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乙女ゲームのバッドエンド世界線で、断罪された悪役令嬢が俺の遺書を拾ったら【病みルート】に突入した  作者: メソポ・たみあ


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第2話 運命から抜け出せたと思ったのに


「ここは……どこだ……?」


 全く見覚えのない天井を目の当たりにして、俺はポツリと呟く。


 背中に伝わる柔らかい感触。

 どうやら俺の身体はベッドの上に寝そべっているらしい。


 ――あの後、どうなった?

 シャルロッテは無事に屋敷から脱出できたのか?

 俺は彼女を、安全な場所まで連れ出せたのか?


 ……なにも思い出せない。

 唯一覚えているのは、消えゆく意識の中で屋敷の廊下を進んでいた――ような気がする、という曖昧な記憶。


「シャルロッテは――うぐッ!」


 俺は身体を起こそうとするが、腹部に強烈な痛みを感じ、上手く起き上がれない。


 ……そういえば、俺は腹に風穴が空いてるんだった。

 暗殺者の短剣(ダガー)が腹に刺さって背中まで抜けたんだもんな。


 身体が起こせないので、代わりに右腕を宙へと伸ばしてみる。

 けれど――ない(・・)


 肘から先の、俺の腕が、ない。

 指を動かす感覚も、指先が空気に触れる感覚も、なにもない。


 代わりに血の滲んだ包帯が、無情にもグルグルと巻かれている。


 ……ああそうだ。右腕もやられたんだ。

 俺の利き手なのにさ。


 今度は右腕の代わりに左腕を宙へと伸ばしてみる。

 右手とは違い、左手は指先の感覚までちゃんとある。

 けれど何故か、左手が俺の視界に映らない。


 あれ? と思って僅かに頭を動かすと、ようやく左手が見える。


 ……左目。

 そうか、もう見えないんだ。


 これまで見えていた左半分の視界が、完全に真っ暗。

 世界の半分が見えなくなったような気分だ。


「……」


 俺の身体、ボロボロだ……。

 こんな有様じゃ、もう元の生活なんて送れないだろうな……。


 ――っていうか、なんで俺は生きてるんだ?

 こんなに酷い怪我を負ってるってのに。

 それにシャルロッテは――


 彼女の安否を考えた矢先、ガチャリとドアが開く音が耳に入ってくる。

 その直後、


「ア……アドニスッ!!!」

「えっ、シャルロッ――うわ!?」


 誰かがガバッと抱き着いてくる。

 いや、誰か(・・)なんてわかり切ってる。


 ウェーブがかった長い金髪と、絹糸(シルク)のように白い肌、そして蒼い瞳。

 髪は彼女のトレードマークである深紅のリボンで結い上げられ、仮に人込みの中であろうと一目で誰か判別できる。

 白い肌には傷跡を覆うように所々ガーゼが貼られているが、それでも艶やかな美しさは曇らない。


 年齢は俺と同じ十七歳で、体格は小柄で華奢。

 しかしスタイルはよく、特に胸が大きいのがやり場を悩ませる。

 なのにこうして気安く抱き着いてくるのだから、少々困りものだ。


 ――シャルロッテ・グラナート。

 乙女ゲーム『黒のアネモネ』の主人公であり、俺の幼馴染。

 五体満足の元気な彼女が、目の前に現れてくれたのだ。


「アドニスうううううぅぅぅ~~~……っ! よかった、本当によかったよおおおおおぉぉぉ~~~……! 目覚めてよかったあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……ッ!!!」


 目から大粒の涙を流し、抱擁……というよりしがみ付くような強さで俺に抱き着くシャルロッテ。


 痛い。痛い痛いいたたたたた。

 こっちは腹に穴が開いてるんだぞ、勘弁してくれ……。


「シャ、シャルロッテも無事か……? どこか怪我とかしてないか……?」

「うんっ、私は全然平気……! それよりアドニス! あなたは自分の心配をしてよ!」


 涙ながらに喜んだかと思うと、今度は怒った様子で声を張り上げるシャルロッテ。

 この表情がコロコロ変わるところも相変わらずだな。


「あなた本当に酷い怪我で……! め、目と腕も……っ」

「……俺はいいんだ。キミが生きていてくれるなら」


 ――そう、シャルロッテが生きている(・・・・・)


