第73話・魔王の領域一歩手前
少し短いです。
賞金首との戦闘が終了し、すぐ近くまで来ているだろう『獣将傭兵団』を待ってから半日歩くと、魔王城までの中間地点つまり最初の目的地である草原の町ルトイエに着いた。
予定としては、残りの連合メンバーを入り口で待った後、中に入り決戦前最後の休息と消耗品補充を行う。
消耗品補充は良いとして、休息なのだがこんな田舎町にホテルや大きめの宿屋がある筈もなく、食べ歩き以外は町近くにテントを張り休み事になった。
俺達は、行商人やNPCから不審な目で見られない様に町へ行く道を遮らない様に脇に寄り残りメンバーを待つ。
三十分程待ち『脳筋傭兵団』と合流する。
彼らには何もイベントが起こらなかった様で賞金首との戦闘を話すと心底悔しがっていた。
道中、途轍もなく暇だったらしい。
その後、残りの連合メンバーと合流を果し町の外で一夜を明かした。
◆◆◆
意外に早く目が覚めたのでそのまま起床し朝食の為に町の中へ入る。
早朝とはいえ、NPCはすでに商店や露店を出している。
いわゆる朝市というやつだろう。
「らっしゃい。
お嬢ちゃん、朝から新鮮な果物とかどうだい?」
むさ苦しい顔で爽やかな笑顔を輝かせNPC商人のおっちゃんが売り込んできた。
露店に並ぶ果物はどれも新鮮で見るからに瑞々しかった。
「……じゃぁ、リンゴ二つで」
「おぅ! 二つで20シルバーな。 あんがとよ」
NPCに1ゴールドを渡し、980シルバーの釣りを貰う。
今更だがE/Oの通貨には、G、S、Bが存在する。
だけど、俺達傭兵が主に使う通貨は、ゴールドがほとんどでそれ以外ほとんど使わない。
武器・防具・消耗品・魔術書などは、主にゴールドで取引されている。
それ以外の食料品などはシルバーが主となっている。
一番安い通貨のブロンズは、日本円でいう十円通貨と思って良い。
使わない通貨が何故存在するか疑問に思う所ではあるのだが、傭兵が主に使わないだけでそれ以外の職業では使う機会があるからだ。
傭兵・商人・職人・情報屋がゴールド、騎士・一般人がシルバー、ブロンズが一般人のみと大体なっている。
ちなみに、傭兵の持っているタグは、クレジットカードと同様の効果があるので大金を払う様な買い物では現金を使わない。
次に向かうは、傭兵ギルド出張所だ。
俺は、道行く人(NPC)に出張所の場所を聞き買ったリンゴを齧りながら探す。
「うん。 甘い」
目的の出張所は、道具屋を兼任している露天商らしい。
露天商と言う事は利用できる時間帯が決まっているという事だ。
聞いた人によると今頃の時間から夜の六時まで開いているらしい。
露天商ではあるのだが、茣蓙を引いて露店ではない様だ。
中央通りを道成りに歩いていると丁度町の中央に差し掛かった所に目的の道具屋兼出張所があった。
「らっしゃい。 道具屋をご利用ですかい? それとも出張所ですかい?」
「出張所の方で」
「そうですかい。 んじゃ、今日はどういったご利用ですかい?」
俺は首に掛けていた傭兵タグを取り傭兵ナンバーを告げた後、今回狩った賞金首の総額を聞く。
「少々お待ちを……、え~と。
アウグスト盗賊団首領『アウグスト=アウネル』を始め、計十九名の総額は、え~と……あ、ちょっと待ってくだせぇ」
賞金首の手配書を数枚取り出し金額を確かめ、しばらくして計算が終わったのか顔を上げた。
「総額は、9802300ゴールドですぜ」
十九名狩った割りには案外少ない。
アウグストとかいう奴以外は、雑魚だったという訳か。
そう言えば、あいつ……名前何だっけ?……は、賞金額いくらだったのかな。 まぁ、どうでも良いけど。
「受け取りは、各国の支店で出来ますぜぃ。 ここから一番近いのは、王都シドレードですぜ。 では、またのご利用を」
「あ、次は、道具屋の方をお願い」
「へぃ、らっしゃい」
出張所の所員として頭を下げた後、次は揉み手の後に顔だけこちらに向き直り威勢の良い声で答えた。
「おすすめの保存食はあるかな?」
「タスマンドラトカゲの干物なんておすすめですぜ」
「え”っ……」
トカゲの干物……?
