第十二話
「ゴーレムというのは、実に単純な作りで出来ている。基本は魔法陣と素材だ」
グリザベルは自分の鞄から筒状に丸めた魔法陣の束を取り出して開くと、その中から使えそうなものを選んで広げた。
「もう一つあるだろ。泥遊びを忘れてるぞ」
リットは言われるがままに土をこねて、人の形を作っていた。
「何度も言うが、ゴーレムは土である必要はない。その辺の石でも、拾ってゴーレムにすることは出来る」
「この遠回しの嫌がらせは師匠になってから覚えたのか? そりゃマーも鬱憤が溜まるだろうよ」
リットは無駄なことをさせるなと土をこねるのを止めたが、デルフィナに手を止めないように言われると、おとなしく続きをこね始めた。
「珍しく随分素直だな」というグリザベルの言葉を、リットは不機嫌に鼻で笑い飛ばした。
リットはどうにもデルフィナが苦手だった。苦手といっても嫌いというわけではない。自分でこうと決めたことに固執し、突き進む姿が『クー』とかぶるせいか、ペースが崩されてしまうのだ。
「いいから話を進めろよ。オレに雑用をやらせてる理由をよ」
「石というのは本来動かぬものだ。その動かぬものに、命を与えたものがゴーレム。生命のことではなく命令のことだぞ」
グリザベルは動かぬものというのを強調すると、話を続けた。
動き方を想像しやすいものほど、ゴーレムにしやすいというのが基本だ。石と石像では石像のほうがゴーレムにしやすい。素材がシンプルであればシンプルであるほど、動きに制限が出来てしまうのだ。
術者の体に近い形のものほど、複雑な動きが出来るようになる。
過去にグリザベルが動かしていた街灯のゴーレムは鉄で出来ており、火を付ける場所が三つ並んでいる三連灯であり、中心のランプは顔に、左右のランプは手に見立てて動かしていた。移動方法は両足を縛られた人間のように、ジャンプを重ねて動く。
そうしてブラインド村の様子を探るように命令を下していたのだ。
様々な素材でゴーレムを作ることは可能である。ではなぜ土を使って作るのが多いのか。
一番大きな理由は造形のしやすさだ。こねて形を作るのは一番楽だ。石を削ったり、鉄を熱で曲げるのは時間がかかる。泥人形ならば子供でも作れるので、手っ取り早い。
他にも適度な硬さと柔軟性を兼ね備えているので、複雑な動きに対応出来るということだ。
「さらに言えば、ゴーレムの命令の元となるのは魔法陣。当然ウィッチーズ・カーズが起こるものだ。乾の場合は湿。熱という場合は冷という反する性質の力が働く。どれも泥を固めたり柔らかくするのに必要なものだ。泥というのは、ゴーレムを作るのに最も適した素材ということになる」
グリザベルが説明を終えると、デルフィナは自分が付け足して説明することはないと短い拍手を送った。
「それじゃあ、早いとこコイツを動かしてくれよ。聞いてもねぇことを、ペラペラ得意げに喋るマヌケをぶん殴るように」
リットは既に形を作り終えていた泥人形指して言った。
この土は浮遊大陸のものではなく、小屋に余っていた適当な土だ。
まずリットにゴーレムとはどういうものかを見せようというグリザベルの考えだった。
「普段から物作りをしているだけあって、なかなか器用ではないか」
「ガキでも作れるって自分で説明してたじゃねぇか」
「我の魔法陣を使うのに申し分ないという意味だ」
グリザベルは魔法陣を泥人形に貼るように置くと、真剣な顔で深呼吸を繰り返して魔力を流した。
すると地面に横たわっていた泥人形はむくりと起き上がり、グリザベルの周囲を歩き始めた。
走ることも、飛び跳ねることもない。ただ一定の間隔を保ちグルグルと歩くだけ。
「なんだこれ……」
リットの言い方は大したことがないという意味が含まれていた。
「ゴーレムに決まっておるだろう。魔宝石でも作ると思っていたのか?」
「あのなぁ……赤ん坊が立って歩き始めたわけじゃねぇんだぞ。正直期待はずれだ」
「無駄に魔力を使う必要はない。何事も基本が大事だから見せただけのこと。お主は魔女の基礎を飛び越えて、様々な世界を見ているからな」
「半分以上グリザベルのせいだけどな。それで、あとは浮遊大陸の土で泥人形を作って終わりか?」
「言葉にすれば容易いが、ノームが入るゴーレムとなると途端に難解になる」
「そもそも本当に浮遊大陸の土なのか?」
リットはデルフィナが用意してくれた土嚢を不安の眼差しで見た。
「そうだ。ここに住む前に、私が世界中を飛び回って集めたものだ。そのせいか、フェニックスも龍も見飽きてしまった」
「あぁ、アイツらが浮遊大陸を壊すやつか。落ちてきた大陸の土を集めたってわけか」
「よく知っているな。方法は言えないが、集めるのに適した方法があるんだ。ともかく、ここからは魔女の分野だ。泥人形を作る前に、『擬似的なノームを作り上げる』必要がある」
