662話 事情聴取中
そこから、謎から次々と質問が繰り出される。
「歳は幾つだ?」
「十五」
「いつから後宮で働いている?」
「ついこの間来たばっかりで、家族はおらの給金を前払いで弟妹の飯を買ったんだぁ。いやぁ、おらは案外高かったんだぞ!」
問いに詰まることなく答えていく野猫であるが。
――なかなかの内容を、ぽやぽや顔でサラッと言ったな、今。
つまり彼女は残された家族への生活費の足しに、宮女を集める仲介人に売られたも同然というわけだ。そういう事情は案外宮女たちにはありふれたものでもあるとしても、ここまでさっぱりとしている売られ娘も、そうそういない。
けど野猫の言う「高かった」というのは見栄ではないだろう。病気をしそうにない頑丈な娘であれば、長く働くことが可能であるので、働き手として引き手数多な人材だ。学は後から付けられるが、頑丈な身体はそういうわけにはいかない。その身体こそが、親から受け継いだ大事な財産というわけである。
雨妹がそんなことを考えている間にも、謎からの質問は続く。
「仕事はなにをしている?」
「洗濯だ。ここは里では見たことのねぇ綺麗な服がいっぱいあっていいな、洗濯が楽しい!」
この質問で、野猫の表情が輝いた。
「まだ薄いヒラヒラな服は触らせてもらえねぇが、見るのはできる。けど姉さん方が言うには、家族と住んでいたおらの家よりも広い部屋に、たぁんと衣装がつまっているらしいのさぁ。なんて幸せな場所なんだろう、いつか見てみたい!」
急におしゃべりになってうっとりとしている野猫を見ていた立彬であるが。
「あの娘、誰かに似ているな」
「へぇ、それは一体誰でしょうね?」
呟きと共にジトリとした視線を向けられた雨妹は、「自分ではない」というようにすっとぼける。
けれど、興奮する野猫の気持ちは雨妹にもよくわかる。
そもそも田舎には色鮮やかな服というものは無く、一番上等な服は生成り色の服だ。何故ならば、染められていない生成り糸で織られた布地は、新しい証拠であるからである。そこから着続けるうちに落ちなくなった汚れを誤魔化すために、草木で染めていく。けれどそれだって適当に草を集めて染めるため、鮮やかな色にはならず、だいたい茶色っぽい色合いになる。
だから田舎者にとって、わざわざ手間をかけて綺麗な色に染色された新しい布なんてものは、余裕のある暮らしが送れている人に許された贅沢品である。後宮では下っ端のお仕着せであっても、鮮やかな色に染められた木綿の服を与えられるのは、雨妹を含めた田舎者には感動する点の一つだろう。
――自力で服を染めるのだって、なかなかの重労働だったもんねぇ。
雨妹がそんな昔の苦労を思い出して、ホロリとした気分になっていると、野猫への質問が核心に迫っていた。
「何故皇后と既知の間柄になった?」
これに、野猫がこてんと首を傾げる。
「だって、穴の先にいたんだもの」
穴とは、おそらく皇后の寝所にあったあの穴であろう。いよいよ話が今に繋がった。
「穴とは?」
「おらが見つけた穴だぁ、洗濯中に見つけた」
そう告げた野猫が語るには、彼女はいつも皇后宮の外れにある井戸で洗濯をしているのだが、ある時突風が吹いて洗濯物が飛ばされてしまった。野猫が慌てて追って飛んだ先の茂みをかき分けていくと、その洗濯物は平たい石に引っ掛かっていたという。洗濯物を捕まえれば、その石は脆くなって割れ欠けているのが見えた。さらにその割れ目の隙間を覗けば、その下はなんと空洞になっているではないか。気になった野猫が石を退けてみれば、空洞は斜めに少し下ってから横に延びていて、野猫がギリギリ通れそうな広さである。穴の壁は案外しっかりと固められているし、奥がなかなかに深そうだと感じたらしい。
「それで、何故その穴に潜ろうと思ったのだ? なにかを見つけたからか?」
野猫の話を聞いていた謎が尋ねるのに、野猫は不思議なことを聞かれた顔になる。
「穴があったらさぁ、潜ってみたくなるだろう?」
野猫が「くすぐればくしゃみが出る」くらいに当然なことのように話すのに、謎は戸惑い顔である。
――いや、私もさすがにないかな。
雨妹とてなにか重要な使命を持っていなければ、先がどうなっているかも怪しい穴に身体ごと突っ込もうとは思わない。どうやらこの野猫は、もぐらの性質も持ち合わせているらしい。




