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魔女論争 ランプ売りの青年外伝4 魔女シリーズ2  作者: ふん


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第十話

 空の下、グリフォンの背中の上、流れる地上を見下ろす。

 ウトリ山から流れてきている川の本流は、まるで巨大な蛇のように緩やかに蛇行を繰り返している。

 山の土を運んでくるには申し分ない急流だ。

 リットが景色を見ろしていると、グリザベルの聞こえよがしのため息が聞こえた。

「なんだよ」

「我はまだ納得が言っていなのだぞ。勝手に話を進めおって……」

「そっちが婆さんと延々無駄話を続けてたせいだろう。本当に年寄りとだけは話が弾むんだな」

「よいか、歳を取るということは、それだけでも知見を深めているのだ。最近はとかく答えを知りだがる若者が増えているが、そこに行き着くまでの経験が大事なのだ。誰かが出した答えというのは。意見の一つに過ぎない。己が答えを持ってこそ、正解不正解の判断を出せるというものだ。わかるか? 正解は剣のように振りかざすものではなく、盾のように構えるものだ。振り回すだけなど童子でも出来る」

「なら代わりに、長話は嫌われるって教えといてやれよ。だから、若いのは離れてくんだってよ」

 グリフォンに乗っているのはリットとグリザベル。それに二つの土嚢だ。

 ノーラとマーの姿はない。二人は調べることがあると、同行はせずにドゥルドゥの街に残って調査を続けていた。

「サラマンダーを入れる器に水とは面白い観点だと思うが、しっかりした土台があってからこそのものだ。でなければ、相反する魔力元素は片方を飲み込んでしまう。はてしてマーはそこをわかっているのか……」

 グリザベルは心配だとドゥルドゥの街の方角へ振り返ったが、その時にバランスを崩して転げ落ちそうになってしまい、慌てて土嚢に捕まって難を逃れた。

「なにやってんだよ……」

「我のせいではないわ! グリフォンが急にスピードを上げたからだ!」

 グリザベルの言うとおり、グリフォンは速度を上げて山へと向かっていた。

 この周辺は精霊の力が安定しているらしく、邪魔するものはないので、自由に飛べるのが楽しいのだった。

 各地で起きていたサラマンダーとノームが起こした魔力の乱れとは、グリフォンにとって壁のような存在で、ぶつからないように避けて飛ぶのはストレスになっていたのだ。

「なんでもいいけどよ。土嚢を落とすなよ。それを届けることが、魔女に話を聞ける条件みてぇなもんなんだからな」

 グリザベルは自分ではなく土嚢の心配をするリットに苛立ったが、山が大きく見えてくるのが目に入ると別のことが気になりだした。

「して、その魔女とはいったいどんな魔女なのだ?」

「『デルフィナ・ボーダー』って奴だ」

「聞かぬ名だな。専門は何だ?」

「さあな」リットは肩をすくめた。

「師の名は?」

「さあな」リットは先程と全く同じ動きで肩をすくめた。

「まさか……何も聞かずに、ほいほいと頼み事を引き受けたのか?」

「文句があるなら、今度から自分で交渉すんだな」

 リットがグリフォンの首後ろを軽く叩くと、グリフォンは更にスピードを上げた。

 まるで放たれる矢のような勢いでウトリ山に近づくと、馬車で荷物を届けられない理由がわかった。

 ウトリ山の中腹というのは崖下だった。

 そこにあるのは、なんの変哲もない外観の家。だが、その周囲も崖に囲まれていた。まるでケーキをスプーンでひとすくいしたように、山肌がえぐり取られた場所に家が建てられている。

