをおばさまが更に特別な魔法陣に変えましたの」

 アンデッドホーンというのは、何度も蘇りを繰り返しているのかと思われるほど長寿な羊で、体もとてつもなく大きい。羊毛の下の皮は撥水性があり、インクなども弾いてしまうので、本来は魔法陣を描くのには使えないものだ。

 しかし、ルードルはある方法で、その羊皮紙に魔法陣を描いてみせた。

 それはアーテルカラスという染め物に使われるカラスの羽を使い、黒く染めた糸で縫い付けて魔法陣を描くというものだ。

 力加減を間違い、縫う時に針の穴が広がってしまっては、そこから魔力が逃げて制御できなくなってしまうので、魔女であり熟達した縫い物の腕があるルードルしか使えない技術だという。

「今は皆さん魔女学のことばかり。他のことに目を向けようとしないのですよ。この技術も私の代で終わりかしらね」

 手に普通の羊皮紙を持って現れたルードルは、敷かれたアンデッドホーンの羊皮紙を見ながら寂しそうに呟いた。

「そういうもんだろ。使わねぇ技術を引き継いだってしょうがねぇんからな」

「そうですね。それなら、いずれなくなる技術をお見せしましょう」

 ルードルは敷かれた羊皮紙の中に収まるように、樽から泥を流すようリットに言った。

 リットは言われた通りに樽を傾けて泥を流した。すると、泥は染み込むことなく、踊るように揺れた。

 そこへ、ルードルは自分の持っていた羊皮紙を四つに破いて泥の上へと置いた。

 すると、泥はうねうねと形を変えて立ち上った。かと思うと、今度はちぎれるように回転してねじれる。圧力に弾けたかのように数箇所飛び出すと、その部分ではまた自由気ままに泥が形を変えた。

 それを何度も繰り返し動きが落ち着いた頃には、とてもいびつな形の泥の塊が出来上がっていた。

「これが正しいゴーレムです。魔法陣を四つにちぎったのは、それぞれの四大元素にわけるため。ちぎられた魔法陣は敷かれた魔法陣に制御されており、四大元素をバランスよく安定させるように動いています。つまり魔力の流れるがままに形を作ったものがこれです」

 ルードルはなんとも形容詞がたい形に仕上がったゴーレムに触りながら言った。

「まるで、ひねくれた芸術家の作品だな。まったく理解できねぇ……」

「大変良い感性だと思います。理解できないのが当たり前ですから、私も理解出来ていません。ですが、ここから想像するのです。そうですね……例えば……人形にするのならば、どの性質を結びつけるのか、どの元素を強めるのか」

「普通に手でこねて、乾燥させて焼いて完成じゃダメなのか?」

「普通のゴーレムを作るのならば構いません。ですが、精霊のように強い力を使うとなると、普通からかけ離れてしまいます。今、わかりやすく見せますね。例えば水の元素が消えると――」

 ルードルはゴーレムの体からちぎれた魔法陣を一枚抜き取った。

 すると、ゴーレムの体から柔軟性がなくなり形を変えることはなくなった。岩のように固まっている。

 再び魔法陣をゴーレムへ戻し、今度は火の魔法陣を抜き取った。

 すると、ゴーレムは強度を失い、形を保つことが出来なくなった。常に変形を繰り返している。

「精霊というのは、純粋な魔力そのもの。常に百であるようなものです。それを制御するならば、常にイメージを大事にしなければなりません。サラマンダーが入る前の状態。入った後の状態。魔力は都合良くは動いてくれませんよ」

 ルードルはリットではなく、マーに話しかけた。

 これをやるのはリットではなく、魔女のマーだからだ。

 マーは真剣な顔でうーんと悩むが、頭の中に形が現れることはなかった。

「では、もう少し話を簡単にしましょう。サラマンダーは火の精霊。強い火の姿を思い浮かべればいいのです、思い浮かぶ姿は、きっと炎の器になるでしょう」

 ルードルの言葉にリットもマーと一緒になって姿を想像しようとしていた。

 リットにとって身近な強い火の力はノーラのヒノカミゴの力だった。そして、ヨルムウトルでノーラが呼び出したものの姿を浮かび上がらせた。

 リットが「フェニックス……」とつぶやくと、マーの頭の中のイメージもフェニックスに固まってしまった。

 ルードルは二人を見て微笑むと「イメージが固まったのならば、あとはその形を作るための魔法陣を描くことですよ」と言った。「やっていることは魔力の造形。普段の魔法陣を描くのと代わりありません。正しく描ければ、ゴーレムはどんな魔力でも受け入れられる器になるのです」

 ルードルの話を聞いて、リットはデルフィナにお使いに生かされた意味をようやく理解した。

 ハッカを買ってきたのは、ノーラのヒノカミゴの力を高めるためと言っていたが、ひいては力を制御出来ていなかった頃の力を引き出すためだ。

 グリザベルが過去の栄光を隠すわけもない。ヨルムウトルでの話を聞いたデルフィナは、フェニックスを呼び出したことも知っている。こうなることを予測してハッカを用意させたのだと。

 一度目にしたものなら、ノーラも想像がしやすい。魔女の知識がなくとも手を貸せる。

 あの時はマグニという人魚に力を借り、マーメイド・ハープを使ってオイルでフェニックスの形を作った。

 その部分担うのが、マーが描く魔法陣ということだ。

 そして、ハッカの前にお使いに行かされたものも、グリザベルがゴーレムに使うためのものだ。つまり土の魔力を増幅させるもの。

 デルフィナの言っていた『擬似的にノームを作り上げる』というのは、一時的に四大元素の力を底上げするということだった。

「それってよ、精霊師の技術じゃねぇのか?」

「私はあの子の師匠ですよ。私が魔力の延長だと思っていたものを、あの子は新たな力だと信じて可能性を広げただけのこと。まだ私を納得させられるほどの研究成果は見せてもらっていませんけどね。これからが楽しみです」

