第2話 バッドな招集 ― 不協和音の三重奏
王都レオグラン――東西交易の要として栄えた都。
石畳の通りには赤煉瓦と白漆喰の家々が並び、香辛料や魔導具を売る商人の声と、旅人たちの笑い声が響いていた。
その中心、丘の上にそびえる白亜の城――レオグラン宮。
だが今、王都は静かに、そして確実に崩壊へと向かっていた。
国境の砦はグレイデスの進撃により防衛線ごと粉砕され、炎と瓦礫の海へと変わった。
それはほんの――数刻の出来事だった。
玉座の間。
王ルヴェリアは蒼白な顔で玉座にもたれ、大魔導士ゼギンアスの報告を聞いていた。
この王城が、灰燼に帰すのも、もはや時間の問題だった。
「王よ……迎撃に向かった第一陣は壊滅いたしました。
国中の兵を集めたとしても、グレイデスの進軍を止められるかは……」
老魔導士の声は震えていた。
それでも、伝えねばならない。絶望の現実を。
「……策はないのか? どんな手でも構わぬ。あるなら出せ!」
ルヴェリア王が怒気を帯びた声を放つ。
ゼギンアスは一瞬だけ逡巡し、水晶玉を強く握りしめた。
「……あるとすれば、一つだけ。
ただ、通常の手段ではグレイデスの“呪い”も“肉体の耐性”も破れません」
「非常識な手、か」
王の声に、ゼギンアスは一瞬だけ逡巡した。
そして、静かに水晶玉を掲げる。
「――“常識を超える力”さえあれば。あるいは……」
玉に映し出されたのは――グレイデスとの遭遇時の記録。
そこに映るのは、三人の“規格外”だった。
・ビズギット――雷と炎を操る、喧嘩上等の爆裂魔術師。
・ニル――沈着冷静、罠と予測に長けた氷刃の知将。
グレイデスを前に、一歩も引かぬ少女たち。
そして――
・バッドレイ。
両手剣を担ぎ、血塗れのまま飄々と笑う戦闘狂。
その威圧感すら楽しむように、馬上から現れた少年は退屈そうに口を開いた。
「こっち来たら、やっちゃうかも」
その場にいた誰もが沈黙する中、
それは唯一、人としての恐怖を抱かず、軽い口調で放たれた“宣告”だった。
「……この三人を――組ませるのです」
「組ませる、だと? 性格の不一致で、先に殺し合いになりそうだが」
王の声音は、半ば呆れ、半ば恐れに近い。
だが、ゼギンアスは小さく首を振り、言い切った。
「それでも……他に方法はありません」
その瞳には――焦燥と希望。
両極の光が、せめぎ合うように揺れていた。
◇
――王都、ある宿屋の一室。
古びた石造りの大部屋。
小さなテーブルと椅子、六つ並んだ質素なベッド。
そこで三人の“規格外”は互いに距離をとり、黙々と武具や傷の手当てをしていた。
「チッ……クソ巨人め。余計な傷、作りやがって……」
ビズギットが舌打ちしつつシャツを脱ぎ、壁に向かって立った。
素肌の引き締まった背中には赤く腫れた裂傷がいくつも走っている。
軟膏を塗り込む指先が苛立ちを映していた。
……その姿に、バッドレイの目が吸い寄せられる。
「……なにガン見してんだよッ!!」
「いやいや、そっちから背中見せてくるからさ! それ、絶対動くと痛いヤツじゃん?」
バッドレイが両手を挙げて笑いながら言い訳すると――
「……最低です」
ニルが即座に冷たい声を飛ばし、短剣の刃にバッドレイの姿を映しながら静かに警告する。
「マジ刺される一歩手前ですよ――あなた」
「ごめんごめん! 冗談だってば〜! な? 仲良くしようよ♪」
「……次こっち見たら、マジで焼くからな」
ビズギットは深くため息をつき、薬箱をごそごそと漁る。
「おまえら、スタミナ空っぽだろ? 見てて分かるわ〜」
「……お前、戦ってないくせによく言うな」
ビズギットが眉をひそめる。
この世界での“スタミナ”は、物理も魔法も同じひとつの器だ。
剣を振っても呪文を放っても減り、魔法は倍の消費。
回復は宿泊か長時間の休息のみ。
戦闘中に膝をつけば少しずつ戻るが、その間は無防備だ。
ポーションや回復魔法では補えず、王都から届く物資も応急処置レベルに限られる。
「ビズは腕パンパン、ニルは頭ガンガン。結局、休まなきゃ回復しねぇだろ?
ポーション? 高いくせに傷の応急用だし。……ああ、魔法もあったな?」
「治癒魔法は万能じゃありません」ニルが淡々と答える。
「術者の寿命を削り、重傷は“生かす”程度で精一杯。完治には宿屋での静養が必要になります」
「じゃあ、ニルは回復できるのか?」
「私は回復魔法職じゃありません」
「じゃあ、ビ……」
「てめぇ、殺すぞ」
「……やっぱビズには無理だわな。……で、飯は?」
バッドレイはベッドにごろんと寝転び、天井を見上げて伸びをする。
「……あなた、さっき厨房からつまみ食いしてましたよね」
ニルが呆れたように言う。
「あれは、前菜ってやつ」
「……はあ」
ニルは軽く目を伏せ、無言で短剣の刃を磨き始めた。
「ていうか、二人とも……会話、なさすぎじゃね? 気のせい?」
「知るか」
「……」
ビズギットは吐き捨て、ニルは完全に無視。
二人は目すら合わせようとしない。
そんな中──
コンコン。
扉がノックされた。
「王宮より、お呼びがかかっております」
宿屋の主人が顔を覗かせ、後ろの兵士がきっぱりと言った。
「えー? なんの用?」
バッドレイが寝転がったまま顔を向ける。
「昨日の礼を述べたいとのことです」
「マジ?」
「お前は、関係ないだろ」
ビズギットが即座に突っ込む。
「いえ、三名をお連れするようにと」
王都の兵が、宿屋の主人の前に出て、きっぱりと告げた。
「ほ~ら、見ろ~♪」
バッドレイが得意げにビズギットを指差す。
「……わきまえろよ、お前」
シャツを羽織りながらビズギットが睨み返す。
「とりあえず行きましょう。ただし、ふざけた態度なら置いていきます」
ニルが静かに立ち上がる。
「はーいはーい。……あ、ンまい飯出るといいな〜」
バッドレイは頭を掻きながらのっそり起き上がった。
それぞれ武具を手に取る三人。
その背は、まだ完全に並んでいない。
――だが、確かに世界の命運はここから動き始めていた。
……最悪の三重奏が、“調和”という名の不協和を鳴らし始めたのだ。




