592話 こちらでもホウレンソウ
事態に行き詰まりを感じたならば、まずは相談することが大事だ。そう考えた雨妹が真っ先に向かったのは太子宮だった。燕淑妃という大物が出てしまった以上、こちらも大物に頼る他はない。
「すみませぇん!」
というわけで、日が暮れ出す前に太子宮の門に三輪車で滑り込んだ雨妹を、門番が若干不審そうに眺めてくるが、こちらだってその視線に怯むわけにはいかないのだ。
「立彬様とお話をすることができるでしょうか!?」
「……しばし待て」
雨妹の鬼気迫る勢いを見て、門番がひとまず話を繋いでくれた。そして、それから立彬が出てくるまでが非常に早かった。そして泣きつく雨妹は無事に中へ通されるのだったが。
「こちらへ来い」
「……はぁい」
鋭い目つきの立彬に顎で指し示され、大人しく着いていく雨妹の気分は重たかった。
――私と陳先生が狭間の宮に連れていかれたの、知られていたんだろうな。
そうとしか思えない対応の早さである。
立彬に連れられて向かったのは建物の中ではなく、庭園の東屋であった。これは、良い景色の中で会話をすれば心が和む、なんて理由ではないだろう。狭間の宮からほぼ直行した形の雨妹なので、よからぬ情報を持ち込んだと思われても不思議ではないのだ。このように見晴らしがよい場所で話をすることで、「なにも悪だくみをしていません」と認知させる意味合いもあるのかもしれない。
――怒られるかなぁ?
東屋で座ってため息を飲み込む雨妹に、立彬が悪戯をした幼児を見るような目を向けた。
「まずは、その辛気臭い顔をなんとかしろ」
そう言ってお茶を淹れてくれる立彬が、お湯をあらかじめ沸かしているという準備の良さは、やはり雨妹の行動を知られていたとしか思えない。それでも温かいお茶はありがたかった。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
立彬から差し出されたお茶を飲めば、爽やかな香りが鼻を通り抜け、緊張で冷えていたらしい身体を温めてくれる。そういえば、生姜湯を楽しもうとしていた時に燕淑妃がやってきたので、結果生姜湯を楽しむどころではなくなったのだったか。
「はぁ、落ち着くぅ」
ホッと肩から力が抜けた雨妹の様子を確認してから、立彬が告げた。
「忠告をしたにもかかわらずどうしてこうなったのか、最初から説明しろ」
「それがですね――」
本題を待ってくれた立彬に、雨妹は経緯の説明をする。
相手を知るための情報収集をして、仕事中にいかにも怪しい状況な人を見かけ、具合が悪そうなので医局へ連れて行ったところ、どうやらそれが燕女史であったらしいこと。それが二度も遭遇したことに加えて、皇后宮の人たちとの喧嘩現場を野次馬したこと、などなど。他にも全てを白状した。
「そりゃあね、燕淑妃にちょっと興味が湧いたことは認めますよ? けどそこらの道に燕女史とかいう大物がころっと転がっているとか、思わなくないですか?」
懸命に自身を擁護する雨妹を見て、立彬は苦々しい顔をする。
「お前の性格的に、そういう状況を見過ごせなかったのは理解しよう。けれどまったく、渦中のど真ん中にいる者に当たる才能に長けている奴め」
「そんな才能はいらないです……」
立彬から叱られなかったけれど、暗に厄介事製造機扱いをされた気がして、雨妹は反論したいものの心当たりがあり過ぎた。
けれど立彬の方も、雨妹の話に思うところがあったようだ。
「燕淑妃のお忍びに皇帝陛下の影が貼り付いていたのならば、燕淑妃宮に明確な異変が起きているのだろうな。今の時期にそれは痛手であるか」
「陛下もそう仰っていましたし、陳先生は胃が痛そうでした」
雨妹がそう語ると、立彬が憐む顔になる。
「陳殿には心の底から同情する」




