613話 あれ以来の再会
「まあ姐姐、入ってちょうだい!」
一方で、燕淑妃は大好きな姉の登場に、嬉々とした様子で招き入れる。
「失礼します」
すると扉が開き、あの女官が入って来た。今更だが、やはり彼女が燕女史で合っていたようだ。それにしても、あの回廊での三竦み以来に彼女の顔を見たのだが。
――顔色が良くないなぁ。
前にも増して具合が悪そうな様子に、雨妹は心配になる。これでは、燕淑妃が心配して医局にまで乗り込んできた気持ちが少しだけわかるというものだ。あんなに姉想いな人なので、いてもたってもいられなかったのだろう。
だがそれにしても、今日のこの調子だと燕女史に会うのは難しいかもしれないと思っていたのに、まさかあちらから来てくれるとは。雨妹はかなり強引に連れて来られた自覚があるので、それが燕女史の耳に入り、心配になって様子を窺いに来たのだろうか?
――いや、もしくはそこまで計算してのことだったり?
いや、それは考えすぎかもしれない。自分のこれは完全に遊ばれた図であると、雨妹は脳内の可能性を打ち消す。雨妹は疲れたあまり、変に裏を妄想してしまっているようだ。
そんなごちゃごちゃとした思考を振り払うように頭を振る雨妹を、燕淑妃が手をかざして指す。
「見て、この娘の姿を! 素敵だと思わない!?」
「……あ、お前だったのか」
そう言われて、燕女史はしばし訝しむようにしていたのだが、やがてその着飾っている見慣れない顔が雨妹だと気付いたようだ。
「苦労をかけたな」
小さくため息を吐いて心底同情する燕女史の言葉に、雨妹はこの宮に来て初めて望んだ反応を貰えた気がする。
そんな燕女史に、燕淑妃が雨妹のことを改めて紹介した。
「こちら、文のお手伝いさんよ」
「どうも、本日は文様にお世話になっています」
雨妹が立ち上がって燕女史に礼をとると、文芳がこちらを見やる。
「ちょうど、依頼の話が終わったところでした。雨妹、わたくしはこちらでもう少しお話をしていくから、あなたは先に戻っていいわよ」
そして文芳がこのように言って、手をヒラリと振ってきた。
――おお、これは合図かな?
ちょうど目当ての人と会えたので、好きにしろということなのだろう。どうやら雨妹の目的は忘れられていなかったことに、心底安堵する。ここまで三輪車の荷台に乗って来た文芳の帰りの足は、燕淑妃が出してくれるに違いない。
「はい、ではそうします」
文に雨妹が小さく頭を下げると、燕淑妃が「そうだわ」と声を上げる。
「せっかくだから庭を見ていきなさいな、秋の香りを感じられてよ。姐姐、とても良いことを教えてくれた方なの。お礼に案内してさしあげて」
燕淑妃がそのように勧めてくれて、燕女史に案内まで頼む。
「主のお言葉とあれば」
命令された燕女史は、特に表情を変えずに頷く。
――おお、流れるようにお膳立てされた!
この状況は、燕淑妃も雨妹の目的なんてお見通しということか。もしくは雨妹が着せ替えであっぷあっぷしていた隙に、文芳から話が通っていたのかもしれない。燕淑妃はやはり行動を計算していた可能性が再浮上する。
「では、私はこれにて失礼いたします」
なにはともあれ、色々な意味でこの隙を逃すまいと、雨妹はこの場を辞する挨拶をしてから扉へ早歩きで近寄る。そして燕女史と二人で燕淑妃に礼をしてから、部屋を出た。
「なんとまぁ、お前はなんでもやるのだな?」
扉が閉まるなり若干呆れた様子の燕女史に、雨妹は「へへ」と笑う。
「頼まれればなんでも引き受けてしまうのです」
本当は頼み込んで同行させてもらっているのだが、そこはわざわざ言う必要はないし、こちらとしても誤解されたら都合がいい。
そして燕女史は命じられた通り、雨妹を庭園に案内してくれた。改めて眺めるとこの宮の庭園は個性的というよりも、庭園のお手本のような造りである。
「「……」」
しばし雨妹と燕女史は特に会話が弾むこともなく、秋の花や香りを楽しんで歩いていたのだが。
「お疲れのようですね?」
この沈黙に耐え切れなかった雨妹が、ひとまずそう切り出す。
「最近、特に忙しくてな」
尋ねられた燕女史は「そんなことはない」と強がるかと思いきや、肯定してきた。




