81話 貧民街にて
というわけで、利民が言う「アイツ」を訪ねることとなったわけだが。
「この辺だと思うんですけどねぇ」
雨妹は現在、細い路地をキョロキョロしながら歩いていた。
「治安が悪そうな場所だ、あまり長居はしないからな」
その後ろを、立勇が渋い顔をしながらついて来ている。
今雨妹たちがいるのは、佳でも貧しい者たちが住んでいる、いわゆる貧民街の区域であった。
そうやって多少迷いもつつ辿り着いたそこは、一際ボロい家だった。
「……本当にここか?」
「利民様が仰っていた看板がかかっていますし。
そうじゃないですかね?」
雨妹は立勇に応じながら、入口の傾きかけた戸の上を見ると、そこには木の板で「胡の工作室」とある。
利民の話によると、ここにいるのは胡天という職人だという。
「今いますかね? もしもーし?」
雨妹が戸を叩くと、その衝撃で戸がますます傾いてしまい、慌てて直そうとしていると。
「……なんだ、幾ら来ても金なんざねぇぞ」
すると中からそんな男の声が聞こえて来た。
どうやら雨妹たちは借金の取り立てだと思われたようだ。
「私、利民様に紹介されて来たんですけど」
「利民だぁ?」
雨妹の呼びかけに、傾いた戸が開く。
そこにいたのはボサボサ頭にヨレヨレの格好をした、中年男であった。
「胡さんで合ってますか?」
「おう、俺ぁ胡だが。
利民がなんだって?」
男が頭を掻きながら、胡散臭そうな目で雨妹たちを見る。
利民を呼び捨てにする様子を見ると、彼と近しい間柄のようだ。
雨妹が屋内の胡の背後を覗き見ると、色々なものがごちゃごちゃに置かれているのがわかる。
それらはなにに使うのかわからないものだったりするのがほとんどだった。
利民が言うには、この胡という男はそこそこ有名な職人に師事して働いていたらしいのだが。
いつも注文通りに作らずに余計な工程を入れるので、首になってしまったそうだ。
それでもここで、懲りずに妙なものを作り続けているのだという。
そんな男だが利民は話をすると結構面白くて、食い詰めないように援助しているのだが。
その金を妙なもの作りにつぎ込んで、いつも貧乏をしているのだそうだ。
――なんていうか、発明家気質なのかな?
前世での知り合いに、似たような知り合いがいた。
こういう人たちは熱中すると他が見えなくなるので、誰かが日常生活を維持してやらなければならないものだったりする。
そんなことを考えていると、ごちゃごちゃの屋内のモノたちの中で、雨妹はとあるモノに目を止める。
大きな車輪が一つ、その後ろに小さめの車輪が二つ並んでいて、それに様々な部品がくっついている。
全てが木製なのだが。
――これって、自転車?
そう、形はいささか歪ながらも、それは自転車に見えた。
いや、正確には三輪車か。
「あの、アレって動くんですか?」
雨妹が指さす先にあるものを見て、胡は「おや?」という顔をする。
「アレか?
試作段階だがちゃんと動く……ってか嬢ちゃん、
アレがなんだかわかるのか?」
「ええ、車ですよね?」
「車だと?
あれのどこに人が乗るのだ?」
雨妹の答えに、立勇が横槍を入れる。
「そりゃあ、車輪の上さ」
そう言って胡は示した大きな車輪の上に、木製の小さな箱が簡素に乗せられていた。
決して椅子ではないそれだと、見るからにお尻が痛そうだ。
「人や馬や牛なんかに牽かせるんじゃなくて、乗り手だけで動く車がないもんかと思ってな。
けど残念ながら、俺も含めて乗りこなせた奴がいないんだ。
ま、不良品だな」
――不良品だなんてとんでもない!
雨妹は自分の目がキラキラ輝いているのが分かる。
これこそ、今回の問題にうってつけのものだ。
違うものを頼もうとしていたのだが、まさか自転車モドキがあるとは考えてもみなかった。
「はいっ!
私アレに乗りたいです!」
勢いよく片手を挙げて告げた雨妹に、立勇も胡も驚いた顔をする。




