第1話 雷火と氷刃 — 絆の萌芽
──一時間後。
ボロボロの三人は、どう動いても噛み合わない。
一方、無傷の三大将軍は冷徹に隙を突き、獲物を嬲るように攻め続けていた。
「……まだ立つのかい、小娘」
シザーラの口元が歪む。
肩のカラスがギャアと鳴き、黒い閃光となってニルの足元へ急襲する。
刹那、爪とくちばしが空を裂き、踝を食い破ろうと迫った。
「足にきてるわねぇ……さぁ、沈みなさぁい♪」
同時に、魔杖の先で腐蝕の斧が形を取り、大気を裂きながら振り下ろされる。
ニルは反射的に短剣を閃かせた。
──金属音が散り、刃と斧が火花を噛む。
重い衝撃が腕を痺れさせ、膝が折れそうになる。
それでも彼女は、寸前で防ぎきった。
「チィッ……やられっぱなしでたまるかッ!!」
ビズギットが咄嗟に雷撃を放ち、ニルを庇う。
青白い稲妻が直撃するかに見えたが――シザーラは嗤い、もう一度魔杖を掲げた。
「――屍灰の雨」
天が裂け、灰色の霧が降り注ぐ。
触れた岩は音もなく砕け、草木は瞬く間に黒く枯れ果てた。
空気そのものが腐り、肌を焼くような痛みが迫る。
雷と灰がぶつかり合う。
轟音。光と闇が交錯し、天地が揺れた。
だが、雷は灰に絡め取られ、火花を散らしながら少しずつ枯れ縮んでいく。
「……嘘だろッ!?」ビズギットの額に汗が噴き出す。
最後には、稲妻は濁った灰に呑み込まれ、音もなく消滅した。
「アハハ……可愛い火花だこと」
シザーラは愉悦に歪んだ顔で、舌なめずりした。
一方、バッドレイはグルザードの突進を受け止めていた。
「おおおッ!! おめェ、強ェなッ!!」
「おうよォ……そろそろノッてきたぜェ!」
巨体と巨斧が迫る。大地が唸り、湖畔が揺れた。
しかし、バッドレイのその表情には余裕すら見える。
(お前、この程度か……いや、まだ“遊んでる”だけか?)
彼は心中で呟き、わずかに目を細めた。
──とはいえ、全体の状況は明らかに不利だった。
◇
「くそ……ッ! このままじゃ、全滅だろッ!!」
ビズギットが吠えた。
攻撃一辺倒だった彼女が、初めて恐怖を口にする。
「……今のまま、各個で動けば、負けます」
ニルの声は冷静だった。
その眼差しには、すでに全体の盤面を見通す冷徹な光がある。
「……連携しましょう。今度こそ」
「はあ? ……しゃーねぇな! じゃあ指示はおまえが出せ!」
「……了解です」
ニルが短く頷く。
「おいおい、オレは?」
「……あなたは“好きに暴れて”ください。その方が効果的です」
「よっしゃあ♪ ──それ超得意っしょ!」
◇
――湖畔の右翼にドキュラ、左翼にグルザ。そして、中央後方にはシザーラ。
バッドレイが狙いを定めた。標的は右翼――血翼の将、ドキュラ。
「おりゃあァ――ッ!!」
大剣が地を裂き、稲妻の弧を描いて振り下ろされる。
しかし。
影が揺れた。
黒き残滓が舞い散り、次の瞬間にはドキュラの姿は数メートル後方――。
二歩? いや、一歩すら霞む速さ。
「……遅いですね」
余裕の笑みを浮かべ、吸魂剣で優雅に弧を描き、左手を胸に添え、深々と一礼――。
舞台の幕開けを告げる役者のように華麗。
だが、その眼光だけは客席を見てなどいない。
射抜くのはただ一つ、目の前の“血袋”を狩るための刃だった。
「チッ……!」
バッドレイが歯噛みする。
ドキュラが後方へ――その一瞬を、ニルは見逃さなかった。
(……吸魂剣は届かない。ならば――シザーラ!)
「ビズギット――右から! 雷で霧と蝙蝠を削って!」
「任せなァッ!!」
稲妻が奔り、黒霧を裂きながら蝙蝠の群れを焼き裂く。
甲高い悲鳴が虚空に散り、闇が一瞬たじろいだ。
シザーラの指が、わずかに止まる。
その刹那。
ニルは音もなく影を駆け抜け、シザーラへと距離を詰める――。
だがその瞬間――。
「グルザァァァァ!! 壊すッ!!」
巨斧が振り下ろされ、地が裂けた。
ビズギットの足元が崩れ、空中で体勢を失う。
「なっ、やべッ――!」
斧風と雷撃の余波が絡まり、彼女は一直線に吹き飛ばされた。
「うわああああッ!!」
そのままバッドレイの方へ――。
「――よっしゃ任せろッ!」
バッドレイは謎のテンション高めに両腕を広げ、ジャンプキャッチ。
そのまま地面に仰向けに転倒、泥まみれになった。
「ぐっ……痛ぇ……けど完璧キャッチっ!」
ビズギットはバッドレイの上へ押し倒すような形になり、顔が至近距離。
驚きと困惑で目をぱちくりとさせている。
「お、おい……なにやってんだお前」
「いや~! いいタイミングだったろ!? 完全にヒーローの登場シーンだったよな、俺っ?」
バッドレイが鼻の下を伸ばしながら、《《唇を突き出す》》。
「バカかオマエはァァァ!!」
ガンッ!!
顔面に拳が炸裂し、地面にバッドレイの頭がめり込んだ。
「ぐばぁっ!!?」
泥を巻き上げて転がり、鼻血が噴き出す。
「誰が助けろって言った!! このくらい自分で立て直せんだよバカ!!」
顔を真っ赤にしながら怒鳴るビズギット。
だがその赤みには、ほんのり別の色も混ざっている。
「……つーか、お前……いまキスしようとしてただろ……!」
「し、してねぇし!? ただの呼吸だし!? 肺活量の問題で――」
「おまえはタコか!!」
「グヘァッ!?」
もう一撃の蹴りが飛び、バッドレイが岩まで吹き飛んだ。
だがその瞬間――血の匂いを孕んだ剣閃が、ビズギットの背後に迫っていた。
ほんの数秒の茶番が、戦場では“死”に直結する。
「血袋が――戯言を」
刃が迫る。
「……っ!」
ニルが即座に魔壁を展開し、剣閃を弾いた。
火花と共に霧が弾け、三人の間に圧力が押し寄せる。
「また叱られましたね。……遊んでいる暇はありません」
ニルの冷声に、二人は息を呑む。
「わ、分かった……!」
ビズギットが、顔を真っ赤にしながら呟いた。
(いま、……ちょっとヤバかったな)
彼女は今――色んな意味で、ちょっと危なかった。
「……こちらも、もう一度連携しましょう」
ニルの蒼い瞳が、敵の三将軍を鋭く射抜く。
その背筋を走る緊張感に、二人の胸が高鳴った。
「けっ……ったく、今度こそミスらねぇからなッ!!」
泥を払い、頬を赤らめながらビズギットが構え直す。
バッドレイも鼻血を拭い、無理にでも笑みを浮かべた。
だが――その刹那もなお。
ドキュラは吸魂剣を静かに構えたまま、優雅に舞踏の開幕を待つ役者のように佇んでいた。
シザーラは肩のカラスを撫で、くすりと喉を鳴らす。
グルザは巨斧を地に叩きつけ、土煙を上げて圧を刻む。
三大将軍の殺気は、欠片も衰えていない。
まるで「まだ遊戯は始まってすらいない」と告げるかのように――。




