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第5話 血戦の完成―世界を壊す一撃

森を覆う闇が、さらに濃く沈む。

大気は灼けた鉄のように歪み、鳥も虫も息を潜めた。

ただ一つ――巨鬼の叫びだけが、天地を支配する。


「これで潰すゥゥゥゥ!!」


巨斧を天へ――。

肩、腕、背骨、脚、全身の膂力を一本の刃に集約させる。


――ズズゥゥゥゥゥン……ッ!!


額の血管から血が噴き出し、地鳴りが腹を揺さぶり、空が悲鳴を上げる。

その一瞬、森も湖も、音を失った。


そして、天地そのものを断つかのように――


「――地獄轟断<ヘルブレイカー>ッ!!!」



大気ごと叩き潰す一撃が、黒い稲妻のごとく振り下ろされる。

振動が森を裂き、空気そのものが爆ぜた。


「ぬおおおおおッ!!」


バッドレイは咆哮し、大剣を両腕で構えて迎え撃つ。


――ギギギギギィィィィッ!!!


巨斧と大剣――金属が軋み、耳障りな悲鳴を上げる。

衝撃波は地を裂き、周囲の木々を根ごと揺らした。


だが――圧はあまりにも重い。


「ぐっ……!!」


筋肉質の身体がきしみ、赤黒い蒸気を散らしながらも耐える。

だが巨斧の質量は容赦なく大剣を押し切り、額を掠めた――。


――バギャアアアアッ!!


爆ぜる衝撃。

爆風とともにバッドレイの体は数メートル後方へ吹き飛ぶ。

背中から地に叩きつけられ、尻もちをつく。


泥が跳ね上がり、赤黒い水滴が宙を舞った。



「……終わりだ、人間ッ!!」


勝利を確信したグルザードが、口角を吊り上げる。


だが――


尻もちをついたままのバッドレイが、ゆっくり顔を上げた。

額から血を垂らし、鼻の下を指で擦りながら――笑う。


「すげぇーな。……俺を吹き飛ばすやつ、いたんだ」



――ゴウウウッ!!


次の瞬間。

バッドレイの体中から、赤黒い蒸気が爆ぜるように吹き上がった。


血の匂いを帯びた瘴気が渦を巻き、森の木々を震わせる。

背後の巨石がバキバキとひび割れ――崩れ落ちる。



「だけどな――って、ケツ冷てぇなオイ……」


バッドレイは立ち上がる。

大剣を肩に担ぎ直し、泥にまみれた尻を乱暴に払った。


「……でもよ、血ィ出りゃ出るほど……俺、もっと強くなるんだわ」



蒼白の稲光に照らされたその姿は、傷だらけでありながら――

なお戦いを楽しむ獣の眼だった。


――ミシミシミシッ!!


筋肉がきしみを上げ、異常に膨張する。

皮膚の下で血管が浮き上がり、赤黒い霧がまとわりつく。

肉体そのものが、異形へと作り変わっていく。


そして――


血戦ブラッドブースト》、遂に完成。



身体中から赤黒い蒸気が吹き出す。

その存在感は、もはや人間のそれではなかった。

森を覆う闇すら押し返し、立っているだけで圧が大気を震わせる。


「なでッ……!? ……まだ立てんのだがぁ……!」


グルザードの巨躯が一歩、後ずさる。

沈んだ土は悲鳴を上げ、巨鬼の瞳に初めて「恐怖」の色が宿った。


「どした――なんでそんなに驚いてんだ?」


バッドレイが首を傾げ、ニヤリ。


「あー、もしかして、いまの……お前の最終兵器だったのか。

 ……だったら先に言ってくれよ」


残念そうに肩をすくめ、


「そしたら俺さ、もっとノッてやったのに。

 『うわー殺られたぁー!』『世界終わったぁー!』って、派手にさ♪」


皮肉を口にした瞬間――


――ズズンッ!!


大地を踏み抜く轟音。

稲妻の残像をまとい、赤黒い霧を裂いてバッドレイが消える。


「――んじゃ、いくよぉ!!」



閃光。


大剣が唸りを上げ、空気そのものを断ち割った。


――ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!


