第78話・筋肉お化けと筋肉好き
今日こそは魔王戦と言ったな
……あれはウソだ
すみません。前座が長くなりすぎました。
先行する皆を追いながら無人の魔王城の最上階を目指す。
何故、無人かと言うと前回の時に城内は攻略済みだからだ。
魔人の非戦闘員は、すで避難している為、魔王とラースのみが魔王城にいる状況だ。
勿論、魔人の騎士達もいない。
迷宮とまでは言わないが、城内が戦場になる可能性を考慮された複雑な通路や広間で構成された階層を四・五回抜けると大きく拓いた場所へ出ると、そこは天井や壁がなく漆黒の空が広がっていた。
これもラース戦での弊害……というか、俺達を壊滅させた禁呪により床を除き全て吹き飛んでいる。
辛うじて頑強に造られかつては豪奢だっただろう椅子が部屋入り口とは正反対の方向に鎮座している。
一切の灯りがない為、俺達は用意した松明以外辺りを照らす光源はない。
俺達に限っては、数メートル先にいるレイドメンバーぐらいなら輪郭程度は分るが、玉座に座っている魔王の風体を確認する事は出来ない。
辛うじて、シルエットが何となく分る程度だ。
前回では魔王の姿を確認できなかったので今回が初対面と言える。
辺りは静まり返り隣にいる人の息遣いなどが聞こえる程だ。
玉座に座っていた魔王が立ち上がる。
シルエットしか分らないが、かなり図体が大きい。
それこそアースガント族に匹敵するぐらいだ。
ゴクリ……自然と息を呑む。
シルエットしか分らないのに何と言う威圧感だろう。
シルエットの魔王は右腕を上げ、パチンと指を鳴らすと魔王の位置から入り口へ向かって城と城外の境界線辺りに紫色の炎が灯されていく。
全て灯されるとやっと魔王の姿を確認する事が出来た。
魔王の風体を一言で表すなら”筋肉お化け”だ。
あのベルフェゴールも”脂肪お化け”故の巨体による半裸だったが、こちらは筋肉故の巨体で半裸だ。
いや、半裸どころではないな。
簡単に言い表せば、ブーメランパンツのやりすぎちゃった系ボディビルダーだ。
それにプラスして髪型がジョンウンカットだからなのか、俺には変態にしか見えない。
いや、偏見だな。
それはそうと非常に暑苦しそうだ。
「ムフゥ~。 御主らがここにいると言う事は、ラースめ逝きおったな……」
と、何故か上腕二頭筋をアピールしながら言っている。
俺を含む大体のプレイヤーが唖然としている中、黄色い悲鳴が一部から揚がる。
『脳筋傭兵団』に所属する女性陣だ。
その筆頭が副団長のレジーナ=キンニクスキーで、漫画的に言えば目がハートになっている状態と言っても過言ではない。
『脳筋傭兵団』に所属する女性陣は、アイさんを含む一部を除き、筋肉”を見るのが”好きがほとんどなのだ。
「我輩こそが魔王サタンである」
と、大胸筋と上腕二頭筋をアピールするポーズ……確かサイドチェストって言ったけ……で言った。
言っている言葉は、まぁ妥当なのだが、この意味不明なアピールがこの場面を滑稽に見せている。
「サタン覚悟しろっ!!」
一人のアースガント族のプレイヤーが、芝居掛かった口調で何故か腹筋と大腿筋をアピールしながら前へ出る。
彼は『ヴォルコフ傭兵団』ではなく『脳筋傭兵団』のメンバーっぽいな。
女性陣の視線がサタンに釘付けなのが気に食わない様だ。
「御主らの様な下等人種に我輩を倒せると思っているとは、何と言う滑稽な事よ……」
「はんっ、七人いた魔王もあんたを残して皆、その下等人種に倒されているんだぜ」
「我輩を他の魔王と同列に扱って貰わんでくれぬか」
・
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サタンとレイドメンバー(特に『脳筋傭兵団』の男性陣)による言葉の応酬は、意味不明な筋肉アピールと共に続けられている。