「……まさか精霊召喚じゃねぇだろうな」
「そんな危険なことをするわけがないだろう。私は精霊師だぞ」
「その肩書きだから不安なんだっつーの……」
「精霊召喚は魔女が作り出した技法だ。精霊師のものではない」
「デルフィナだって魔女だろ。勝手に自分で精霊師って名乗ってるだけで」
「時代が追いつかない間は、魔女と呼ばれるだろうな。だが、他人からの呼び名などどうでもいいものだ。魔女ガルベラか、聖女ガルベラ。偉大なる魔女か、破滅の魔女。皆都合の良い風に呼びたがるものだからな。もし納得がいかないというならリットではなく、光を呼ぶ者ライトコールと呼んでやってもいいぞ」
デルフィナは噂は聞いているといった風に口元にからかいの笑みを浮かべた。
この様子だと、グリザベルから大方の話は聞かされているはずなので、リットはお手上げだと肩をすくめた。
「わーったよ。それで、魔女じゃないオレは何をしてりゃいいんだ? 酒でも飲んで寝てろというなら大歓迎だ」
「この年になれば男を甘やかすのも悪い趣味ではないが、リットには手に入れてきてもらいたいものがある。少々手に入りにくいものだ。探すのに苦労するかも知れないが……ドゥルドゥの街にはあるだろう」
デルフィナは図鑑を開くと、リットに欲しいものを伝えた。
「こんなもんゴーレムに使うのか?」
「使うかも知れないし、使わないかも知れない。精霊と一緒だ。物事とは気まぐれに結果を変える。なにより、あれを連れ出してもらわないことにはとても集中できん」
デルフィナを空を指した。
そこではグリフォンが暇つぶしに山の木々の葉を散らしてた。
「なるほど……厄介払いか」
「そういうな」と、グリザベルは慰めるようにリットの肩に手を置いた。「ついでに二人の様子を見てきてくれ。どうせリットもそろそろ気になっている頃だろう」
グリザベルの言うことは当たっている。
ノーラがまともな金の使い方をするはずがないと、リットは少し不安に思っていた。食べ物を見れば財布の紐が緩むのはわかっているので、下手をすれば一日ですっからかんになってるかも知れないと。
「まぁ、ここにはやることも酒もねぇしな」
リットが空に向かって手を振ると、グリフォンは待ち侘びたと勢いよく飛んできた。
リットの言うことを素直に聞き、羽ばたいていくグリフォンを見送りながら、グリザベルは「ムカつくグリフォンだ……」とつぶやいた。
ドゥルドゥの街に到着したのは昼過ぎ。
朝から何も食べていないことを思い出したので、リットはお使いやノーラ達を探すことよりも先に食事を済ませることにした。
始めは最初に目に入ったところのものを買って、適当に胃に詰め込もうと思っていたのだが、どうせなら軽く一杯やろうと思い立ち、酒場を探すために歩く距離が伸びてしまった。
酒場を見つけた頃には、ふくらはぎにうっすら疲労を感じ始めていた。
さっさと飲もうとリットが早足になった時だった。
「待たれい。そこの御仁」と背中に声をかけられた。
リットは振り返ってため息をついた。
「……オマエは行き倒れの天才か? 前にもこんなことがあったぞ」
リットに声をかけたのはノーラだ。マーと一緒に木の根本により掛かるように座り込んでいた。
「聞いてくださいよ。聞くも涙。語るも涙の物語。私達になにが起こったのか」
ノーラが言うと、マーは隣で真顔のままでよよよと泣き真似をした。
「どうせ金があると思って考えずに店に入って、支払いの時の値段に驚いたんだろ。宿に泊まる金もなくなったか」
「旦那ァ……見てたんなら、その時に助けてくださいよ」
「土と葉っぱで汚れた服を見て推理したんだ。それで、どっちなんだ? 言い訳を聞いてほしいのか、飯を食わせてほしいのか」
ノーラとマーは答える代わりに我先にと酒場に入ってリットを呼んだ。
「いやー、旦那ってばピンチの時に現れるんスから。お姫様を助ける王子様みたいですぜェ」
「オマエら二人共姫さんってがらかよ」
「リットが王子様ってよりは……。何回も言うけど、本当に信じられない……」
マーはフレッシュハーブのパスタを頬張りながら、リットの顔を値踏みするようにまじまじと眺めていた。
「んなことより、オマエらはちゃんとゴーレムのことを調べてんのかよ」
「おっと」とマーは人差し指を振った。「私達は敵同士。情報は言えないのだ」
「オマエら魔女にとっちゃ見栄と体裁の為の戦いだろうけどな。干からびて死ぬはオレだ」
リットは袖をまくって紋章を見せた。
「旦那ってば、心配しすぎっスよォ。私とマーの手にかかればこの通り!」
ノーラが力こぶを見せるように肘を曲げると、マーも不敵に笑って同じポーズを取った。
「この通りなんだ? 敵に飯を奢られてるのか?」
