第63話・登山をしよう。ただし、命の保障はしない。
登山当j……じゃなかった、特訓当日、俺達短命種族組は、アヤカ達長寿組と別れ霊峰グレイブルーから一番近い町リトラトに来ていた。
村と言っても差支えがないほど寂れた町で騎士の駐在所や傭兵ギルドの出張所もない。
唯一ある施設が宿屋のみとプレイヤーの好奇心を掻き立てるモノは一つとしてなかった。
が、OS社が何もない所に村を作る筈もなく、霊峰グレイブルーの最寄町としての機能があると思われる。
実際、町にいるNPCからは、有用ではなかったが霊峰グレイブルーについて情報がいくつか入手する事が出来た。
「頂上付近に龍が飛んでいるのを見た」や「決して登山コースから外れてはならない」などなどだ。
リトラトから見える霊峰グレイブルーは、非常に標高の高い山で山頂付近が雲に覆われて見る事が出来ない。
目の錯覚と言うべきだろうか……、改めて見るとリトラトと霊峰グレイブルーの距離は結構離れており、予定を変更して一泊する事を決めた。
◆◆◆
リトラトを出発し半日ほど歩いてやっと霊峰グレイブルーの入山口に到着する。
薄々気付いていたが、霊峰グレイブルーは想像以上に大きく丸で壁の様に聳え立っていた。
ヴィルヘルムさんやNPCの話から予測すると、正規ルートとの分かれ道までは比較的安全で大したMobは登場しないと思われる。
というか、実際大したMobに遭遇以前にMobにさえまだ遭遇しておらず、そろそろ予定の分岐点に差し掛かろうとしていた。
「みんな、準備は良い?」
「……」
「ああ」
「OKっす」
「ええ」
何故か、短命組のリーダーになった俺は、分岐点でメンバーに声を掛ける。
ちなみに、俺のメインは『名刀・桜吹雪・嵐山』でサブが『神刀・朧月夜』だ。
取り合えず、どんなMobが出てくるか分からないので無難に無属性の武器を使ってみる事にした。
非正規ルートに入った瞬間、空気がガラリと変わる。
先ほどまでハイキングをするかの様な雰囲気だったが、ここへ足を踏み入れた瞬間、空気がドッシリと重くなった。
「「!!」」
「はは、これは凄いな」
ほんと、もう笑うしかない。
まだ十歩も歩いていないにも関わらず、すでに俺達と同等かそれ以上のレベルのMob複数に包囲されつつあった。
見た目は、大型の狼か……。
しかし、毛先が炎の様に揺れているのは気のせいだろうか。まだ、遠いので実際何なのかの核心が持てない。
「クロイツ、何か分かる?」
『追跡』の上位スキル『追駆』のレベルが高いクロイツに包囲しようとするMobの特定をして貰う。
その横でジナは、俺の着物をクイクイっと引く。
それは、ジナの「私も『追駆』スキルがある」というアピールだ。
「えーと、俺がやって良いんだよな?」
「うん」
しかし、若干クロイツの方がスキルレベルが高いので彼女には悪いがクロイツに任せる。
ジナは、何かとクロイツと張り合い面倒なので先手を打たないといけない。
「えーと、Mobは、ブラッディシャドーウルフだね。
大体Lv98~105で、Lv108とLv110が1匹ずつ混ざってるな。
属性は、闇と炎か」
それが、約三十匹ぐらいか……キツイな。
恐らくシャドーウルフ系列の上位Mobだろう。とすると、半分霊体なので流石の『桜吹雪』でもまともなダメージを与える事が出来ない。
なので、こいつに関しては『朧月夜』でやるのがベストだろう。
せめてもの救いは、俺達を包囲する様に距離を詰めている事だ。
まぁ、残念というか灰汁が強いというか短命組の面々は、連携攻撃や集団攻撃を不得意としている。
俺の『月守夢想流居合剣術』なんて正にそれで、味方と連携攻撃しようものなら鎌鼬に巻き込んでしまう可能性がある。
