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第3話 巨神襲来 — 覚醒の双閃

崩れた古寺院の裏手。

名だたる勇者や兵士たちが、瓦礫を踏み越え、我先にと逃げ惑っていた。


「退けっ! 全員、退けぇ!!」


騎士団長エルダンが怒鳴るが、背後から迫る“それ”の気配に誰も振り返る余裕はない。

空気が震えていた。

まるで大地そのものが呼吸を止めているかのような、圧倒的な圧。


ドスン。


……ドスン。


林の中から、巨躯(きょく)の影がゆっくりと姿を現した。


――グレイデス。


その漆黒の姿を目にした者は、誰もが“人ではない何か”の気配を感じ取る。

身の丈は優に五メートルを超え、ただ立っているだけで、周囲の建物すら威圧する。


右手に握られた武器――それは斧でも剣でもない、巨大な“戦鎚(せんつい)”。

人間が扱うにはあまりに過剰なその鉄塊(てっかい)を、彼は片手で軽々と振り上げる。

それは、敵兵だけでなく、砦ごと戦線を潰す、“質量による判決”だった。


黒鋼(くろがね)の甲冑は不規則に歪み、装飾というより、呪いそのものが具現化したように尖っている。

むき出しの胸部には、(いにしえ)の紋章が刻まれ、黒ずんだ血管が浮き上がっていた。


黒き兜は、頭頂からねじれ上がる角のような突起を持ち、鼻と口を除くすべてを覆い隠していた。

その異形さは、まるで彼の“正気”を封じ込めるための檻のようだった。

前面のバイザーに刻まれたわずかなスリットから、目だけが赤く光を放っていた。


鉄のような足音が、静寂を砕く。

その男が歩むたび、大地は(うめ)き、空気はざらつく。

まるでそれ自体が、死の宣告であるかのように――。


「グ……グレイデス……!!」


英雄の一人が恐怖に顔を引きつらせ、そう呻いた。


しかし、グレイデスのその赤い瞳には激情も冷笑もない。

ただ、静かで、止まることのない、冷徹な意志だけが宿っていた。


兵の一部は振り返って剣を構える。

だが、先ほどの戦闘で既に数十名が倒れ、グレイデスの周囲には奇妙な黒い波紋が漂っていた。


「……あいつを殺した奴は、死ぬんだ……あの呪い……!」


誰かが呻いた。絶望が伝播(でんぱ)する。

エルダンは、部下たちの顔を見やった。

この呪いの恐ろしさは、彼ら自身が誰よりもよく知っている。


さらに、側近の一人が蒼白な顔でエルダンに(ささや)いた。


「……団長、情報が……あのグレイデスには、かの“三大将軍”も随行(ずいこう)しているとか……」


エルダンは苦渋の面持ちで視線を逸らした。

「……姿は見えんが……それがかえって不気味だ……」


そこへ――。


……


ズズン、と空気を裂くように、寺院跡の正面から二つの影が飛び込んできた。

エルダンたちは身構えた。まさか――三大将軍。


しかし、そこへ現れたのは……。


既に満身創痍(まんしんそうい)──血と泥に塗れた少女二人だった。


ニルとビズギット。


「止まれ……ッ!? 子供……?いや、なんだ……この圧は……」


エルダンが目を見開く。初めて見る少女たちに、誰一人期待していなかった。

彼らの目には、前へ飛び出して来た、ただ無謀な少女にしか見えなかったのだ。


「なんか、強そうだな。……殺るか」

ビズギットは血の滲んだ口角を吊り上げる。


「そうですね……私も少々、鬱憤(うっぷん)が溜まっていますので」

ニルが短剣を構え、目元に微かな笑みを浮かべた。


次の瞬間――

二人の少女は、同時に地を蹴っていた。


「なっ……!」


エルダンの部下たちがざわつく。

その勢いと気迫に、一瞬遅れて我に返る。


「と、とにかく! あの二人に――」

側近が、血の気を失った顔で叫ぶ。


「……グレイデスの呪いのことを、伝えなければ――!」


しかし。


「いや。……残念だが、その必要は無いだろう」


エルダンは、静かに首を振った。

誰もが思った――あの少女たちは“瞬殺”されると。



ビズギットはグレイデスの前に立つと、迷わず広範囲雷撃を放った。

天蓋(てんがい)穿(うが)つような光がグレイデスの巨体を包み、轟音が響き渡る。


その瞬間、ニルが高速のステップで懐へ滑り込み、短剣の刃先で戦鎚をもつ手元を狙う。


グレイデスのその足が、後方へ、わずかにだが、軸をずらすように揺れた。

――初めて、彼の動きが“防御”になった。


そのほんの一瞬。

だが、あの巨神の体勢をわずかでも崩したという事実に、エルダンたちは目を見張った。


「……この二人、まるで噛み合っていない。

 だが、不思議だ……戦場のリズムが、彼女らを中心に変わっていく……」


エルダンは心の奥で、不意に何かが灯るのを感じた。

それは、希望と呼ぶにはあまりにも微かな感情だったが、確かにそこにあった。


だがその目が、すぐ冷えた光を取り戻す。


グレイデスは、腕を振るい大槌で雷撃を吹き払い、そのままニルの動きに正確に追随して、大槌を二人に向けて横薙ぎに振り払った。

鋭い風が地面を削り、岩を裂いた。


ビズギットは後方へ転がりながら衝撃の余波をかわし、着地と同時に次なる魔力の構築に入る。


「てめぇ、もうちょい派手にやれよっ!」

ニルに言い放ちながら雷撃を増幅させる。


「無計画に派手に撃てば、こちらが不利になります」

ニルはわずかに眉をひそめながら、空中で二回転し、上空で体勢を立て直した。


「チッ……細けぇなっ!」


「……慎重は悪いことではありません」


エルダンたちが息を呑む。

「攻撃を受けて……躱した?」

「なんだ……あの二人、ただ者じゃない……!」

「もしや……! この二人なら……」


誰かの声が震え、その目には、絶望とは違う、かすかな光が宿り始めていた。

そして――ついに、最も“やべぇ奴”がやってくる。

剣鬼・バッドレイ、空腹のまま現場に乱入!?

次回:『バッドレイが、やって来た! ―けど、 だいたい敵よりも迷惑だった件』

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