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第4話 禁術と鬼神―血戦の幕開け

──王都・レオグラン城。


水晶に映し出された湖畔の光景を、老臣たちは息を呑んで見つめていた。


黒羽が舞い、崩れた大地の中央に――二人の少女が、まだ立っている。

蒼い瞳は光を失わず、雷に濡れた拳はなお震えている。


「……ば、馬鹿な……!」

「三大将軍の二人を……倒したというのか……?」


震える声が連鎖のように広間へ広がっていく。

膝を震わせる者、椅子に崩れ落ちる者、額に手を当てて首を振る者――。


「あり得ぬ……あり得ぬぞ……!」

「神話に名を刻んだ怪物どもだ……それを子供が……!」


広間はざわめきに包まれた。

驚愕と畏怖と、わずかな歓喜。

「まだ国は救えるかもしれぬ」という希望が、信じられぬものを見た狂気のようなざわめきと入り混じる。


だが、ゼギンアスだけは口を開かなかった。


蒼い瞳の横顔を映す水晶を見据えながら、深い皺の奥で眼差しを曇らせる。

(……問題は、これからだ)


彼の脳裏をよぎるのは、あの少女――ニルが密かに託した“もう一つの依頼”。


――《永久時封》を使える魔導士を探し出し、蒼鏡湖へ連れて来ること。


その術名を聞くだけで背筋が凍る。

死者の「時」を止める魔法。

王都の中でも習得できる者は片手に満たず、しかもその者は――人生すべてを代償に費やさねばならない。

だからこそ、王国史においても数度しか記録されていない“禁術中の禁術”だった。


しかも、なぜそれを必要とするのか――その答えは、ひとつしかない。


「……誰かが、死ぬ」


低く吐き出した声は、広間の喧騒にかき消された。

杖を握る手は小刻みに震えている。


老臣たちが信じられぬ勝利に口々を上げる中、

広間でただ一人、勝利に浮かぬ影を落としていたのはゼギンアス。


彼の眼差しだけが――既に戦場を越えた、もっと深い不吉な未来を見据えていた。




蒼鏡湖、奥の森の中。


木々はなぎ倒され、巨石は砕け、大地は深く抉られていた。

まるで巨大な獣が暴れ回った後のようだ。


その中心で――。


バッドレイと【鉄喰の魔剛鬼】グルザード=ゼウスが、血に濡れた姿で向かい合っていた。

周囲には、彼らの激戦の痕跡が刻まれている。


「グルザードァァァ!! 強ェ奴、壊すッ!!」


咆哮が森に轟く。その巨体からの殺意は、空気を凍らせるかのようだった。


「へっ……ちょっとだけ、マジ出さなきゃなー、こりゃ♪」


バッドレイの大剣は傷だらけ、鎧は砕け、肩から血が滴る。

だが顔には――歪んだ笑み。心底楽しそうだった。


「血ィ出るとさ……俺、もっと強くなっちゃうからねぇ〜♪」


「グルザードァァァ!! 楽しいッ!! 壊すゥ!!」


グルザードが巨大な戦斧を振りおろす。

間一髪、ぎりぎりで身体を躱すバッドレイ。


戦斧は唸りを上げて止まらず――大地を叩き割った。

激しい衝撃波が森を裂き、暴風が吹き荒れる。


グルザードの速攻は止まらない。

振り上げから横薙ぎへ、鉄塊の嵐のような連撃。


「くっ……!」


バッドレイは必死に大剣を合わせるが、衝撃が腕をしびれさせ、膝が沈む。

金属と金属がぶつかり合い、耳を裂く音が森全体を震わせる。


巨斧はあまりにも重く速い――受け止めきれず、胸を斜めに裂き、鮮血が弧を描いた。


「……ぐ、はっ……!」


地に滴る赤は瞬く間に蒸気へ変わり、熱を帯びて立ち昇る。


一瞬だけ、笑みの裏に苦悶が走る。

だが――次の瞬間には口角が吊り上がっていた。


「へへ……やっぱ、アンタ強ぇわ……!」


胸元から流れ落ちる血は止まらず、それでも彼は怯まない。

むしろ、その傷や血こそが燃料となり、赤黒い瘴気へと姿を変えていく。


蒸気は肌を焦がし、筋肉を締め上げ、彼の全身を包み込みはじめた。


――《血戦ブラッドブースト》、準備始動。

その狂気の力が、いよいよ牙を研ぎ澄ましはじめていた。



グルザードが巨斧を振り下ろす。

それを斜め下から、横薙ぎで大剣をぶつける。


「おりゃあああああッ!!」


――ガキィィィィンッ!!


火花と衝撃。巨体がわずかによろめく。


バッドレイは畳みかける。一撃、二撃――

そして渾身の縦斬りで、グルザードの肩口を叩き割った。


「ぐあああああああッ!!」


血飛沫。巨体が沈みかけ――。


その瞬間。


「……ッ!! まだァァァァ!!」


グルザードは巨斧を地面に突き立て、踏みとどまった。

血に濡れた両腕を握り直し、雄叫びと共に力を籠める。


両腕の筋肉が裂けんばかりに膨張し、血管が黒蛇のように浮き上がる。


――グオォォォォォ!!


大地が呻く。

周囲の巨石が勝手に浮き上がり、砕け散った。


森の木々はざわめきをやめ、枝葉が逆流する風にむしられる。

獣たちは怯え、森の奥へ一斉に逃げ惑った。


「グルザードォォォ……!!」


咆哮。

その口からは血と共に熱気が噴き出し、赤黒い蒸気が天を焦がす。

大気は軋み、世界そのものを呑み込み、己の力に変えようとしていた。



木々はざわめきを止め、湖面の波すら凍り付いたように沈黙する。


――これで決めでやる!

森を覆う影の中心で、巨鬼は血に濡れた顔を天へと向けた。

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