第五話「クレイ」
クレイ「しゃ、しゃべったぁぁぁぁ!!!」
地盤深く窪んだクレーターの中心で、クレイの絶叫が木霊する。
――原住民さん、こんにちわぁ。私は繁縷と申しますぅ――
クレイの手の中の光玉が、繁縷と名乗る声に合わせてゆっくりと明滅する。
クレイ「は、はわわ・・・はっ!原住民じゃないわよ!わ、私はクレイよ!というか、あなた喋れるの!?」
脳内に響く不思議な声に戸惑いながらも、上ずった声でクレイが尋ねる。
――はい、喋れますよぉ。クレイさんですかぁ。確かに、原住民さんでは無いですねぇ。私は、繁縷と申しますぅ――
クレイの眼前30cm。
クレイは、繁縷と名乗る明滅する光の玉を神妙な面持ちで見つめた。
そして、僅かに間をおいて。
クレイ「はぁ~、喋れるなら食べられないわね。」
クレイは、大きく溜め息をついて光の玉を手から離した。
――おそろしいことを言いますねぇ。私は、喋らなかったら食べられていたのでしょうかぁ――
クレイの手から離れた光の玉がふわふわと浮かび、クレイの周りをくるくると回る。
クレイ「もちろん、美味しかったら食料よ!でも、美味しく無かったら一口齧ってポイね!」
――えぇ・・・そのぉ、ご飯いりますぅ?――
繁縷の呆れるような憐れむような声が、クレイの脳に響く。
クレイ「ご飯くれるの!?繁縷、あなた、いい人ね!!」
繁縷の感情など意に介さず、クレイは、元気よくご飯の話題に喰いついた。
――それでは、ご飯を出すので少し目を瞑って下さいねぇ。決して目を開けてはダメですよぉ――
クレイが目を瞑るのと同時に、光玉が明るく輝き世界を白く包んだ。
そして、光が収まった後。
――はい、ご飯ですよぉ。クレイさん、目を開けてください~――
繁縷の声に、クレイがゆっくりと目を開け・・・そして、半目した。
クレイ「何これ。」
短く折った四角い木片のような物・・・それが、クレイの目線の高さでぷかぷかと浮遊していたのだ。
――ご飯ですよぉ――
クレイ「グール族だから消化器官には自信があるけど・・・木片はさすがに食べられないわよ。」
――木片では無いですよぉ。繁縷の手作り甘味、濃縮固形栄養剤ですぅ。僅か30gの質量の中に三日分の栄養価が含まれてますぅ――
クレイ「うーん・・・?とにかく、一応食べられるのね。今日はね、ずっと朝ご飯を探してたの。本当に助かったわ。ありがとう。」
クレイは、そう言うと目の前に浮いている木片のような物を掴み取り、懐の中へと仕舞った
――おやぁ、今食べられないのですかぁ?――
クレイ「うん、家で弟が待ってるから。家に帰って半分こ。」
繁縷を見つめて、クレイがニカッと笑う。
――なるほどぉ。弟想いのいいお姉さんなのですねぇ。家族愛は善行ですぅ。私、家族を大切にされる方は大好きですよぉ。ではでは、もう一本差し上げますねぇ――
繁縷がそう言うと、クレイの眼前に短く折った木片のような物が出現した。
クレイ「あれ、今回は光らないの?」
再び出現した木片のような物を掴み取り、クレイが不思議そうな顔で繁縷に尋ねる。
――ああ、忘れていましたぁ。実は、光らせるのは演出だったのですぅ。――
クレイ「ふーん。繁縷、あなたって、本当に不思議。それで、とてもいい人。弟の分までありがとうね。ところで、繁縷はこんな所で何してるの?」
二本目の木片のような物を懐に仕舞い、クレイが繁縷に問いかける。
――実は、タマゴを探してるんですぅ。ここら辺に落ちているはずなんですぅ。タマゴ知りませんかぁ?――
クレイ「ううん、知らない。」
繁縷の質問に対して、クレイは嘘で答えた。
クレイ(あれ、どうして知っているのに知らないって言ったんだろう。ま、いいや。そういえば、私は何をしていたんだっけ。そうだ、村長の所の帰り道だったのだ。まったく、どうして誰も肉欲について教えてくれないのだろう。そうだ、目の前のこの子に聞いてみよう。)
クレイ「ねぇ、肉欲って知ってる?今日ね。アルゴールの集落中を回ったのに、大人は誰も教えてくれないの。」
――急にどうしたんですかぁ?しかし、おませさんですねぇ。肉欲・・・ですかぁ。知っていると言えば知っていますし、知らないと言えば知らないです。――
クレイ「あなたも教えてくれないの!?あなた、意地悪ね!!」
――クレイさん、肉欲とは罪なのです。あなたが肉欲を本当に理解した時、あなたは罪を犯したことになるのです。ですから、私はあなたに肉欲をお教えすることが出来ないのです――
繁縷の間延びした声が明瞭とした声へと変わり、親が子供を諭すようにして、繁縷がクレイに語り掛ける。
クレイ「変なの。でも、私のためなのね。私、そのことは理解できたわ。」
空中をふわふわと浮かぶ繁縷を、クレイの澄んだ瞳が見つめる。
クレイ「じゃ、私帰るから!バイバイ!!」
そして、クレイは、クレーターの底を猛スピードで駆け上がり、そのまま砂漠の向こうへと走り去った。
――あぁ、行ってしまわれましたかぁ。またお会いしましょうねぇ――
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クレイとウゥの寝室にて。
クレイ「ただいま~。ウゥ、今帰ったよぉ~。」
しかし、クレイの言葉に返答は無い。
クレイ「あれ、ウゥが居ない。」
そして、クレイの足元。
寝室の入り口には、無数のタマゴの欠片が散らばっていた。




