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11.魔王カリシルペス「千年ぶりのシャバ」


 ゴゴ、ゴゴゴゴゴゴ……



 地響きがした。


 私、マホ、リアはすぐさま立ち上がり、構えを取る。


 猫殿は寝ころんだまま上体を起こし、魔王城を見て、ひげも耳もしっかり情報を得ようとしている。



 魔王城から響く地鳴りに、魔王カリシルペスの復活を悟った。


「来るぞ」

「「はい」」


 二人の返事の直後、巨大な蟻塚のような魔王城に縦に一本線が入った。


 線から赤い光が漏れる。


 土煙の中、ゆっくりと魔王城が左右に広がるように動き始める。



 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ



 そして、赤い光の中、地上に現れたのは、黒い布をはためかすように全身にまとわせた異形の者。


「魔王ォ!!」


 私は奴に切り掛かった。


 剣を構え、全力で駆け出す。


 背後ではリアの声がする。


 私の動きを補助し、剣の威力を上げる支援魔法だ。


 マホも魔法陣の発動準備を始めているだろう、すでに構築の終わっていたそれが、背後で淡く光っているのを感じる。



 影も、光も、あちこちで炸裂するその場の中で、私はまっすぐ魔王に向かった。



 魔王カリシルペスの攻撃の的になり、奴の攻撃から味方を守るのも私の役割だ。


「にゃ!」


 いつもより気合の入った猫殿の声が聞こえた。


 これで、魔王カリシルペスも状態異常にかかるだろう。


 そう、思ったのだが。


「魔王である我に、行動阻害とはな。そうさな、少しはむずっとしたぞ」

「な!」


 魔王まで目前に迫ったとき、奴は醜悪に笑ってそう言い放った。


「ぐばっ」


 私の剣は躱され、横腹に強い衝撃を受けて私は吹き飛んだ。


「ぐっ! ゲホッゴホッ!」


 すぐに地面に叩きつけられ、息がつまる。


 身を起こす間も、魔王は余裕の構えで現れた姿から少しも動いていないようだ。


 奴がまとう黒い布が、宙で風を受けてなびいている。



 黒いからだに、赤い瞳。


 人型のようである奴は、頭部に角を生やしている以外、髪も肌もなにもかもが赤黒く、気味悪く笑んで見えている歯の白さ以外は、その顔の造形もよく見えない。


 その黒さはどこまでも染まった闇のようで、生き物が持つ色彩の黒などではない。


 魔王が口を開くと、口内の赤は血を飲んだような色だ。



 生き物に、根源的な恐怖を与える者、と、一瞬、勇者乃記録にあった記述が頭を過ぎった。



 奴の体は宙に浮いていた。


 人間よりも一回り大きい体躯は、がっちりと鍛えられた男の姿のようだ。


 その色彩と、頭の角を除けば大柄な人間にも見えてしまう姿。


 奴が体中にまとう長い黒い布、その裾が宙に浮くやつの体の下にだらりと長く下がり、風に煽られては靡いている。



 そのとき、背後からリアの声がした。


「だめ! だめです! 勇者様の猫アレルギーが弾かれ(レジストされ)ています!」

「くそっ」


 その可能性を、考えなかったわけじゃない。


 偶発的か必然か、魔物に効果のあった猫殿の猫アレルギーだが、これは鑑定の目にも映らない、不可視の能力だ。


 神の祝福であるスキルではない。


 魔王に通用しない可能性ももちろんあった。



 しかし、やることは変わらない。


 私の体を優しい光が包んだ。


 鑑定に集中していたリアの代わりに、マホが回復魔法を飛ばしてくれたのだ。


 痛んでいた横腹の痛みが消える。


 それから、後方から魔法を放つ際の光が起きる。


「メキシー避けて! ”炎よ”!」

「おう!」


 マホの声に、回復した体ですぐさま飛びずさる。


 魔王カリシルペスの体を炎が包んだ。



 ゴオッと、上がった炎の威力は申し分ない。


 森の木もないこの場所で、マホの最大火力の炎魔法だろう。


「やったか!?」

「こら!」


 私が声を上げると、マホから叱責が飛んだ。


 そういえば、敵を倒したときに私が勝利の声を上げるのをマホはやたらと嫌がっていたことを思い出した。


 なんとなく、嫌な予感がするのだそうだ。



 そして、マホの嫌な予感は当たるらしい。


「ははは、これだけか?」


 現れた魔王カリシルペスは無傷だった。


 それだけではなく、あれだけ燃え盛った炎は奴の身にまとう布の一片すら焼いてはいなかった。


「くっ、そォ!」


 奥歯を噛み、私は再び奴の前に出る。


 マホが一度に打てる魔法は二つ。


 回復魔法と炎魔法を打った今、次の魔法の準備ができるまで、私が魔王カリシルペスの的にならねばならない。


「楽しませろよ、人間」


 空中で、余裕のある動きで私の剣を躱した魔王カリシルペスは、布の間から赤黒い手をふいと持ち上げると、その指先をすいと動かした。


 その指が指す先は、後方の二人がいる位置だ。


「何を!?」


 私が驚きの声を上げた瞬間。


「きゃあ、あああああああああああ!」


 リアの悲鳴が上がった。



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