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元魔女は村人の少女に転生する  作者: チョコカレー
6部:聖騎士血戦
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48話:最後の戦い



 古ぼけた教会。天井には所々穴が開いており、夕焼けの光が差し込んでくる。既にここは使われていない教会であり、子供達が遊び場として使うような場所であった。シャティアがコーサルに頼んだ物の一つ、十分な広さがある人気の無い場所。この時間帯なら子供達は居ないし、家具なども撤去されている為十分広い。シャティアは教会の台座の上に座りながら静かに息を吐いた。


「久しぶりに……嫌な夢を見てしまったな」


 自分の額に手を当てながらシャティアは辛そうにそう言った。つい先程の事、シャティアは魔女との戦闘で思った以上の負傷を追ってしまい、疲労から気絶してしまったのだ。その際に懐かしい夢を見て憂鬱になってしまったのだ。もしも彼女が、冗談ばかり言う彼女があの時言った言葉だけ本当だったとしたら……シャティアはそう考え、嫌な事を考えてしまうように頭を振った。


「シャティファール」

「……エメラルドか。傷はもう良いのか?」

「はい、一応」


 ふと声を掛けられ、顔を上げるとエメラルドが立っていた。包帯だらけの姿は出会ったばかりの頃を思い出し、酷く弱々しく見えた。歩き方もどこか違和感があり、まだ完全には傷が治っていないのかも知れない。シャティアは心配に思いながらも何も言わず、エメラルドが自分の傍まで寄って来るのを待った。


「あの、私が怪物と戦っていた時、僅かながらに感じたんですが……ひょっとしてシャティファールが戦っていたのって……」

「ああ、魔女だ」


 不安そうに胸元で手を合わせながらエメラルドが尋ねると、シャティアは何ら躊躇なく答えて見せた。真実を知ってエメラルドは目を見開いて固まり、しばらく何も喋れなくなる。シャティアは台座から降りながら気を紛らわせるように髪を掻いた。


「誰なのかもほぼ確定している。まぁブラフかもしれんから幾つか確かめるがな……その為にもまずは怪物の方を始末しないとならん」


 まだ呆然としていて頭が追い付かないエメラルドの事は気にせずシャティアは話を進める。既にどの魔女なのか分かっていたが、敢えてそれをエメラルドに教えようとはしなかった。


「やっぱり、前の私みたいに人間に復讐しようと……」

「いや違う。奴の目的は最初から決まっていたんだ……あの時から、あいつはそうするつもりだったんだろう」

「え……?」


 シャティアは先程夢の中で見たあの魔女の言葉を思い出しながらそう言う。

 あの時彼女はまるで人間全てを滅ぼすかのような口振りだった。冗談好きの彼女の事だからシャティアはてっきりそれも冗談だと思っていたのだが、もしも本当だったのならば彼女はずっと計画し、そして機会を伺っていたという事になる。


「そもそも何故魔女が滅ぼされたと思う?エメラルド」

「そ……それは、勇者の手によって……」

「そうだな、その通りだ。だが幾つか違和感がある。どうして隠れ住んでいた魔女の居場所が分かったのか?そもそも魔女の中には殺す事が不可能な存在だって居たはずだ」

「……あっ」


 シャティアの言った言葉にエメラルドは何かに気が付いたようにハッとした表情をした。


「【不死の魔女】ヴェスタリス……ですか?」


 指先を震わせながら発したエメラルドの言葉にシャティアはコクリと頷いた。

 不死の魔女ヴェスタリス。その名の通り不死の力を司る魔女の中でも異質な存在の魔女。曰く、どれだけ剣で切り裂いてもその身体は繋がり直し、どれだけの大砲で身体に穴を開けても塞がってしまうらしい。ただでさえ長寿な魔女が不死の力を持っている事から特に恐れられていた存在である。


「そうだ。いくら勇者とて不死のヴェスタリスを倒せる訳が無い……以前その事を彼に尋ねてみたんだがな……」


 不死の力はシャティアも十分理解している。故にヴェスタリスが敗れたのに違和感を覚えたのだ。その事を勇者と行動を共にしていた時尋ねたのだが、それを思い出してシャティアは思わず笑みを浮かべた。


「何でも、ヴェスタリスはたった一撃で倒されてしまったそうだ」

「……は?え、いや……どういう事ですか?」


 シャティアから告げられた言葉にエメラルドは再度硬直し、壊れた機械のようにガクガクとした動きで首を傾げた。


「弱っていたと表現した方が良いのかね。まるで勇者に倒される為に用意したかのように……」

「じゃ、じゃぁヴェスタリスが今回の事件の……?」

「さぁてな。それを今から確かめる。彼女が今どんな状態なのかも確認しなければならん」


 そう言ってシャティアはふと穴だらけの天井を見上げる。陽は大分傾き、あと少しで夜になるだろう。ならば頃合いだ、とシャティアは口元に指を当てた。


「時間だ。お前は下がっていた方が良いぞ。エメラルド」


 意味深な言葉を残してシャティアは教会の中心位置の方まで歩いて行く。彼女の行動理由が分からないエメラルドはただそれを眺めていただけだが、やがて違和感を感じ取った。禍々しい何か。それはエメラルド自身もよく感じた感覚だった。


