621話 雨妹発表会
「百花宮のお掃除係」小説12巻が6月10日に発売されています!
あの花の宴での件は、個人の頑張りでなんとかなる事態ではなかった。皇太后が東国から都合よく利用されていたなんてこと、いち個人ではなく軍部の案件だろう。アレが個人の力で全部まるっと治められたら、それこそその人が英雄だ。
――皇太后の権力欲が、燕家の想定を越えちゃったんだろうなぁ。
皇太后は自分が一番偉くなってチヤホヤされるためならば、なんだってやる人だったのだろう。そこに国の形がどうのということは関係ない。それが、あくまで国大事であった燕家は予測できなかったのだ。理解不能な相手を都合よく操作しようとして、失敗するという良い例である。
それにあの父は、明らかに歴史の転換点になる人物だ。未来にはきっと偉い先生たちが、この時代のことをああだこうだと解説するに違いない。その現場を、燕家のような人たちが既存の方法で現状維持しようとすれば、どこかにひずみができてしまうのは道理である。そのひずみを認められず、誰かのせいにしたくて、その標的になっているのが燕女史であると推測できる。
けれど、何故そもそも燕女史が標的にされたのか? いやそれ以前に、そもそもあんな四夫人になるのに向いていなさそうな燕淑妃が何故選ばれたのか? いくら傾国級の美人でも、性格の向き不向きは大事だろうに。
――押し付けられたのかなぁ?
少なくとも、自分から立候補したとは思えない。そしてそれを断ることが、あの燕姉妹にはできなかったということだ。
「燕女史の御実家は、燕家の中でも弱い立場なのでしょうか」
「また話が飛んだな――何故そう思う?」
雨妹の思考がまた立彬の想定外の方向に行ったらしく、立彬が訝しみながら、楊が雨妹たちにも淹れてくれたお代わりで喉を潤す。
「えっとぉ……」
雨妹はこれになんと言ったものかと考え、楊をちらりと見てから口を開く。
「ほら、燕家が元々宮城に道士を置いていたのに、皇太后陛下にその道士の枠を奪われたじゃないですか。そして――燕女史は道士でもあります」
立彬はともかく、楊にはこの情報を上げていなかったため、雨妹は一瞬ためらった。けれど楊の表情に特に変わりないようなので、雨妹はそのまま話を続ける。
「皇太后陛下を燕家が支援していたとするならば、その道士だって燕家が枠を明け渡した、ということなのではないでしょうか?」
ならば燕家の中にある道士を統率する派閥は、一族からないがしろにされたということになる。胡家でも友仁の実家がそうだったように、燕家だって一枚岩ではないのだろう。
――燕女史の家族は、燕家にとってやっかいな人たちだったとか?
道士とは様々な学を修めた優秀な人たちでもあるので、意見が合わなければ鬱陶しく思うものの、同時にその頭脳は欲しいと考えたのだろう。だから彼らの頭脳だけを利用しようとしたのかもしれない。それで血筋と頭脳と容姿が優れている燕姉妹が選ばれたというのも、あり得る話に思えた。
「優れた血筋が必ずしも一族の中枢にいるわけではないのは、どこでも同じではある」
立彬もこの推測には同意であるようだ。
けれど淑妃が姉ではなく妹なのは、淑妃となる条件が姉では不都合だったのかもしれないし、姉は反発して言うことを聞かないと思われたのかもしれない。
まあここまでは全て雨妹の考察と妄想を合わせた話であり、真実は不明なのだけれど。けれどそう見れば、あの燕女史と燕淑妃の姉妹が後宮にいることが納得しやすくはあるのだ。
とまあ、雨妹が自分の中で情報が納まるところに納まった気になっていると。
「ねぇ、小妹」
しばらく雨妹の話を黙って聞いていた楊だったが、ふいに面白そうな顔をする。
「もしお前さんなら、燕家のお偉い方を納得させるのにどうする?」
「私が、ですか?」
さらにはそんな意外な質問をされて、雨妹は「う~ん」と考えた。
「今ある環境を再利用、ですかね?」
「なんだ、それは」
そして出した答えに、立彬の表情が「まったくもって謎だ」と言いたげだ。その反応が不本意な雨妹は、もう少し詳しく語る。
「だって、陛下のお立場としては、皇后陛下にはそのまま椅子に座ってもらった方がいいのですよね? ならば皇后陛下が壁役に成り代われば、燕家の問題は消えますもん」
「……雨妹お前、ずいぶん雑な考え方をしたな」
雨妹としては画期的な思い付きだったのだが、立彬から何故か大いに呆れられてしまう。
「だってだって、面倒じゃないですか、今からさらに人を入れ替えるなんて。たくさんのお金だって必要になってくるでしょう? ただでさえ、東国に壊された後宮の建て替えとかをしているのに」
「それはそうだが」
「それに皇后陛下って、この状況でも萎縮せずに偉ぶっていられるのは、ある意味胆力があるというか。案外その手の才能があると思いません?」
「うぅむ……?」
畳みかけるように話す雨妹に、立彬がだんだんと困惑顔になってきている。