衝撃は一点に留まらない。

グルザードの巨体に叩き込まれた刃は、大地ごと巻き込み――

森そのものを薙ぎ払うかのように爆ぜ広がった。



轟爆。


視認する暇すらなく、大剣の一撃は振り抜かれていた。

グルザードの巨体が、まるで布切れのように弾き飛ぶ。


巨木を十数本まとめてなぎ倒し、岩を砕き、地面を滑走しながら森を削り取った。


「が、は……あああああッ!!」


胸から肩口にかけて、肉も鎧も斬り裂かれ、赤黒い血潮が噴水のように吹き上がる。灼熱で焦げ落ちたその傷は、まるで火山の噴火口を穿たれたかのようだった。



余波だけで岩は砕け、空気は破裂音を響かせる。

周囲の木々は衝撃波に耐えきれず幹ごと折れ、地平線まで土煙が奔った。


これは斬撃ではない。

――世界を一瞬だけ「破壊」へと傾ける、そんな暴威。



「……へっ♪ こっからは――俺のターンだ」


バッドレイは大剣を肩に担ぎ直し、獣のように踏み出す。

だが――


「……ん?」


視線の先。

崩れた木々と岩片に埋もれた巨影は、もう動かない。


【鉄喰の魔剛鬼】グルザード=ゼウス。

胸から肩口にかけては灼熱で焦げ落ち、

戦斧は無惨に折れ、巨鬼は最後まで柄を握ったまま絶命していた。


一撃。

ただの一撃で――全てが終わった。



「……マジかよ」


バッドレイは頭をかき、鼻の下を指で擦る。

笑い混じりの声が、逆に森の静寂を際立たせた。


「また……ちょっとやり過ぎちまったかな」



足元には、砕けた岩と倒れ伏す巨鬼の残骸。

焦げた土が硫黄のような臭いを放ち、森の空気はまだ熱を帯びて揺れている。


バッドレイ自身でさえ理解していなかった。

完成した《血戦ブラッドブースト》が、ここまで常軌を逸した力であることを。



その頃、湖畔。


「バッドレイ――ッ!!」

「どこですかァ!!」


ビズギットとニルが、傷だらけの身体で必死に駆け込んできた。

森の奥からなお轟音は響いている。しかし、先ほどまでの激烈さはなく、どこか終焉を告げる余韻に変わっていた。


「早く……!」

「間に合って……ッ!」


息を切らし、森を抜けたその瞬間――。


二人の目に飛び込んできたのは、信じがたい光景だった。


木々は、根こそぎ倒れている。

森全体が、嵐に蹂躙されたかのように荒れ果てていた。


そして、その中心で――。


絶命したグルザードの巨体の前に、バッドレイが背を向けて立っていた。

彼の身体からは、なおも異様な赤黒い霧が噴き出し、周囲の空気に血の匂いを染み込ませている。


「はぁっ……!?」


ビズギットが声を漏らす。

目の前の現実を、信じきれないように。


「……どういう、こと……?」


ニルも言葉を失う。

その瞳は、バッドレイの身体を包む異様な霧を捉え、思わず警戒の色を宿した。


もう一度、二人は周囲を見渡す。


――根こそぎ倒れた木々。

――巨大なクレーター。

――吹き飛んだ岩盤。


まるで、“森そのものが一度死んだ”かのような光景。


「……え、ちょっと待って。これ、地球破壊レベルじゃねぇ……」


ビズギットの喉が引きつり、乾いた笑いが漏れる。


「……私たちも、もし少し近くにいたら……巻き込まれてましたね」


ニルの声はかすれ、背中に冷たい汗が伝う。


バッドレイの体から吹き上がる赤黒い蒸気は、なお収まる気配を見せなかった。

熱を帯びた霧が地を這い、まるで彼自身の“血の影”が立ち上がっているように見える。


その異様な気配に――二人の心臓は、無意識に警鐘を打ち鳴らしていた。

“次はこちらへ牙を向くかもしれない”と。


だが――。


バッドレイは振り返ると、ニカッと笑って片手を振った。

その顔に、さっきまでの狂気は一片もなく、ただ無邪気な少年の笑みが浮かんでいた。


ビズギットが目を見開き、声を絞り出す。

「おまえが……?」


ニルが半信半疑に続ける。

「……倒したの、ですか……?」


バッドレイは、逆立つ銀髪を泥まみれの指で描き上げた。


「まあね〜♪ ……ちょっとだけよぉ〜♪」


戦場の鬼神――。

まさしく、その名にふさわしい姿。


だがその鬼神は、何事もなかったかのように、ただの少年へと戻っていた。


「……あー、腹減った。なんか食いもん、持って来てェ~♪」



一瞬の沈黙。


「……は?」

ビズギットが目を丸くして叫ぶ。


「いや今そんな空気じゃねぇだろ! バカかおまえ!」


ニルも胸に手を当て、力なく息を吐いた。


「……本当に、あなたは心臓に悪い人ですね……」


二人の言葉には怒り半分、安堵半分。

まだ震える膝を隠しながらも――そのやり取りは、確かに“仲間”のそれだった。

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