「…………ハァァァァァ」


 現れたのは漆黒に包まれた怪物だった。どす黒い息と共に鋭い瞳を光らせ、その怪物は空きっぱなしの扉から教会内へと踏み込んでくる。そしてシャティアとエメラルドの存在を認識すると牙を剥き出した。


「貴様か……忌々しい気を垂れ流しにしていたのは」

「出向いてくれて感謝する、怪物よ。どうやら私が街に撒いた餌はお気に召してくれたらしい」


 怪物が低い唸り声を上げながらそう言うとシャティアはわざとらしくお辞儀をしながら答えた。

 朝方、シャティアは街中を回って自身の魔力を撒いていた。魔力と言っても直接魔素として抽出された物を設置しただけの為、それが人体に影響を与える事は無い。ただし魔力を感じれる者ならばその匂いは分かる。ましてや魔女であるシャティアの魔素ならばすぐに分かるであろう。


「どうもお前は悪者、力のある者ばかりを付け狙うようだからな。我の事も強者として見てくれたか?」

「強者だと?そんなものでは無い、貴様は逸脱者だ! 枠を超えた者……貴様のような存在は即刻潰さなければならない!!」


 ダンと地面を蹴りながら怪物は雄たけびを上げてそう言い切る。シャティアを完全に敵として見なした態度。更には彼女の本質まで見抜いていた。魔女の中でも強大な力を持ったシャティアの力を本能で感じ取ったのだ。


「ならばお前はどうだ?お前は自分が何者で、どのようにして生まれたのか知っているか?」


 腕を広げながら言い切ったシャティアの疑問に怪物は押し黙った。荒々しかった気配が収まり、急に静かになって上げかけていた腕を下ろす。


「それは……俺自身も探している。故に本能に従いながら生きているのだ」

「ではその本能が操られたものだとしたらどうする?お前がそうして生きるように仕組まれた物だとしたら……どうする?」

「……なんだと?」


 突然のシャティアの問いかけに怪物は動揺したように肩を揺らした。シャティアが提示した仮説。それは怪物の存在自体が作られた物だと言う突飛した内容であった。トンと足を鳴らして彼女は説明を始める。


「この世には呪いと言う物が存在する」


 ピンと人差し指を立て、シャティアはそう言った。その指を見ると何故か怪物も攻撃しようとする気は失せ、殺気を収めてシャティアの話を聞いた。


「呪いにも様々な種類があってな、エメラルドの様に他者に影響を及ぼす物や、身体を蝕む病気のような物もある」


 チラリと横目でエメラルドの方に視線を向けながらシャティアは言葉を続けた。自分の事を言われたエメラルドは少しバツが悪そうに自分の目元に指を置く。


「中でも恐ろしいのが【死神の呪い】と呼ばれる物だ。掛けられた者は普通の死を迎えられず、異形の姿と化してしまうそうだ」

「……その呪いが一体何だと言うのだ?」

「単刀直入に言ってしまおう。お前は呪いによって姿を変えられた誰かだ」


 怪物が一瞬完全に硬直する。自身の正体を告げられて動揺したのだ。それが衝撃なのか悲しみなのかは分からないが、自分の正体を知ってしまった恐怖のような物を怪物は感じた。何故かは分からない。ただ恐れだけが身を包み込んでゆく。


「……そんな馬鹿な」

「事実だ。お前は死神の呪いを掛けられてその姿となった。記憶も自分自身の事も忘れてな……そして破壊を繰り返すだけの怪物となり果てた。ある魔女が自分の優位に物事が運ぶように、そう仕組んだのだ」


 怪物は事実を否定するように顔に手を置いて首を振った。しかしシャティアは更に言葉を続けて怪物に真実をぶつけ続ける。怪物が弱々しく一歩後ろに退いた。


「シャティファール……ではやはり敵の魔女は……」


 怪物が呪いで姿を変えられた者だと分かり、後ろに下がっていたエメラルドがシャティアに近寄った。だがその時、突如教会全体が揺れ始めた天井の隙間から黒い靄のような物が入り込み、そして拡散するように霧状に広がった。


「来たか……!」


 シャティアが予想よりも早かった相手の動きにうっとおしさを覚えるように軽く舌打ちし、地面を蹴る。自分に向かって来る霧は避けれたが、怪物、エメラルドに向かって行った霧を防ぐ暇は無かった。霧は床に砕き、そこら一体を破壊する。衝撃波で怪物は吹き飛ばされ、エメラルドも壁際まで飛ばされてしまった。

 空中で一回転し、地面に突き刺さった大きな瓦礫に飛び移ってシャティアは状況を確認した。相変わらず天井からは黒い霧が溢れ出て来ている。怪物は瓦礫の何処かに埋まっているようだが、エメラルドの無事は確認出来た。