 見たところ橋のようなものはなく、入ることどころか出ることさえ不可能のように思える。

 だが、煙突から煙が立ち上るのが見えるので、誰かがいることは確かだった。

 リット達の意志とは関係なく、グリフォンは二人を振り下ろすと、最後にお尻を盛大に振って積まれた土嚢も落とした。

 そしてチューと鳴き声を上げると、山の頂上まで一気に飛んでいってしまった。

 リットが落ちたのは緑の芝の上だ。まるで布団の上に落ちたかのような弾力があった。

 この世のものとは思えない植物に首をかしげるグリザベルとは違い、リットはこの感触に覚えが合った。

 しかし答え合わせをする前に、家の中から魔女が出てきたので思わず息を呑んだ。

 魔女と聞いていたので、グリザベルのように黒いロングドレスか、マーのように黒いローブ姿なのだろうと思っていたからだ。

 彼女はリットやグリザベルより一回り以上年をとっている見た目で、姿は魔女と呼ぶにはあまりに派手やかな格好をしていた。

 黒のローブだが裏地は濃い紫。風にはためき裾がめくれると、割れた傷口から見える血肉のように真っ赤な細身のドレスが陽光に照らされた。

「精霊のざわめきすら珍しいというの、客人か……。次は星でも降ってくるか。それとも金でも湧き出してくるか……」

 デルフィナは自分の言葉にクスッと笑った。

「我はグリザベル・サーカス。魔女だ。お主に頼みがあってやってきた。話を聞いてもらいたい」

 魔女にしては奇妙な出で立ちのデルフィナに、グリザベルは気負けしないよう胸を張って言った。

「私はデルフィナ・ボーダー。魔女という役柄は何年も前に捨てた。今は……そうだな……。『精霊師』とでも呼んでもらおうか」

 デルフィナはフフフと笑う。

「忘れていた……。我もただの魔女と呼ばれるのは久しくない。こう呼んでもらおう『漆黒の魔女』とな。フハハハ!」

 デルフィナが「フフフ」と笑えば、グリザベルは「フハハハ!」と笑う。

 その意味のないやり取りを数回繰り返すのを見届けてから、リットは落ちている土嚢を拾った。

「届けもんだ。土を頼んでたんだろ」

「そうだが、ずいぶん遅かったな。土は家の裏の小屋の中に入れておいてくれ。よく働けば、茶くらいは淹れてやる」

 デルフィナは先にグリザベルだけ招いて家に入ってしまったので、リットが土嚢を運ぶしかなかった。

 グリフォンに乗ってる時は見えなかった家の裏。そこは菜園になっていた。普通の菜園ではなく崖に植物を植えられており、緑のカーテンのようになっている。

 他にも不思議な形の鉢があったり、こんな山の中では手に入らない海の砂があったり、おじいさんの話は嘘ではないと裏付けていた。

 デルフィナは土を扱う魔女だ。それも、用途は幅広く鉢を作るのから、ハーブを育てるまで。そして――浮遊大陸の植物を育てるに至るまでだ。

 足元に広がる芝は、浮遊大陸の時散々踏み歩いた多肉質の葉だ。

 リットは『落し種』と呼ばれる。浮遊大陸から落ちてきたの種を陸上で育てるという分野が魔女にあるということを思い出した。

 グリザベルの三人弟子のうちの一人の『シーナ』が、グリザベルに与えられていた課題だ。

 リットは土嚢を運ぶついでに、じっくりと菜園を眺めてから家の中へと入った。

「面白いものでもあったか?」

 デルフィナは淹れたばかりの青いお茶を差し出しながら聞いた。

 リットが興味深くあちこち嗅ぎ回っていることなど、お見通しだという目をしている。

「まぁ、それなりにな」

 リットは椅子に座るが、お茶の色を眺めるだけで手を付けることはなかった。

「お主がいぬ間に、我が話をつけておいたぞ」

 グリザベルはまだ化けの皮が剥がれていないであろう態度で、さも実力者であるかのような雰囲気を出していた。

「ノームを入れる為の土。実に面白い話だった。土というのは、魔力の元素の中でも一番魔力がこもりやすいものなのだ」

「火は上昇。水は吸収。風は拡散。土は着地。それぞれ魔力に動きというものがある」

「それは魔法陣を描く時の力の動きだ。精霊学的には火は放出であり、土は抑留という。他にも考え方は多様だがな。都度変わるものだ」

 リットがため息をつくと、グリザベルが得意気に口元に笑みを浮かべた。

「デルフィナの精霊学とは、魔女学とは似て非なるものだ。彼女は『四性質』という魔女の基礎を使わないのだ。自然にある精霊の力そのものを使う。まったく新しい魔法の使い方をしておるのだ」

