674話 唐突な会話劇
「はい!?」
この唐突な話題転換に雨妹はギョッとした。燕淑妃がこんなド直球で話を持ってくるのとは思わなかったのだ。
「なんと仰るのか?」
燕女史も目を丸くするのに、燕淑妃は笑顔を貼り付けて乗り越えようとしているのが見て取れる。
――遠回しに誘導するの、難しかったか……。
おそらくは燕淑妃なりに、話の持って行き方を色々と考えて気を張っていたのだろうが、それが早くも崩壊してしまったようだ。
なにしろ、これまで燕淑妃からの説得は難航しているどころか、最近の燕女史はこの話をされるのが面倒で、燕淑妃から逃げ回っていたのだという。燕女史には絶対に説得されないという、断固とした意思すら感じるくらいだ。
ここまでの燕女史の説得失敗が、燕淑妃にはかなり心の重荷になっているに違いない。そもそも、燕淑妃は姉である燕女史から嫌われているのだと思っているのだから。
それにしても燕女史がここまで嫌がるということは、今回の件は単なる医者の不養生的なことではないように思えてくる。それに本来であれば、医者にかかるのも治療するのも患者の自由である。けれど雨妹と陳は、この国で一番偉い人から燕女史の治療を頼まれてしまったので、どうしても治療してもらわなければならない。
というわけで、さてこの会話の流れをどうやって自然な形で行き着かせようかと、雨妹は脳内で高速で思案していたのだが。
「発言をよろしいでしょうか?」
立彬が控えめに声を上げた。
「よくってよ」
すると燕淑妃が、ホッとしたであろう内心を見えないようにして頷く。立彬が率先して発言し難い身分関係である雨妹のことを考え、舞台進行役を買って出てくれたのだろう。
――立彬様、頼りになります!
この燕淑妃宮への突撃についてはつい先ほど急遽巻き込んだというのに、土壇場での空気を読むのが上手い男である。さすが太子も信頼する側近だ。
「燕淑妃は具合が悪いのでしょうか?」
「おや、それは初耳ですな」
立彬が心配そうな顔を取り繕って問うのに、郭比もそう言って眉をひそめる。
「いいえ、そうではないのですが」
そんな二人に、燕淑妃が憂い顔になる。
「花の宴からこちら忙しかったので、宮の皆も大変だったでしょう? けれど辛抱強い者が多いので、具合が悪いのを隠しているのではないかと、わたくしは心配なのです」
「まあ。人間身体が資本、健康第一ですのにね」
「そういう我慢強さは推奨できないな」
そう言って「ほう」と息を吐く燕淑妃に、偉い人の話に気軽に割り込む身分ではない雨妹と陳は、二人でひそひそと話す。
「そこで今、ふと考えたのです。皇后陛下も頼られた医局の陳医師ですもの、我が宮の皆もきっと信頼できると思うでしょう。その陳医師にわたくしと燕女史が診てもらえば、皆もわたくしたちを真似をしようとなり、医者にかかろうとするのではなくって?」
そう言い切った燕淑妃は、微かに得意そうになって若干胸を張る。
「なんと素晴らしいお考えでしょう!」
「尊いお気持ちでございます」
雨妹が感極まったというように声を漏らす横で、陳も神妙な顔で頷いている。
実はこの国での医者というのは、人々から広く受け入れられている職業というわけではない。
医者にかかるという行為がまだ普通のことではないこの国で、貧しい者は病気になれば大抵大人しく寝て治そうとするものであり、大怪我をすれば諦めるということも多い。さらには病気や怪我は邪霊が悪さをしているのであると考え、祈祷で対処するものもそれなりにいる。
すなわち、具合が悪ければ医者にかかるという行為はむしろ少数派なのだ、悲しいことに。後宮でも雨妹のように医局に入り浸る方がおかしいと思われるのである。
「良き考えですな。特にこちらの燕女史は働き過ぎでして、宮の者も体調を心配する声が上がっていたところです」
「まあ、そうなの? やはり上に立つ者として、皆に不安を覚えさせるのはいけないわ」
郭比が渋い顔で告げるのに、燕淑妃が大変傷付いたという表情をする。