「エメラルド! コーサルの奴から必要な物を受け取っているだろう?奴の呪いを解いてやれ!」

「えっ……あ、はいっ……!」


 大声を上げながらシャティアは戸惑っているエメラルドに指示を飛ばす。

 コーサルに頼んだもう一つの事。それは怪物が呪われた者だと確信を得た際、その呪いを解く為の素材となる材料を集める事だった。既にその材料を集め終え、この教会の裏に用意してある。後は呪いを解いてあげるだけであった。しかし、そうはさせまいと大量の黒い霧が渦を描くようにエメラルドに襲い掛かる。


「お前の相手は我だ……!」


 それを見てすぐさまシャティアが飛び出し、浮遊魔法で宙に浮かぶと大量の魔力を込めて衝撃波を放った。霧は吹き飛ばされるように散り散りになり、その形を失う。そして他の霧が集まると今度はシャティアに向かって行った。シャティアはよしと頷いて浮遊魔法で上昇し、空中で霧の猛攻を躱す。

 今度は霧は凝縮するように集まると尖った形状になり、それがシャティアに向かって行った。飛んでいる先は天井。逃げ場は無い。しかしシャティアはスピードを緩めず、すんでの所で横に移動すると霧を天井に直撃させた。轟音と共に天井が崩れ落ち、黒い霧も形を失って辺りに散って行く。


「乱暴な奴だな。そんなにも我を倒したいか?反抗期の娘ばかりで悲しいぞ」


 煙の中から飛び出し、トンと軽い音を立ててシャティアは教会の屋根へと着地する。夕暮れが銀髪の少女を照らし、辺りには黒い霧が舞っていた。


「決着を付けてやる。お前は我が撒いた種だ。我が摘む」


 宙に舞っている黒い霧を見上げながらシャティアはそう言い切る。その瞬間黒い霧が一斉に動き出し、それぞれが形を変えた。荊のような物。槍のような形をした物。巨大な腕のような姿をした物。いずれも黒で塗りつぶされ、霧のように蠢いている。それが一斉にシャティアへと襲い掛かったが、シャティアは浮遊魔法で真上へ飛ぶ事で華麗に回避した。


「形が無ければ捕まえられないと思っているか?……甘い!」


 空中を舞いながらシャティアは魔法を唱え、自身の手に魔力の鎖を生成する。そしてそれを放つと鎖は無数に分裂し、一点に集まっていた黒い霧を拘束した。だが霧はその性質を活かして靄となって逃れようとする。だが、どういう訳か脱出は出来なかった。よく見ると魔力の鎖は光っており、鎖からは魔力の糸が流れ出ていた。シャティアは魔力を直接流し込む事によって黒い霧を捕まえたのだ。

 そしてシャティアは鎖を思い切り引っ張るとそのまま拘束していた黒い霧を振り上げ、上空で一回転させると屋根に叩きつけた。ゴゥンと鈍い音が鳴り響いて霧はザワザワと蠢き、そこから黒い霧に塗りつぶされた人影が転げ出た。


「出てこいお転婆娘。尻を思い切り叩いてやる」

「ぐがッ……!!」


 霧の少女は身体から黒い霧を溢れ出しながら再び姿を隠そうとする。しかしシャティアはすぐに魔力の衝撃波を飛ばして霧を吹き飛ばした。

 形成は明らかにシャティアの方へと傾いている。霧の少女は黒く塗りつぶされたその表情を歪め、小さく舌打ちした。





「早く、此処に立っててください……! 今呪いを解きますから」

「ぐっ……」


 一方教会の中では倒れていた怪物を引きずってエメラルドが呪いを解く準備をしていた。怪物は黒い霧の攻撃で負傷はしたものの、まだ意識はある為問題は無い。後は必要な準備を澄まして儀式を始めるだけであった。

 呪いを解くのは存外難しくは無い。ただ厳しいのが大量の魔力が必要と言うだけで、そこが通常の人が出来ず呪いを解くのが困難と言われる理由であった。だが魔女であるエメラルドならばその問題は無い。用意してあった袋から宝石を取り出し、床に魔法陣を描き始める。


「な、何故俺を助けるのだ……俺は……」

「そんなの私が知る訳ありませんよ。私はシャティファールに言われたから貴方の呪いを解くんです」


 怪物の疑問にエメラルドは焦りを覚えながらも丁寧に答える。その手は必死に魔法陣を描く為に動いており、すぐに魔法陣は完成した。後は必要な箇所に宝石を置き、儀式を発動させるだけである。エメラルドは額から流れる汗を片手で拭い、怪物の方に視線を向ける。


「貴方が誰なのかは知りません……だけど、お願いです……敵の魔女は一度シャティファールを倒した程強い……だからあの人を助けてあげてください……っ」


 攻撃魔法を持たないエメラルドは辛そうな表情をしながらそう助けを求めた。怪物は戸惑ったように瞳を揺らし、ふと剥き出しの天井を見上げた。大量の黒い霧が舞っている。それは光を隠すかのように広く漂っていた。


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