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第2話 三対四 ――命運を賭す者たち

同時刻。

王都・レオグラン城――玉座の間。


水晶に映る湖畔の戦場を、王と家臣たちは息を詰めて見つめていた。

三人はなお立ち続けていたが、共闘も叶わず、劣勢は火を見るより明らかだった。


「……もう無理だ、退かせよ!」

老臣の叫びが、広間に鋭く響く。


王もまた拳を握り、低く呟いた。

「勇敢ではある。だが分が悪すぎる。所詮は三対三なのだが……」


「――いいえ!」

その言葉を断ち切るように、ゼギンアスが進み出た。


「この戦いは、……三対四でございます」


ざわめきが広がる。

彼は水晶の一点を鋭く指した。


シザーラの肩に止まる、漆黒の大カラス。


「……あれは、ただの使い魔ではありませぬ」

低く、しかし確信を突き立てる声。


「魔を弾き、呪を砕き、幾多の大魔導士の双眸(そうぼう)()り抜いてきた――

“魔導士殺しの黒鳥(こくちょう)”」


「な……!?」

老臣たちは一斉に顔色を変えた。

「魔導士殺し……!」「ならば、あの少女の魔法は――」


苦戦するビズギットの姿が水晶に映る。

重苦しい沈黙が広間を覆った。


王でさえ顔を曇らせる中、ただ一人。

ゼギンアスだけが揺るがぬ視線を戦場へ向け続けていた。


動揺した老臣たちが、慌てて声を張り上げた。

「ゼギンアス殿、正気か!? あの子供たちに、この国の命運を――!」


しかし、彼の瞳は一切揺らがなかった。


「任せるしかないのです」

その声音には、情すら削ぎ落とした冷徹さがあった。


「老いぼれの我らに何ができる? 臆した兵どもに何ができる?

 あれほどの怪物を前に、なお剣を構えられる者は――あの三人しかいない」


広間にざわめきが広がる。

老臣たちは顔を歪め、声を飲み込む。反論はできない。


ゼギンアスは一歩踏み出し、最後の言葉を突きつけた。

「ただ一つ確かなことは――あの者たちが退けば、この国は滅びる」


静寂。


王は長く沈黙した。

やがて苦渋を帯びた息を吐き、ゆるやかに頷く。


「……ならば、見届けよう。彼らの戦いを」


――そして、湖畔の大地は再び血の舞台へと変貌していく。

運命を賭けた戦いは、なお続いていく。



湖畔の戦場。

闇が押し寄せ、昼の光を呑み込んでいく。


それはただの霧でも、夜の帳でもなかった。

骨の軋む呻きと、胎内から洩れる泣き声が絡み合う――“生きた闇”。

視界も聴覚も塗り潰され、残るのは本能を冷やす恐怖だけだった。



湖畔の中央にはシザーラが立ち、右の闇にドキュラ、左の岩場を踏み割って進むのはグルザード。三人の悪鬼が、三方から挟み込むように迫っていた。


シザーラとドキュラが――同時に動いた。

狙いはただ一人、ニル。


ビズギットの誤爆をまともに受けた脚は重く、踏み込みが鈍っていた。


闇葬(やみそう)(とばり)――!」

シザーラが両腕を広げ、掠れた声を笑いに滲ませる。


「死んだ子供の……子守唄を聞きなァ……♪」


黒霧が地を這い、一気に渦を巻き、ニルの身体を呑み込んだ。

それは視界を奪うだけではない。魂を直接削る、死者の嘆きを孕んだ呪詛の霧。


肩から飛び立った大カラスが、ニルの頭を越え、虚空に輪を描きながら甲高く鳴く。


「カアァァ――カアカアアッ!!」


「ヒヒ……おまえの獲物だよ」

シザーラの指先がビズギットを射抜く。カラスはその方角へと身を翻した。


「仕込み杖も持たぬ魔法だけの小娘など――我がカラスの餌になるがいい」


黒帳の中。

ニルは短剣を構える。


しかし――濃すぎる闇はすべての気配を殺し、迫るのはただひとつ。

骨の髄を凍らせる、死の圧力。


「血袋――一つ目」


耳元で囁く声。

次の瞬間、闇を裂いて赤黒い閃光が奔った。


吸魂剣――その切っ先が、ニルの胸を貫かんと迫る――!