「滅多に手に入らない代物でしてね。 この前行商人から買ったんでさ。
私も一匹頂いたのですが、そのままでも結構旨いですし、塩などをパラパラとかけて食してもいけますぜ」
「ふ~ん。 どのくらいあるの?」
乾パンよりはマシだろうから、買っておくか。
食事による効果は、食べられる物ならどんな物でも何かしら効果はある。
ただ、やはりショボイ食事ほど効果が薄く、それに正比例するかの様に良い効果にはそれ相応の価格となる。
乾パンは、十分間スタミナ(SP)が+5されると非常に微妙というかあってもなくても良い効果しかない。
当然、食事効果にはマイナス効果のある物も存在しているが、明らかに毒のある物や失敗作やマニュアル調理でない限りは問題ない。
特にNPCが売っている物にはマイナスは一切ないから安心だ。
「全部で十二匹ありますが、どうしやすかい?」
「じゃぁ、三匹貰えるかな」
「へぃ、3ゴールドになりますが、宜しいですかい?」
「結構、高いね。 はい、3ゴールド」
「へへ、稀少品でしてね」
3ゴールド丁度をNPCに渡す。
ちなみに、乾パンは50シルバーほどする。
食事効果や空腹度の回復値を見るとこれでも高い方だ。
冒険用の食料品(主に傭兵プレイヤーが使用する食料品)は基本的に高く設定されている。
それでも1ゴールドを超えるものは珍しい。
「へぃ、丁度頂きやした」
適当に数えた後にタスマンドラトカゲの干物を小さな紙袋に入れて俺へ渡した。
「ありがと」
「またのご利用をお待ちしていやすぜ」
露店を立ち去り、しばらくした後にタスマンドラトカゲの干物の一匹を紙袋から取り出し齧る。
干物だけあって肉質はそれなりに硬いが食えない事はなく、魚肉でも鶏肉でも豚肉でも牛肉でもない変な食感と味だが不味くはないので味を楽しみながらテントの方へ向かう。
帰りながら周りを見渡すと起床したであろう連合メンバーがちらほら商店や露店を覗いているのが見えた。
テントに着くまで色々見て回ったが、やはり鍛冶屋や修理工がなかったので、テントに着いたら出発前に昨日使った武器に砥石で砥いでおくとしよう。
◆◆◆
「それでは出発します」
『神盾』のトリスタンさんの掛け声で一斉に立ち上がり、町の中央通りを抜け魔王の領域へと向かう。
今は昼少し前の時間帯だが、魔王の領域側の町の入り口から先は夜の様に真っ暗だ。
無論、街灯などもない。
これは魔王の領域が年中夜だという意味でもある。
夜行性のMobや不死属性のMobが常に活発である事と視界が狭いという事だ。
とは言え、何もデメリットばかりではない。
獣人の中には夜間の方がより有効に活動できる部族もいるし、ヴァンパイアのプレイヤーは本領を発揮できる。
特にヴァンパイアは、昼間がかなり能力を制限されている代わり、夜間に限って魔人以上の能力となる。
昼間、活発に動かず後衛として動いていた『深緑』所属のベアトリスさんと『脳筋』所属のブラッドレイさんの二人が魔人以上の戦力として加わる事になる訳だ。
今回は連合全員での行軍となる。
魔王の領域にはNPCは勿論の事、攻略に参加しないプレイヤーもいないので時間帯をずらす事なく全員でとなった。
それに纏まって行軍すれば襲ってくるMobも然程脅威ではないし、予想外の出来事にも対応し易いだろうと言う事だ。
さて、魔王城まで一日だ。 ずっと夜という事以外大した事はないだろう。
次はいよいよ魔王腹心ラーズ再戦となります。




