第3話 王宮饗宴―そして時を止められた女
王宮の大広間。
高い天井から吊るされた黄金のシャンデリアが燭の光を放ち、大理石の床に揺らめく影を落としている。
壁には剣と獅子の紋章をあしらったタペストリーが並び、衛兵たちが沈黙のまま場を固めていた。
円卓には鹿肉のロースト、野兎のパイ、蜂蜜をかけた果実――王家の饗宴と呼ぶにふさわしいご馳走が並ぶ。
その席に、場違いな三人――バッドレイ、ビズギット、ニルが招かれていた。
「すげぇ……これぞ宮殿ってヤツだな〜」
大剣を立てかけたバッドレイが、天井を見上げて目を輝かせる。
「……あなたは戦ってもいないくせに」
冷ややかな視線を投げたのはニル。
「ああ、あんとき腹減っててな〜♪」
悪びれもせず肩をすくめるバッドレイ。
「ふざけんな! 戦場でヘラヘラしてた奴が礼を受け取る気かよ!」
ビズギットが椅子を蹴り飛ばして立ち上がる。
「それより、あなた……私のパイを食べた件、まだ謝ってませんよね?」
ニルが鋭く言い放つ。
「なんのことかなぁ〜?」
しらを切るビズギット。
「まあまあ、……“私のパイパイ”ってなに?」
「パイパイじゃない! いや、パイはパイだけど!」
ニルの声が跳ね、椅子の脚がギシリと鳴った。
「まあまあ……」
バッドレイはパンをちぎり、肉汁に押し当てて豪快にかぶりついた。
「これうめぇ……! 俺の村じゃ年に一回食えるかどうかだぞ」
顎を伝って肉汁が滴るのも気にせず、夢中で食らう。
ビズギットはそんなバッドレイを睨みつけながら、渋々椅子に腰を戻した。
目の前のステーキをじっと見つめ、ナイフで端を切って口に運ぶ。
「……焼きすぎ。中はもっとレアじゃないと」
文句をぶつぶつ言いながらも、結局は完食してしまうあたりが彼女らしい。
一方、ニルはほとんど箸をつけず、静かに周囲を観察していた。
ワインの縁に指をかけながら、背後の衛兵の立ち位置や出口までの距離を、無意識のうちに測っていた。
――その時、円卓の外縁で、老臣たちのひそひそ声が飛び交う。
「……本当に、……この者たちなのか」
「見た目はただの子供ではないか」
彼らの眉間に皺が寄りかけた瞬間、乾いた咳払いが響いた。
国王ルヴェリアの脇から、大魔導士ゼギンアスがゆっくりと前へ進み出る。
その足音は、先ほどまでの軽口を断ち切る刃のように、広間の空気を一変させた。
「……本題に入りましょう。グレイデスと三大将軍は、現在も王都へ進軍中です」
低く重い声が響き、場の温度がわずかに下がった。
ゼギンアスは三人を見渡し、忌まわしい“呪い”の真実を告げる。
「……倒した者が、死ぬ。グレイデスは、現界に呼び寄せた妻に自らを討たせ、その呪いの代償として、亡き妻を蘇らせようとしているのです」
言葉の余韻が落ち、沈黙が広がる。
三人の表情が、ゆっくりと笑いを捨て、戦場のそれへと変わっていった。
「……やべぇな、それ」
バッドレイが口笛を鳴らす。
ニルが静かに口を開く。
「……しかし、彼の妻は一年前に亡くなったと聞きました。通常なら、肉体はとうに腐敗し、蘇生など不可能なはず。――どうやって、その問題を回避したのですか?」
ゼギンアスはわずかに顔色を変える。
「……グレイデスは、かつて王都で極秘裏に扱われていた**『永久時封』**という大封印術を、妻の遺体に施したのです」
「永久時封……?」
ビズギットが眉をひそめる。
「時間の流れを完全に止め、外界から隔絶する禁忌の魔法だ。
習得には膨大な魔力と年月を要し、代償として他の実戦魔法をほぼすべて捨てることになる。
ゆえに使い手は極めて少なく、王都でも秘中の秘として扱われてきた」
「なぜ、それを彼が?」
ニルの問いは、淡々としていながらも鋭い。
「グレイデスが王国の英雄だった頃、その使い手と深い信頼を築いていた。……彼はその魔導士に依頼し、妻を封印したのです」
「つまり、その妻は……一年経った今も、死んだ直後の姿を保っている、と」
ニルの声は冷ややかだが、その瞳の奥には別の光が宿っていた。
「その通り。まるで眠っているかのように、安らかな姿のままだ」
ゼギンアスの声には、畏怖がにじむ。
「……最悪じゃねぇか」
ビズギットが吐き捨てる。
「で、俺たちに、それを止めろってわけか?」
バッドレイがニヤリと笑い、戦いの匂いを楽しむように唇を歪めた。
張り詰めた空気が三人の間を走る。
永久時封――。
その言葉の響きの中で、ニルはふと視線を遠くへ投げ、わずかに口元を歪めた。
それは諦めでも恐怖でもない。計算の兆し。
「けど、力も無い妻に殺せるのか?」
ビズギットが低く言い放つ。
ゼギンアスはそこで、水晶玉を取り出し、震える手で掲げた。
「……私は、この水晶に、彼が描く“未来像”を垣間見た」
淡い光が室内を満たし、霞んだ映像が浮かび上がる。
高い崖の縁に跪くグレイデス。
その隣に、安らかな顔をした妻。
……彼は微笑む。
彼女がそっと胸に手を置いた瞬間――
重い鎧ごと、巨体が崖の向こうへと傾いていく。
――落下。
映像は、そこで途切れた。
「崖から落ちて死ぬ?」
「そんなもんで死ぬかよ」
バッドレイとビズギットは鼻で笑う。
だが、ニルは違った。
映像のグレイデスの顔――そこにあったのは勝利でも絶望でもなく、安堵と解放。
死を受け入れる覚悟だった。
小さく息を吸い、誰にも聞こえぬ声で呟く。
「……これなら、殺せるかもしれない」