 もしゲームと同じ〝断罪ルート〟なら、俺もシャルロッテもあの燃え盛る屋敷の中で死んでいたはず。


 しかし現に、こうして俺も彼女も生存している。

 これはつまり――運命(・・)が変わったということだ。


〝断罪ルート〟は完全なるバッドエンド。

 当然、後日談など用意されていない。

 実はシャルロッテたちが生きていたなどという救いは、少なくともゲーム中にはなかった。


 ……俺が右腕と左目を失い、腹に風穴を空けてまで抗ったのは、決して無駄じゃなかったんだな。

 なら、安いモンだ。


「ア、アドニス? なにかしてほしいことある? お腹とか空いてる?」

「え? い、いや……」

「なんでも言って? アドニスが望むなら、私なんでもするよ? どんなことでもやるから、だから遠慮なく言ってね?」

「いやあの、特にしてほしいこととかない、かな……?」

「――あっ、そ、そうだよね。私が傍にいたら邪魔だよねっ……私のせいで、アドニスがこんなことになっちゃったんだもんね……」

「ん? シャルロッテ、なにを言っ」

「私のせいだよね……私のせいだよね私のせいだよね私のせいだよね私のせいだよね私のせいだよね私のせいだよねっ……! 私のせいでアドニスの身体がこんなことになっちゃったんだッ……! 私のせいで、私なんか……もう私なんかが幼馴染面する資格なんてないよね迷惑だよね邪魔だよねいない方がいいよね。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんごめんごめんごめんごめんごめんごめんっ……!!!」

「待て! ちょ、ちょっと落ち着けシャルロッテ!」


 唐突に表情が曇り、おかしくなり始めるシャルロッテを俺はどうにか制止。


 な、なんだ?

 本当にどうしたんだ……?

 シャルロッテって、こんなネガティブ思考な性格だったっけ……?


 以前の彼女は、もっと明るくて快活でハキハキしたポジティブ思考なタイプだったはずなんだが……?


「俺はシャルロッテを邪魔だなんて思ってないから……」

「本当……?」

「当たり前だ」

「本当? 本当に本当に本当に本当?」

「ほ、本当だって……」


 ……いかん、何故かわからんが追い詰められているみたいな気分になってきた。

 とにかく俺は話題を変えようと思い、部屋の中を見回す。


「それにしても、この場所はいったい……」

「ここは、私が郊外に所有している隠れ家(・・・)でございます」


 俺がふと疑問を口にすると、シャルロッテではない別の声が答えてくれる。


 その声に誘われ、さっきシャルロッテが入ってきた方のドアへ視線を向けると――そこにはやや年長の女性使用人(メイド)が立っていた。


 年齢はおそらく三十代半ば。

 しかしキリッとした厳しい目つきはどこか生気と若さを感じさせ、しゃんとした立ち姿も如何にも年長を思わせる。


 この女性も俺は知っている。

 シャルロッテの専属使用人を務めているベテランメイド、ハンナ・ホプキンス。

 俺はハンナさんと呼んでいる。


『黒のアネモネ』でも最初から登場し、お転婆なシャルロッテのお世話をあれこれと焼いてくれる、頼りになる女性。


 熟年メイドらしく厳しいところはあるが、それも全てシャルロッテを大事に思う愛情深さ故。


 シャルロッテの幼馴染である俺のこともなにかと気遣ってくれ、時には「シャルロッテお嬢様をよろしくお願い致します」なんて頼んできたりもする。

 お互いシャルロッテを大事に想う者同士、俺も彼女のことは信頼している。


「ハンナさん……」

「貴族というのは、得てして身の危険と隣り合うお立場ですから。いつでも主を危機から遠ざけられるよう、こういう場所は用意しておくものです」


 ハンナさんは「それより」と話を変え、


「シャルロッテお嬢様……魔法で応急治療を施したとはいえ、アドニス様はまだ重体なのですよ?」

「え? あっ、そ、そうだったわ!」


 俺の身体がボロボロであることを思い出したらしく、急いで俺から離れるシャルロッテ。


「アドニス、寝汗かいたでしょ? 私、お湯とタオル持ってくるから!」


 そう言い残し、彼女はタッタッタッと小走りで部屋を後にする。

 相変わらず嵐のような女性だ。


 部屋には俺とハンナさんだけが残され、数秒ほど静けさが戻って来るが――


「……ハンナさん、俺はどれくらい眠っていたんだ?」

「かれこれ五日ほど。……正直、もうお目覚めにならないのではとすら思いました」


 そうか、俺はそんなに寝ていたのか……。


 だが、こうして無事目覚めることができた。

 これもハンナさんの治療の賜物だな。


 彼女は若い頃に軍属の医者として従事していた過去を持つから、治癒魔法に関しても心得がある。


 もしシャルロッテの使用人(メイド)が彼女でなければ……俺はまず助からなかっただろうな。


 ハンナさん深々と頭を下げ、


「まずは、心からのお礼を述べさせてくださいませ。シャルロッテお嬢様をお助け頂き本当に、誠にありがとうございます……」

「い、いやそんな。俺は当たり前のことをしただけだよ」

「……片腕と片目を失い、大怪我を負ってまで成すことの、どこが当たり前ですか。アドニス様はシャルロッテお嬢様の命の恩人でございます。本当に――本当にありがとうございます」


