第三話「繁縷(はこべら)」
空に青い惑星と月を讃えた二つ目の月の中空。
そこには、数刻前に存在した異常気象・・・ブラックホールの痕跡など、どこからも感じることができない。
だが・・・。
青い惑星と月を映していたはずの空が突如として歪み、何もない空間から手が、頭が、翼が・・・無数の光玉を纏った1人の少女が出現した。
オメガ・桜「ぷはぁ。やっぱシャバの空気はうまいわぁ。」
――オメガ様ぁ、月面は真空ですよぉ――
オメガ・桜「うっさいわねぇ。こういうのは雰囲気なのよ。ふ・ん・い・き!」
――はぁい、分かりましたぁ――
オメガ・桜「よし、聞き分けが良くてよろしい☆彡」
緩やかな月の引力に引かれて、少女のスラリとした足がゆっくりと優雅に月面へと降り立つ。
――ありがとうございましたぁ。おかげ様で、無事脱出することができましたぁ――
少女の服にくっついていた無数の光玉がふわりと少女から離れ、ダンスを踊るようにして少女の周りでくるくると回る。
オメガ・桜「ふっ、私にかかればブラックホールからの脱出なんて朝飯前よ☆(ゝω・)v」
なお、この少女は、月面空間に出るまでに幾度とない失敗を繰り返している。
オメガ・桜「さて・・・と、やっぱり神意教典は使えないか。天使・繁縷、分かる範囲でいいから状況を説明して。」
――4度目となる摂理の大転換は滞りなく終了――
――神意教典第3版は破棄されました。新たな神意教典を管理下に置くには、私たちの生命を再起動する必要があります――
オメガ・桜「生命の再起動は却下。魔王がタマゴである内に追撃をかけて捕獲することを優先させましょう。天使・繁縷、魔術による索敵をお願い。」
――視力強化――
――遠隔透視――
――パルスレーダー――
――生命探知――
――魔力解析――
少女の周りに浮遊する無数の光玉が淡く光り、それぞれに別々の言葉を発する。
――第七区画から魔王ルルドの魔力残滓を確認。魔王ルルドは、第七区画に潜伏していると思われます――
オメガ・桜「ありがとう、天使・繁縷。それじゃ、後は現地で捜索しますか。繁縷、どちらが魔王を先に見つけるか競争しましょ☆彡」
少女はそう言うと、すぐさま背中に生えた白い翼をはためかせて、月面上空に浮かぶ青い惑星へと飛び立って行った。
――お、オメガ様ぁ、それ、フライングですぅ。ずるい、ずるいですよぉ――
月面に取り残された無数の光玉が抗議の声を上げるが、少女は既に大気圏内に突入しており断熱圧縮による赤い炎を上げ始めている。
――はぁ――
無数の光玉は、存在しない呼吸器から一つ溜め息をつくと、その体を淡く光らせて青い惑星へと飛び立った。
――オメガ様ぁ、わたし、負けないですからねぇ――
天使・繁縷、全速前進である。
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コンコン コンコン
土気色をしたシーツを敷いたベッドの上、その中央でペタンと座り込んだウゥがタマゴを叩く。
コンコン コンコン
ウゥのタマゴを叩くリズムに合わせ、魔王ルルドが殻の内側を叩いて応える。
ウゥ「おはよう、コンコン。朝だよ。朝が来たんだよ。」
ルルド(コンコン・・・?ま、いいか・・・。ここは、とても居心地がいい・・・。)
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クレイ「ごっはーん♪ごっはーん♪あっさごはーん♪」
どこまでも続く砂漠の上、朝ご飯を求めてクレイが歩く。
くんくん くんくん
クレイ「うーん。しないなぁ、腐敗臭・・・。」
腐敗耐性の高いグール族であるクレイにとって、腐った死骸は安全で清潔な食料に他ならないのだ。
くんくん くんくん
クレイ「む?何か、いい匂い。花のような、蜜のような・・・。」
そして、クレイは、その匂いに導かれるように歩みを進め、昨日タマゴを拾ったクレーターの外周へと辿り着いた。
クレイ「何あれ。白くて丸っこいものが、たくさん飛んでる。」
クレーターの内部、昨日タマゴの落ちていた最深部を中心として、手の平ほどの大きさの球体が、淡い光を発しながらクレーターの中をふわふわと飛び回っているのだ。
ぐぅ~
クレイの胃袋が、空腹を訴える。
時刻は既に昼前。
ふわふわと飛び回る白い球体を見つめながら、クレイは自分のお腹に手を当てた。
クレイ「よし・・・!とりあえず、一口齧って味見をしてみよう!」
食べられるか食べられないかは、齧ってみなければ分からないのだ。




