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百花宮のお掃除係~転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。  作者: 黒辺あゆみ
第四章 花の宴

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42話 意外な助け

 後宮の外に住んでいる男が雨妹(ユイメイ)の青っぽい髪について知っているのは、わざわざ情報を集めたということに他ならず。

 それが一体なんのためかと考えれば、あまりいい予感がしない。

 けれど雨妹の内心がどうであれ、相手が下っ端宮女より上の立場なことには違いなく。


「あの、私は今少々急いでいるのですが……」


雨妹が後ずさりながら、やんわりと立ち去るための言い訳を繰り出す。


「別にとりたてて時間を取ったりはしない。ただ、その髪を我に捧げよ」


すると男が平然ととんでもない発言をした。


「……は?」


相手がなにを言っているのか、雨妹には一瞬理解できずにいた。


 ――髪を捧げるってなによ?


 呆然と立ち尽くす雨妹が反応できずにいると、男は大股で歩み寄って距離を詰め、あろうことかこちらへ手を伸ばしてくる。


「うひっ!」


雨妹がとっさにその手を避けようと身体を逸らすと、男は眉を寄せた。


「相応の礼をするゆえ、恐れることはない」


 ――いやいやいや! 怖いでしょう普通!?


 勝手なことを言う男に、雨妹は内心で反論する。

 見知らぬ男から「お前の髪をくれ」と言われて、平気でいられる女が世の中にどれだけいるというのか。

 ここは逃げた方がいいとは思うのだが、相手が皇子だという可能性が逃走の邪魔をする。

 あとで呼び出されでもしたら、余計に面倒になるだろう。


 ――なにかいい逃げる手はない!?


 そう思考を巡らせながら手を避けていると、しつこく迫る男の手がついに雨妹の髪に触れた。

 そして髪をわしづかみにしてから簪を引き抜き床に放り、結ってあったのをぐしゃぐしゃにする。

 立淋(リビン)に貰った簪と、美娜(メイナ)に整えて貰った髪なのに。

 それらを乱暴に扱われて、雨妹はカッと頭に血が上りかけた。


 しかし――


「おお、滑らかな手触りだ……」


男は手繰り寄せた雨妹の髪に頬ずりをして、うっとりとしている。


 ――なにこいつ、気持ち悪い!


 雨妹は上った血の気が途端に下がり、全身に鳥肌が立つ。


「うぎゃぁぁあ! 離してよ私の髪!」


相手が皇子かもしれないという可能性も吹き飛び、雨妹はとにかく髪を取り戻そうとぐいぐい引っ張る。

 髪フェチなのだとしても、これはちょっと通常と度合いが違う。


「さあ、これを貰い受ける」


しかしそんな雨妹のことなど気にもしない男は、そう言って短剣をかざす。

 刃を向けている先は雨妹の髪だ。


 ――切られてコイツのところで保管されちゃうの!?


 そんなことになったら、とられた髪の末路が心配で寝込むかもしれない。


「離しなさいったら、離せ!」


こうなったら男を蹴飛ばそうと、雨妹が足に力を込めた時。


小妹(シャオメイ)、なにをしているんだい!?」


(ヤン)おばさんの鋭い声が回廊に響いた。


 ――楊おばさん!?


 雨妹が声の方を見れば、男の背後に楊おばさんが立っていた。

 髪を切ろうとする短剣の方に意識が行っていて、彼女の存在に全く気付かなかった。


「まったく持ち場にいないと思ったら、サボっているんじゃないよ!」


楊おばさんは雨妹を叱りながら、大股でこちらへ歩み寄る。

 すると幸運なことに、楊おばさんの登場に驚いた男の手から力が抜けた。

 この隙にその手から己の髪を引き抜くと、素早く落ちている簪を拾って楊おばさんの元へ駆けていく。


 ――怒られてるっぽいけど、助かった!


 楊おばさんから罰を受けることより、男から逃げることの方が大事である。

 こうして脱出した雨妹と入れ代わるように男の前に出た楊おばさんは、深々と頭を下げた。


大偉(ダウェイ)皇子殿下、この者は未熟な新人宮女ゆえ、粗相があったのなら監督者である私が代わって謝罪したく思います」


男は名を大偉というらしい。

 楊おばさんが皇子殿下と呼びかけたのだから、皇子で間違いないようだ。


「……いや、我も彼女の仕事の邪魔をしたようだ」


第三者が乱入したことで暴挙を止めた大偉皇子は、楊おばさんの謝罪に応じるそぶりをしながらも、手にしていた短剣をさりげなく仕舞う。

 後宮の女は全て皇帝の嫁候補であるも同然なのだ。

 それを傷付けようとしたとバレては、皇子といえども叱られるどころでは済まされないだろう。

 とりあえず身の安全を確保できたことにホッとしている雨妹に、楊おばさんが尋ねてきた。


「小妹、頼んだ遣いはちゃんとやったのかい?」


 ――え、遣い?


 雨妹は楊おばさんになにかを頼まれた覚えはないのだが。

 しかしここで「そんな話は知らない」なんて言えば、大偉皇子から「暇なら自分に付き合え」と言われかねない。


「え、いや、えっと」


どう返事をするべきか戸惑う雨妹の肩を、楊おばさんがぐっと掴む。


「いいから合わせるんだよ」


そして囁きよりも小さな声でそう言ってきた。


「まだです、申し訳ありません!」


雨妹は済まなそうな口調で謝りつつ、九十度のお辞儀をする。


「仕方のない子だよ、全く。だったら早く行きな」


楊おばさんからトン、と背中を押された先にある角に、見慣れた宦官の姿が隠れているのが見えた。


 ――立彬(リビン)様だ!


 雨妹が振り向くと、楊おばさんが微かに頷く。

 どうやら早く逃げろと言っているらしい。


「はい、失礼します!」


雨妹は楊おばさんとついでに大偉皇子にもう一度頭を下げ、立彬がいる方まで速足で歩く。

 とにかくできるだけ早く、この気持ち悪い男を自分の視界から消したい。

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