「つまり、これはアンタとデルフィナの試し合いってことでもあるのか……」

 元々はサラマンダーとノームの小競り合いだったり、グリザベルとマーの意地の張り合いだったり、ややこしいことになったとリットはため息をついた。

「いろいろな思惑に決着がつく良い機会だと思いますが」

 にこやかに笑うルードルだが、リットは笑顔で全てをごまかしてるような胡散臭さを感じていた。

「アンタが一番腹に一物抱えてそうだ……」

「もうすぐおばあちゃんですもの。捨て切れないで抱えているものなんて山程あります」

 ルードルがゴーレムからちぎれた四枚の魔法陣を抜き取ると、吊り下げらた水袋の上部を切り離したかのように、ゴーレム砕けるように勢いよく泥に戻った。

 しかし、周囲に泥が飛び跳ねるようなことはなく、敷かれた魔法陣が透明な入れ物になっているかのように、魔法陣からはみ出ることはなかった。

「その空間にはウィッチーズカーズの影響があります。しばらくは触ってはいけませんよ。今ゆっくり下の魔法陣が魔力を吸っているところです」

「そんなことが可能!?」とマーは驚いた。

「えぇ、この魔方陣はとても特別なものですから。たった一本の線を作るのにも、いくつも針を通して作っています。一本道ですが何度も行きと帰りを繰り返しているのです。なので、墨で描く魔法陣には出来ない使い方ができるんですよ。この魔方陣の上でしか効果をはっきしませんけどね」

 ルードルは敷かれた魔法陣の上からゴーレムは動かなかったのは、そういう成約があるからだとマーに説明した。

 マーが目を輝かせて話を聞いているが、ルードルがそれ以上話をすることはなかった。それより大事なのはサラマンダーが入ったゴーレムを制御するための魔法陣の描き方なので、早速創作に取り掛かろうとマーを家の中に迎え入れた。

「おいおい、こっちは水と粘土を探しに来てんだよ。それを済ませてからにしてくれ」

 リットが呼び止めると、ルードルはマーの顔見てどれほどの実力があるか見抜いた。

「そうですね。水にはこだわったほうがいいですね」

 自分が力を貸すなら水など何でもいいのだが、それでは野暮だとルードルは言わなかった。マー程度の実力ならば、サラマンダーと同じで、なるべくなら純粋な魔力に近い水のほうが扱いやすいからだ。

 だが、マーに水探しまでさせる余裕はないと、ルードルはリットに水を探してくるように言った。

「シーナも、手伝ってあげてください」

「おばさまぁ……」

 自分の為にはならないことだとシーナは嘆くが、ルードルは何か為になることを見つけてきなさいと言い残して家へと入っていった。

「もう! どうしてくれますの! 私の修行先なのに、マーが優先されるなんて信じられませんわ!!」

 シーナはぷりぷりと怒ると、腹いせに足元の小石を蹴飛ばした。

「オレなんか魔女でもないのに使い走りだぞ」

「自らの命が懸かっているんですもの。リットさんが動くのになんの疑問もありません。というより……とても命の危機にさらされているようには見えませんわ」

「目に見えて腕が痩せ枯れていくってんなら、今頃小便でも漏らして震えてるんだろうけどよ。どうも現実味がねぇ……」

 リットは腕にいれられた二つの紋章を見た。

 ここから不思議な力を感じるわけでもなく、なにか特別な力が放出されるわけでもないので、恐怖心はかなり薄まってしまっていた。

 それでも実際に干天は目で見て体験しているので、焦燥には駆られている。水を探しに行くのに文句はあっても否定はなかった。

「言いたいことはまだありますわ。おばさまは指折りの実力者ですの。もっと敬意を持って接してくださいな」

「オレの魔女の価値観はグリザベルで固まってるから無理だ」

「勘違いしているようですけど……お姉さまだって、魔女の中ではかなりの実力者ですのよ。あの若さなら、まだ師匠を持って修行をしていてもおかしくないのですから」

「勘違いしてねぇよ。凄いとは思ってる。だけどな、オマエより色々な面を知ってるってだけだ。それに、最近じゃデルフィナだ。ルードルだっていう、更に実力者が出てきてあれこれ言うもんだから、オレの頭はもう追いつけねぇ」

「もったいないですわ……。魔女なら、お金を払ってでも聞きたいこと技術を持つ者だらけですのよ」

「オレは魔女じゃねぇからな。聞きてえのは、どこの水を持ってくりゃいいのかだ。オマエを置いていったってことは、なにかしら意味があるんだろ」

 リットが出し惜しみをせずに話せと言うと、シーナはため息を落とした。

「私が周辺の水質を調べているのを知っているからですわ。植物を育てるのには土だけではなく、水も重要ですから」

「なら、目星はついてんだろ」

「それは……まぁ……。ウンディーネが立ち寄る泉などは、いくつか調べて把握していますわ」

「なら、さっさと案内してくれ。金は払わねぇけど、飯くらいは奢ってやるからよ」

 リットはグリフォンを呼ぶには谷の端まで歩くから時間がかかると、シーナに支度を急がせた。






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