605話 幼馴染の思い出
「あら、そんなに似ている姉弟がいたのね。なら、その姉弟とわたくしは家系が近いのかもしれないわ」
雨妹と秀玲のやり取りに、文芳がそのように口を挟んでくる。
「それよりも、こちらにいらっしゃい」
そう言って文芳が手招きするので、雨妹はどうしたものかと秀玲を窺う。するとその秀玲が背中を押して促したので、雨妹は文芳に指示されるままに長椅子の側にある卓の椅子に着いた。
「秀玲、お茶を淹れてちょうだいな」
「はいはい」
乞われた秀玲が卓に用意されていた茶器を手に取ってお茶を淹れ始めると、文芳は卓の上にある皿に盛られた茶色い団子に手を伸ばす。それは着飾った貴妃の傍に置くにはそぐわない、素朴というか、田舎臭い料理であった。文芳はその皿から団子を一つ摘まみ、自らの口の中に放る。
「美味しいわ、相変わらず」
途端にツンとしていた文芳の表情がふにゃりと緩んだ。
「張雨妹、食べてみて。わたくしの故郷の味でもあるの」
そして文芳から勧められれば、雨妹に否の答えなど存在するはずがない。
「……いただきます!」
雨妹も団子を一つ手で摘むと、パクリと食べる。
――芋の味だな。
それ以上の感想はない。おそらくは蒸した芋を潰して片栗粉などで団子状に整えて焼いたものなのだろう。しかも中に餡も入っていない、真の意味での芋団子だ。戸惑い顔を取り繕えていない雨妹に、秀玲がクスクスと笑う。
「まったく文芳ったら。これよりも美味しいものを、いくらでも食べられるでしょう?」
秀玲が呆れながらお茶の杯をそれぞれの前に置いていくのに、文芳は首を横に振る。
「あなたが作った芋団子は特別だもの。秀玲、手土産ありがとう、嬉しいわ」
このやり取りを聞いて、雨妹はそういえば軒車の御者が手土産を渡していたことを思い出す。あまり丁寧なものではない包みだったので、雨妹はてっきり宮の宮女たちへの心付け程度の品だと思っていたのだが、まさかアレがコレだったとは。
「こんなもので喜ぶ貴妃なんて、貴方くらいだわ」
褒められた秀玲は口調とは裏腹に嬉しそうである。というか、この芋団子は秀玲の手作りなのかと、さらに驚く。
「ふふ、思い出は最高の味付けなのよ」
微笑む文芳の言葉は、心からのものだと聞こえる。苑州と青州があるのは農地には向かない過酷な山岳地帯という話だし、こんな芋団子でもご馳走だったのだろう。そんな芋団子を幼い秀玲と文芳が分け合って食べる光景が、雨妹の脳裏に浮かぶ。
――このお二人って、仲が良いんだなぁ。
秀玲は文芳の女官で子どもの乳母までした人なのだから、相当に信頼されていたのは想像できる。今の話しぶりだと、幼馴染なのかもしれない。雨妹には今世だと幼馴染のような存在がいないので、ちょっとだけ羨ましくなる。そして文芳は笑うとまた美しさが一段と輝くのだ。そう思いながら雨妹がもう一つ芋団子を食べると、今度はちょっとだけ懐かしく、ちょっとだけほろ苦い味がした。
このように芋団子を囲んで話が弾んだところで、文芳が本題に入ってくれた。
「それで、あなたがわざわざ昔話をしに来たわけではないのでしょう?」
「あら、さすがにそのくらいは気付くのね」
あちらから話をされたことに軽く目を見張った秀玲だが、雨妹の肩をぐっと抱き寄せる。
「実はこの娘をね、燕淑妃宮に潜入させたいの」
「あら、それは難儀なことね」
秀玲の言葉に、文芳が目を丸くする。燕淑妃宮のことを「難儀」と評するなんて、どうやら文芳は外の情報に疎いわけではないようだ。
「訳はちょっとややこしいんだけれど、聞きたい?」
「いいえ、要らないわ」
秀玲が問うのに、文芳はすぱっと切り捨てる。
「ならいいわね」
興味を示されなかった秀玲は、さほど気にしない顔でお茶を飲む。