 深々と頭を下げたまま、一向に上げようとしないハンナさん。

 それだけでも彼女の誠心誠意の感謝が伝わってくる。


 だけど、な、なんだかこうして改めてお礼を言われるとむず痒くなってくるな……。


 俺は「ところで」と話題を変え、


「俺はどうしてここに? 結局あの後どうなった? シャルロッテを狙った奴らは――」

「お待ちを。順を追ってお話させて頂きますから」


 ハンナさんはようやく頭を上げ、ひと呼吸ほど間を置き、


「アドニス様とシャルロッテお嬢様は、燃え落ちる屋敷の前で気を失っていらっしゃいました。私と数名の使用人で、あなた様たちをここへお運びしたのです」

「そう、だったのか……」


 俺自身に、屋敷を脱出できた記憶はない。

 燃え盛る炎の中を進んでいる途中で、意識は途切れた。


 それでも足だけは動いていたようだ。

 シャルロッテを助けたいという一念で。

 我ながら凄いことをやってのけたな。


「シャルロッテお嬢様とアドニス様は現在、消息不明ということになっております。世間的には死亡したと思われているでしょうね」

「……」

「この隠れ家のことを知っている者はごく僅かですから、しばらくの間は安全かと。ですが――」

「見つかれば、またいつ追手を差し向けられるかわからない……か」

「……はい」


 ……シャルロッテを狙った奴は、もし彼女が生きていると知れば、必ずや再び暗殺者を送り込んでくるだろう。


 もしかすると、今こうしている瞬間にもシャルロッテのことを探し回っているかもしれない。

 とても安心できる状況じゃないってワケか……。


 俺が現状を把握し、色々と考えていると、


「それから……その……」


 なにやら言いづらそうに、ハンナさんは言葉を詰まらせる。


「? なんだ、遠慮なく言ってくれ」

「……今からお話することはシャルロッテ様にはまだお話しておりませんから、どうかご内密にして頂けますと……」


 彼女の曇った表情を見て、俺はなんだか嫌な予感がする。

 心の底に灯る恐怖を必死に隠し、俺は「わかった」と短く答える。


「非常に心苦しく、お伝えし難いことなのですが……アドニス様は〝毒〟に侵されております」

「――〝毒〟、だって?」


 その一言を聞いて、俺はふと思い出す。

 暗殺者の最後の一人が放った吹き矢(・・・)――それが俺の肩に刺さったことを。


「はい。どうやら異国の暗殺者が使うとても珍しい毒のようでして……解毒剤も解毒魔法も試したのですが……」

「げ、解毒できない、っていうのか?」

「……」


 沈黙で答えるハンナさん。

 聞かされた事実に、俺は呆然とする。


「……私の魔法や技術では、毒が回るのを遅らせるのが精一杯でした」

「そん……な……」

「アドニス様が毒に負けず、こうしてお目覚めになられたのはまさに奇跡です。ですがその奇跡も、いつまで持つか……」


 告げられた現実を率直に受け入れることができず、俺は言葉が出ない。


 ――こうして生き残れたっていうのに、結局は死ぬってのか?

 シャルロッテを助け出して、一緒に〝断罪ルート〟の運命から抜け出せたと思ったのに?


 なん――だよ――それ……。

 そんなの……そんなことって、あるかよ……。


 俺は頭の中が真っ白になって、


「………………俺は、あとどれくらい生きられる……?」

「わかりません。一ヵ月ほどかもしれませんし、一週間ほどかもしれません。あるいは……明日にも毒が命を奪うやも」

「……ハ、ハハ」


 もう、乾いた笑いしか出ない。


 この後、シャルロッテが温かいお湯とタオルを持って俺の下へと戻ってくる。



 ――この日の夜から、俺は〝遺書〟を書き始めた。


もし少しでも「面白い」「続きが気になる」と思って頂けましたら、何卒ブックマークと★★★★★評価をよろしくお願い致します!<(_ _)>

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