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第2話 沈まぬ意志 ― 蒼き瞳と雷の咆哮

蒼鏡湖――湖畔を覆う黒刃の雨。

その地獄の空の下で、二人の少女はわずかな希望を賭けていた。


――ズババババババッ!!


空から降る、黒き滅びの矢。

大地は串刺し、さらに湖畔は針山と化し、森は軋みながら倒壊していく。


「ちぃっ……止まんねぇなッ!!」


ビズギットの両腕に雷光が奔る。

振り下ろした拳――瞬間、地を這う稲妻が奔流となって立ち上がり、

降り注ぐ黒矢を次々と爆ぜ飛ばした。


――バチバチバチバチィィィィンッ!!


空気が裂け、閃光が昼をさらに白く染め上げる。

だが、雨は止まない。

血翼はなおも広がり、無尽蔵に矢を生み出していた。


「……くそッ……際限がねぇッ!」

ビズの額を汗と血が伝い落ちる。


その背後で、ニルの蒼い瞳が冷たく光った。

蒼環結界の中――大カラスの死骸に魔糸が仕込まれていた。


「……ビズ、ドキュラの目を逸らせて。

 ――ほんの一瞬で構いません」


「ハッ……いいぜ、派手にやってやるよッ!!」


ビズギットが地を蹴った。

わずかに浮遊した身体が、稲妻の奔流を纏う。


「――《雷獣煙砲(らいじゅうえんぽう)》ッ!!!」


轟音と共に、直径数メートルの雷球が放たれる。

蒼白の稲妻が渦を巻き――その核からは、黒い煙がもうもうと吹き出していた。

雷玉は閃光と共に尾を引き、空中のドキュラめがけて、一直線に突進する。

爆炎が湖畔を揺らし、光と轟音が天地を震わせる。


だが――ドキュラは避けもしなかった。

背から展開した黒刃の膜が、前方へ滑り込み、まるで気まぐれに遊ぶかのように雷球を受け止める。


――ズガァァァァァァァァンッ!!!


炸裂。

光と轟音に続いて、濃い黒煙が爆ぜ、湖畔上空を呑み込んだ。

まるで、空一面に黒い絵具をまき散らしたように、煙幕が広がっていく。


「……笑止」

黒煙の帳の奥で、紅の瞳がぎらつく。


「その程度の雷――我が血翼に通じるものか。軽い……軽すぎる」

口元に浮かぶのは、余裕そのものの薄笑い。


「子供だましの戯れ魔法で、我を墜とせるとでも思ったか……?」



空中で黒煙に包まれるドキュラ――。

その静寂を破るように、地上から低い笑い声が響いた。


「……だよな」

血に濡れた口角を吊り上げ、拳を突き上げるビズギット。


「おまえ、やけに煙くねぇか――

 最初から、こんなモンで倒せるなんて思ってねぇんだよッ!!」


「なに……?」


その瞬間――。


黒煙の中――爆炎を切り裂き、巨大な影が突っ込んで来た。

――泥に沈んでいた“大カラスの死骸”。


折れた黒羽を軋ませ、煙幕を纏いながら迫る。

次の瞬間――顔面へ直撃。


ドキュラはよろめき、空中で姿勢を崩す。


だがすぐに体勢を立て直し、嗤った。


「こんなもので、落ちはせん!」



「……それなら、これで!」

ニルが指を鳴らす。


――パチンッ!!


「なっ!?」


カラスの死骸の魔糸がドキュラの身体に張り付き、強引に引き寄せる。

稲妻の残滓を纏い、爆煙を裂きながら――真っ直ぐに地へ叩き落とそうとした。

翼を化した蝙蝠たちも、主の身体ごと強引に引きずられ、背にしがみつく。


――ドシュゥゥゥンッ!!


巨大な影が迫り、鈍い衝撃が大地を震わせる。


「行けぇぇぇ!!」


蒼の瞳が細く光った――が。


「……フッ」

ドキュラの口元が、冷たく歪む。


「下らぬわ……」


吸魂剣が閃く。

赤刃のひと薙ぎ――。


――シャギィィィィィンッ!!