「まだ扱える力は極一部。だが、その力のおかげであることが出来るようになった」

 デルフィナは青いお茶を一口すすってリットの言葉を待った。まるで弟子の答えを待つ師匠のようなふるまいだ。

「浮遊大陸の植物を育てられるようになったってんだろ」

 デルフィナは「ほう」と目を丸くした。「よく気付いた。ただの好奇心だけで歩き回る男ではないようだな」

 リットを褒められると、グリザベルは対抗意識を燃やして自分の見解を話しだした。

 デルフィナはグリザベルの言葉を遮ることなく最後まで聞くと、一つも否定の言葉を足さなかった。

「そのとおりだ。四精霊とは自然そのもの。つまり私達は常に感じているということだ。雨の冷たさ、日の長さ、風の匂いに、土の朽ち具合。どれも感じながら生きている。その感じる魔力を使えば『魔力の器』なんぞなくとも魔法は使える。重要なのは内側ではなく外側の魔力。それも外側だけの魔力で理を完結させる。それこそが自然の力だ。自然の力にウィッチーズ・カーズは起きない。故に魔女ではなく、精霊師というわけだ」

 グリザベルは感銘を受けていた。今まさに新たな魔女の歴史が刻まれているからだ。それを目の当たりにして興奮しないわけがないと。

「リット! お主もなにか言ったらどうだ。魔女界を根本から覆すような話なのだぞ」

「そう褒めるな」とデルフィナはたしなめた。「謙遜ではない。まだ誇れるような成果は上げていないからな。未開の地へ一歩踏み出しだけのこと。もう一歩踏み出し、両足で立ち、振り返り、後方の魔女と自信を持って目を合わせられてからが新たな道だ」

「じいさんが届けたくない理由がよくわかった……」

 リットはすっかり魔女談義に花を咲かせる二人を見て、これは長くなると思い、床に寝転がった。



「これ、起きぬか……まったく失礼な……」

 存分に話し終えてから、グリザベルはリットを起こした。

 外は暗くなっており、デルフィナの厚意に甘えて泊まることを告げた。

「泊まるんだったら、なんで起こすんだよ……。朝まで寝かしとけよ」

「私が言ったのだ。聞きたいことがあるから起こしてほしいとな」

 デルフィナはリットの傍らにしゃがみ込むと、シャツの袖をめくって精霊の紋章を指でなぞった。

「先に言っとくけどよ。宿代に腕を置いてけって言っても無理だぞ」

「こんな危ないものはいらん。だが、興味はある。精霊に紋章を入れられた者など初めて見たからな」

「ちょっと待て……今危ないって言わなかったか?」

「言った。紋章というのは、精霊の一部を宿すようなものだ。なにか不可思議なことが起きなかったか?」

「他より早く脱水症状が治ったことくらいか?」リットはサラマンダーとノームに出会った時のことを思い出したが、急にそれより前のことを思いだした。「リンゴが干からびなかったな……」

 リットが言っているのは干天が起きた時のことだ。食材が枯れていく中で、リットが触っていたリンゴだけはそのまま残っていたのだ。

 デルフィナはそれ見たことかというように笑みを浮かべた。

「それだけ影響があるんだ。危険だと言うには十分過ぎると思うが。まぁ、今回は助けられたと言ってもいい。精霊の力とはウィッチーズ・カーズが起こらないものだ。過ぎたる力は身を滅ぼすが、力を使う術も持っていなさそうだからな。今のところ安全だろう」

「不安でしかねぇよ……」

「それより気になるのは、精霊界の変動のことだ。ありえないことだからな。天変地異などというのは世界崩壊の前触れだ。良くないことが起きなければよいのだが……」

「精霊の話ではもう元に戻ったと言っておったのだが」

 グリザベルは四精霊と会話したことをすべてデルフィナに話した。

「なるほど……それなら四精霊の暴走は納得できる。水は方円の器に随うというが、魔力はそうはいかないからな。今回のことを解決しても、干天が消えるだけだ。しばらくはベリアの街は苦労するだろうな」

「随分盛り上がってるけどよ。ノームを入れるための土のことは聞いたのか? ゴーレムを作るってことをよ」

「もちろん言ったぞ」

 グリザベルは抜かりはないと腰に手を当てた。

「丁度いい。そのことも含め。明日精霊師というのはどういうものかを見せてやろう。今日はゆっくり眠るがいい」

 デルフィナはベッドはないが、せめて毛布を持ってくると離れていった。

「まさかこんなに素晴らしき出会いが待ち受けているとはな……」

 グリザベルは興奮冷めやらぬ状態でそわそわしていた。

「少しは見習えよ」

「当然だ。見習うべきことは山ほどある」

「師匠として、ものを教える態度をだよ。同じ山の中腹に一人で住んでた魔女でも随分違う。同じなのは、話が冗長なことくらいだ」

 リットは話を聞いているだけで疲れたと、あくびをすると毛布が来ないうちに寝息を立て始めた。






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