597話 全ては空腹のせい
「では」
そんな雨妹を見てから、太子が片手を上げた。すると奥からぞろぞろと料理の盛られた皿を持った宮女たちがやってきて、卓の上に並べていく。やがてすぐに料理でいっぱいになった目の前の光景に、雨妹の腹が空腹を訴え出す。ごくりと唾を飲み込んだ雨妹に、太子が告げる。
「まずはお食べよ。ほら、良い魚が入ったそうだから」
太子が勧めてくれた皿には、でっぷりとした川魚が香草と共に蒸されているものがあった。太子の夕食なので、毒見の手間などで冷めてしまっているものの、美味しそうなことには変わりない。きっと太子の口に入る頃には冷めてしまっていることも含めて調理されているのだろう、油分が固まっていたりなどの、冷めたせいで出来栄えが劣化しているようには見えなかった。
今は秀玲と共に給仕役らしい立彬が、その川魚の蒸し料理を雨妹の小皿に品よく取り分けてくれる。
「いただきます」
雨妹が蒸し魚に箸をつければ身がふんわりとほぐれて、そのまま口に入れれば、添えられていた香草の香りが鼻に抜ける。
「美味しいでふ……」
川魚をもぐもぐと食べる雨妹に、立彬が無言で饅頭を目の前に置いた。さすが立彬はわかっているなと、雨妹は川魚と饅頭を交互に食べる。口の中の水分が饅頭に持っていかれる頃合いになると、温い湯がさっと出されて、これまたありがたい。
――なんか、やる気が湧いてきたかも。
腹の中から活力が広がっていくのが、自分でもわかる。このように雨妹が元気になってきたのに気付いた立彬が、背後から声をかけてきた。
「さては雨妹よ、燕淑妃の出現やら皇帝陛下からの呼び出しやらで、いつものように間食できていなかったのではないか?」
そう言われて振り返ると、燕淑妃が現れたあの時は、生姜湯をちゃんと味わえなかったのもそうだけれど、もってきた麻花を「さあ食べよう!」というところだったのだ。
――あれ、結局麻花をどうしたかな?
麻花の行方を懸命に思い出すが、結果ちょっとしか食べられておらず、食べきれていない残りは医局に置きっぱなしなのかもしれない。きっと陳先生が気付いて、美味しく食べてくれていると思おう。それとも陳は生姜の加工が半端になっていて、今泣きそうになっているかもしれない。
それにしても、自分でも妙にしょぼくれている自覚があったが、そうか、お腹が空いていたせいだったのだ。やはり空きっ腹は良くないという証拠である。
雨妹と立彬のやり取りを、太子が微笑ましそうに眺めた。
「そうやって美味しいものを食べて、元気におなりよ。でないと良い知恵も出てこないから」
「はい!」
太子からも励まされてしまったので、遠慮なく食べることにした。太子や秀玲から勧められるままに皿に取り分けてもらい、甘味の胡麻団子までしっかりと完食する。
「はぁ~、満腹……」
「ゴホン!」
実に満足な雨妹の背後から、立彬の咳払いが聞こえた。おそらく「本題を忘れるなよ!」と言いたいのだろう。
――わかっていますってば。
雨妹はお茶で口の中をさっぱりとしたところで、改めて太子と秀玲に話を切り出した。
「どうか、相談に乗っていただきたいのです」
そして立彬に話したのと同じ内容を、燕女史が道士でもあるということも、ここだけの話と断って伝えた。
「……ということなのです」
雨妹も二度目となれば要点をまとめることができて、手短に話せた気がする。