「それはもう完全に私達の術中にハマってることっスよ」
ノーラは元気よく手を上げてお代わりを頼んだ。
「たしかに……翻弄されてる。飯を食わせてやったんだ。ちょっと付き合えよ。またわけのわかんねぇもの頼まれたんだ。魔女ならわかるだろ」
「それは無理」と、マーはきっぱり断った。
「断れる立場だと思ってることに驚きだ」
「リットが言ったんでしょ。ゴーレムのことをちゃんと調べてるのかって。やることはいっぱいある」
「周りに変なナンパだと思われる前に頷けよ。こっちに付き合え」
「本当に無理。食べ終わったらサラマンダーのところに行くから」
「今から行ったら夜中になるぞ。その短い足がどれだけ早く動くと思ってんだ?」
リットに指摘されるとマーの動きが止まった。精霊がいる湖までグリフォンに乗っていこうと思っていたのだが、頼み事を断っておいてリットが貸してくれるはずもなく、借りたとしてもグリフォンは自分の言うことを聞かないからだ。
「仕方ない……リットもついてきていいよ」
グリザベルだけではなく、マーがゴーレムを作るのに成功しなければならないので、リットはため息交じりに了承した。
「ちゃんとこっちのも付き合えよ……」
グリフォンに乗って到着した草原。そこにある湖の前で、三人は途方に暮れていた。
「いやー……精霊の呼び出し方ってどうするんスかね」
「大丈夫。リットがどうにかする」
マーは期待に満ちた目をリットに向けた。
「あのなぁ……精霊は呼び出したわけじゃなくて、いつも向こうから勝手に出てきて難癖をつけてくんだよ」
「そんなの連れてきた意味がない」
「……人柱って手もあるな。どっちが湖の底に沈む?」
リットが湖に向かって腕を伸ばした瞬間だ。
「おお! 持ってきたか!」と声がした。
リットは腕の紋章が光ったのを見て「持ってきてねぇよ……」と不機嫌に言った。
「もたもたしてる時間はないぞ、人間」
「もたもたしないためにやってきた」
マーはリットをしっしっと手で追い払うと、ノーラとサラマンダーと三人で話を始めた。
リットが「まったく……」と文句の一言を呟きながら座り込むと、またも腕の紋章が光った。
「どうだ? サラマンダーをぶん殴るのに良さそうな体は作れたか?」
その声はノームのものだった。
「まだだ。オレも聞きてぇんだけどよ。精霊をぶん殴るのにはどうすりゃいい?」
「どうした。随分不機嫌だな。精霊に八つ当たりする人間なんていないぞ」
リットはどこにいるのかわからないノームに見せるように、腕の紋章を高く掲げた。
「シルフの紋章でも増えりゃコンプリートだ。ぶん殴れると思うか?」
「むしろ光栄に思え。初めてだ。まさか人間に紋章を入れる日が来るとはな」
「その軽い気分で入れられた紋章で、こっちはてんやわんやだ」
「まぁ、シルフの紋章まで入ったら精霊を己の拳で殴れるかも知れないな。だが、そんな奴は過去にも未来にも存在しないはずだ。正直どうなるかわからない。勝手に紋章を入れたことの詫びになるなら、一つアドバイスをやる。シルフに紋章を入れられる時は気を付けろってことだな」
「こっちも同じアドバイスをやるよ。真っ先に殴りに来てやるからな」
「……こっちはノームだぞ。四精霊だ。普通は恐怖におののくか、尊敬に言葉も出なくなるものじゃないのか?」
「今すぐこの紋章を消してくれたら、酔いつぶれるまでは崇めてやるよ」
「それは無理だ。そんなことをしたら逃げていくだろ。力の発散をさせてもらわなけれ困る」
「のんきに喋りかけてきてるけどよ。本当に力を抑えてるのか?」
リットはノームのこともサラマンダーのことも疑っていた。干天という現象が一時的に収まっているのは、暴走している魔力をサラマンダーとノームが無理やり抑え込んでいるおかげだというのだが、どうにも必死に抑え込んでいるようには見えないからだ。
「そっちが勝手に平然としてるように思っているだけだ。これでも姿を見せる余裕もないほど緊迫しているんだ」
「そういや、ウンディーネは姿を見せてたな」
「魔力の暴走にも波がある。今は話す余裕も出来たから話しかけたんだ。不思議なものだぞ。今は暴走なんてなかったんじゃないかと思えるほど穏やかだ。人間にはわからないだろうがな」
「いや、よくわかる。そのうち急に波が来て、諦めようかと思うほど暴走する。それを繰り返すんだろ」
「まさか人間に理解されるとはな」
ノームは驚いた。他の種族と比べたら魔力の器がないに等しい人間が、自分と同じ経験をしているだなんて思いもしなかったからだ。
「クソを我慢してる時と一緒だ。漏らしたら自分にも周りに被害が出るのも同じ。……いっそゴーレムじゃなくてオマルでも作るか……」
リットは本当にどうにか出来るのかと、ため息をついた。