◆◆◆
も、もうやめて。 みんなのライフはもうゼロよ!(精神的な意味で)
当事者達を除いた者は、止めに入る事も諦め、死んだ魚の目をしながら彼らのアピールタイムが終わるのを待っていた。
その中には当然俺も混ざっており、頭の中は明日の昼飯を外食にするかどうかなど非現実逃避をしている真っ最中だ。
「まだ、終わらないのかしら……」
非常にウンザリした表情でため息を付いた後、アヤカが呟いた。
俺達の目線の先は、自慢の筋肉をアピールする場所に変わっており、二十分ほど前までの言葉の応酬はすでになかった。
「あいつらは何をしに来たんだ?」
彼らの同類と勝手に思っていた『黒獅子』のレオンさんがため息交じりでぼやいた。
「なぁ、アイさんよぉ? 何とかならないのか?」
「私の言葉で止められるなら、すでに止めているわよ」
「……確かにそうだな」
「レジーナが暴走したら、満足するまで治まらないのよ……」
アイさんとレオンさんの視線は、サタンを大絶賛しながら黄色い声をあげているレジーナさんへ注がれる。
二人の会話を聞いていた俺やアヤカと後数名ほどがそれに釣られるかの様に彼らの方を見る。
「流石、サタン様ステキですっ!!」
『脳筋』男性陣の表情は、正に「ぐぬぬ」な表情をしており、そろそろ心が折れかけている様だ。
「ふむ。それではリクエストにお答えして我輩の肉体が最も美しく見えるポーズをしようではないか。 眼福せよ!!」
サタンは、若干前かがみになりながら首横の筋肉と肩それに腕の筋肉を強調させる様なポーズを取る。
名称は知らないが、ボディビルの大会で最後によく見るポーズだ。
女性陣は黄色い声の大合唱、男性陣は、全員”orz”と完全に敗北を喫した様だ。
「ヌハハハッ、下等種族如きが我輩に敵う訳があるまいっ!!」
正直、勝敗の優劣はどこにあるのかサッパリ分らない。
だが、まぁ、サタンが勝ったんだろうな……。
ま、どうでも良いけど。
「それでは諸君、余興も終わった事だ。 そろそろ、始めようではないか」
両腕の上腕二頭筋をL字に曲げ盛り上がった筋肉をピクピクさせながら俺達の方へ向き直った。
「……ちょ、ちょっと待ってくれないかしら?」
「うぬ?? 良く分らぬが十分ほど待ってやろう」
アヤカは右手を突き出し左手で頭を抑えながら制止する。
俺達の精神ダメージは相当なものでアヤカが止めてくれなかったら、恐らくまともな戦いすらなく敗北していただろう。
◆◆◆
俺達はサタンの方を見ない様に心を落ち着かせるべく休憩に勤しんだ。
必死になっている俺達を横目にサタンの筋肉アピールは続いている。
また、レジーナ率いる『脳筋』女性陣の声を出してはいないが、惚けた目でサタンの筋肉を拝めていた。
そして――。
「準備は宜しいかね? 下等種族諸君」
サタンは”リラックス”しながら俺達に向けて視線を移した。
勿論、”リラックス”は、筋肉アピールの一種だ。
「え、ええ」
「皆さん、気を引き締めて下さい」
途中で気を失うというある意味、精神へのダメージを緊急回避していたヴィルヘルムさんが、皆へエールを送る。
「「お、おう!!」」
A班タンクメンバーは、盾を持ち構え、遠距離アタッカー及びサポーター・ヒーラーメンバーがその後方である定位置へ着く。
近距離アタッカーである俺達は、サタンを囲む様に構えた。
「では、開始である」
※サタンが使ったポーズ(順当)
シングル(ダブルでない)バイセップス⇒サイドチェスト⇒モストマスキュラー⇒ダブルバイセップス⇒サイドリラックス