「やめろォォッ!!」


ビズギットが飛び込む――だが、その視界を覆うのは巨鳥の影。

大カラスが翼を広げ、稲妻のように(くちばし)を突き出す。瞳を抉らんと迫った。


雷撃を叩き込む。

しかし――羽毛に纏う魔法耐性が稲光を弾き、術は効かない。


「チィッ……効かねぇ……!!」


カラスが急降下――避けられない。

ニルには届かない。


その時――


「ニル、跳べッ!!」

バッドレイの怒号が、戦場の空気を震わせた。


反射的に、ニルは身を弾き、上空の闇へ跳ぶ。


直後――轟音!!


暴風が湖畔を荒れ狂わせた。

土埃と木の葉を巻き上げ、巨木が弧を描き、黒霧を切り裂きながら横薙ぎに振るわれる。


「なっ……!?」


吸魂剣が空を斬り、ドキュラの赤瞳が驚愕に揺らぐ。

影で退こうとするも――幹はあまりに長い。

鈍器のごとき衝撃が二人を薙ぎ払い、シザーラと共に吹き飛ばされた。


「ぐぬッ……!!」


暴風の中心。

大木を豪快に振り回していたのは――背に大剣を負ったバッドレイ。

全身泥まみれで、それでも白い歯をにやりと輝かせる。


「ウオリャァァァ!! ――派手に行こうぜぇッ!!」



同時。

――大カラスの嘴が、ビズギットの眼前に迫る。


「させるかああァッ!!」


ドゴォォ――ッ!!

右拳が閃き、巨鳥の頭部を弾き飛ばす。

黒血が飛沫を散らし、巨鳥は甲高い悲鳴を上げた。


「カアア……アァァ……ッ!」


だが、それでもなお羽ばたき、巨体を立て直そうとする。

嘴が眼前を裂き、頬を掠める。視界が血に滲む。

その執念に、ビズギットは歯を剥いた。


「しぶてぇな……!」


拳に蒼白い稲光が奔る。

骨の芯まで痺れる魔力が、肉体と溶け合った。


「――喰らえェッ!!」


ズガァァン――ッ!!


雷鳴と共に叩き込まれた一撃が、巨鳥の胴を貫く。

羽毛が焦げ、焦臭が立ち込め、巨体がよろめいた。


それでもなお、最後の意地のように翼を広げる。


「……これで、落ちろォッ!!」


泥を蹴り、大気を裂いて跳び上がる。

振り下ろした踵が稲光を纏い、巨鳥の脳天を叩き砕いた。


バギャアアァァ――ン!!


地が揺れ、白目を剥いた頭蓋が粉砕される。

首はねじ切れ、黒血の飛沫が雨のように散った。

巨鳥は痙攣を残し、泥に沈み――二度と羽ばたかなかった。


静寂。


その中で、ビズギットが血と雷に濡れた笑みを浮かべる。


「……魔法だけ? ざけんなよ」


拳を握りしめ、振り返りざまに叫ぶ。


「――アタシは格闘家だッ!!」



わずかに勝利を感じた刹那――


しかし。


グガァァン――ッ!!


弧を描いて振り抜かれていた大木が、突如として止まった。

ブルルルゥンッ――! 

巨幹がしなり、木の皮が爆ぜ、衝撃音は地を裂き、耳をつんざく。

土煙の奥、巨槌を肩に担う影――。


「……なにッ!?」


視界の奥に現れたのは、グルザード。

左手一本で幹を受け止め、地盤ごと両脚を沈めている。

質量も速度も、絶対的な腕力で封じ込める。

まるで大地そのものが逆らえぬかのように。


バッドレイは喉を鳴らし、一筋の汗を垂らす。

――それでも、白い歯を見せて笑った。


「ほぉ……やっぱりおもしれぇな、アンタ」



その時、突然――


「アハハハ……!」

泥に塗れた顔で、ビズギットが笑い出した。


「――相変わらずお前は、空気読めねぇな……!」


王都で耳にした“伝説の三大将軍”。

その名に押され、いつの間にか拳を小さくしていた自分に気づく。

だが――目の前で巨木をぶん回すバカが、全部吹き飛ばしてしまった。


「だよな。結局――ぶっ壊せばいい!」


鼻を鳴らし、ビズギットが横目でニルを見やる。


「あいつらが……おまえより強ぇわけ――ねぇよな」


ニルは短剣を構え直し、ツインテールをきゅっと締め上げる。

蒼き瞳が凛と輝き、微かに笑んだ。


「ええ。――あなたより強いとも思えません」


その声が重なった瞬間――戦場の空気が震えた。

雷鳴の残滓も、黒霧の残り香も、砕け散った破片も――

すべてが剣先に、拳に、心臓に収束していく。


それは刃にも魔にも勝る、「確信」。

戦場の運命すら揺さぶる、ただ一瞬の昂ぶりだった。

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