白銀の糸は霧散し、紅の瞳が二人を射抜く。

その声は氷刃のように落ちた。


「甘いわ。――血袋どもが」



次の瞬間――。


ドキュラの手から放たれた吸魂剣が、矢のように一直線で突き抜けた。

狙うは、ニル。


魔糸を操った一瞬――大カラスを放つために、蒼環結界の壁がわずかに薄くなっていた。

その一点、その綻びを――ドキュラは逃さなかった。


――シュシャァァァァッ!!


吸魂剣が結界を穿ち、蒼光が砕け散る。

ニルは咄嗟に短剣を構え、受け止めようとした。


「く……ッ!」


――ギャキィィィィィン!!


甲高い金属音。

鋼が悲鳴を上げ、短剣の刃は中央から砕け、火花を散らしながら飛び散った。


「――ッ!!」


次の瞬間、血吸刃がそのままニルの肩を穿つ。


――ズブリィィィッ!!


「ぎゃああああああッ!!!」


白い指先から短剣が滑り落ち、泥に突き刺さった。

鮮血が噴き出し、左肩を押さえるニルの顔が苦痛に歪む。


(死骸を通すために外郭を薄くした――そこを突かれた……!)

唇が震え、声にならない嗚咽が喉を詰まらせた。


吸魂剣は血を吸い上げるように震え、赤黒い光を宿しながら――やがて、音もなくドキュラの手へ戻っていった。


「フハ……脆きものよ」


冷笑。

上空の紅い瞳が、苦悶する少女を嘲る。



「――ニル!!」

雷光を纏ったビズギットが地を蹴った。


足音は爆ぜる雷鳴。

両腕から奔る蒼白の閃光が、湖畔を昼よりも明るく染め上げる。


「てめェ……ッ!!」

血走った瞳、牙を剥き出した獣の咆哮。


「誰が……誰がァァァ!! アタシの《《仲間》》を傷つけていいって言ったァァァッ!!」


――ドガァァァァァァァンッ!!!


拳が振り下ろされるたび、雷鳴が連鎖爆発を起こし、湖面を穿ち、巨木を薙ぎ倒す。

黒刃の雨を粉砕しながら、稲妻の獣がドキュラへ迫った。


「グ……フッ……!」

ドキュラは嗤う。

だが、広げた血翼が雷を受け止めたその奥で――わずかに軋む音が響く。

紅の瞳が細まり、余裕を装いながらも、その顔に初めて“疲労”の影が走った。



「ビズ……」

血に濡れた大地に倒れ込みながら、ニルは彼女を見上げた。

視界は揺れ、肩から血は止まらず、意識が遠のいていく。


けれど――耳に残るのは、あの言葉。

『仲間』という叫び。


「……まだ……終わっては……いません」


震える脚に力を込め、よろめきながら立ち上がる。

泥に沈んでいた折れた短剣を拾い上げる。

刃は半ば失われ、もはや武器と呼べぬ残骸。

だが――血に濡れた掌で強く握りしめた瞬間、

その“欠けた刃”は、彼女の揺るがぬ意志そのものとなった。


ビズギットは自分のシャツを裂き、ニルの肩を荒く止血する。


「大丈夫か」

――大丈夫なはずはなかった。


それでもニルは血に濡れた唇で、微笑んだ。


「……なんの……問題も、ありません……!」


蒼い瞳がなおも揺らがぬ光を宿す。


雷光の中を進みながら、ビズギットが振り返り吠えた。


「ニルッ!! 勝手に倒れるんじゃねぇぞ――!!

 最後まで! ……最後まで、アタシの横にいてくれよ!!」


――ドオォォンッ!!!

雷鳴が爆ぜ、蒼光が閃く。


二人の叫びは共鳴し、地獄の湖畔を震わせた。

それは稲妻と糸を越えた――“魂の共鳴”だった。

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