ジルは暗殺術や忍術まがいの空間殺法が得意だし、ノルシュトレーム姉は短槍二刀流と投槍、弟は大剣二刀流を得意としている。
近くで戦うと確実にフレンドリーファイアをしてしまう。
見通しの悪い登山道で迎撃するより、自分達で討って出た方が良いと俺は判断しメンバーに散開各個撃破を命じる。
「「了解」」
俺達は、各々登山道から離れ雑木林の中に入って行く。
クラン戦の時の成果が今も問題なく発揮出来ている。
鬱蒼と茂った草や障害物としか思えない木々を丸で無かったかの様に俺は走り抜けていく。
俺が相手とするのは、全部で五匹その内三匹がもうすぐエンカウントする。
目の前の木をすり抜けるとすぐに一匹目と遭遇。
克ち合うタイミングで『朧月夜』を鞘から抜く。
抜かれた刃はすぐに闇に溶け見えなくなり、ブラッディシャドーウルフ(以降、影狼)に直撃すると共にカァンという甲高い音と十字光と共に刀身が現れ一刀両断する。
両断したにも関わらず当たる対象を無くした十字光波(鎌鼬)が草木を切断しながら十メートルほど突き進んだ。
ちなみに、『朧月夜』の十字光は、対象に当たった直後に出る特殊効果で一度切りだが高いエフェクトダメージを叩き出す。
俺の使う流派と違い連続攻撃を得意とする流派だと、この十字光が派手に光まくって非常に綺麗(迷惑)な光景を見る事が出来る。
二匹の影狼が右から俺の後ろを回り込もうと連なって走ってくる。
俺は構えをそのままに視線だけ二匹に集中させる。
そして、ちょうど俺の死角になった所で一気に距離を詰めてきた。
俺は背中越しに殺気を感じながらタイミングを計り、間合いに入ったと同時に振り向きながら鞘から抜刀した。
『弐式抜刀術』
振り向きながら鞘かぬかれた刀は、下から上へ斬り上げる神速の剣撃が放たれる。
速い上に目視の出来ない攻撃は、影狼を意ともあっさり両断し、後ろから時間差攻撃をしようとしていた影狼も十字光波(鎌鼬)で四分した。
余談だが、自流派になった際、技名を短縮し『○式抜刀術』に統一した。ただし、奥義だけは、短縮させずに技名を変更するだけに留めた。
と言うより、奥義だけは、『アルカディア皇国剣術』を基にしており、変更した理由は単純で『急制動』のスキルがなくなったからである。
あの奥義は、『縮地法』と『急制動』をフル活用した技なので当然といえば当然だ。
しばらくして、警戒しながら残り二匹の影狼がにじり寄って来た。
いくらMobと言えど、目の前で仲間が一瞬で葬られると流石に警戒をするか……。
抜かれた刀を鞘に納め、何時でも抜ける様に再び構える。
今回は、左右に別れての同時攻撃にするつもりなのかな。
二匹は、間合いの外から俺の隙を伺いつつ喉を鳴らし威嚇している。
とはいえ、二匹は俺の間合いを完全に把握している訳ではない様で、間合いの外と言っても大分離れている。
二匹は間合いを詰める事なく、その場にいたが身体を覆っていた炎が肥大、口元からは炎が漏れ出しているのが見えた。
そして、徐に口を大きく開けたかと思うと、巨大なファイアーボールを放った。
シャドーウルフにはない攻撃で俺は一瞬だが虚を突かれた感じになった。
本来なら避けるのが一番だが、タイミングを外した俺はその場で『参式抜刀術』を放つ。
『秋月夢想流居合剣術』では、正面に空気の壁を作り出す技なのだが、『月守夢想流居合剣術』では、剣を振った範囲に衝撃波の壁を作り出す技になっている。
これは鎌鼬の応用技みたいな感じだ。
とは言え、現在は属性が付加されているので衝撃波ではなく光の壁が出現した。
『秋月夢想流』では、出した直後もその場でしばらくは停滞しているのだが、『月守夢想流』では、一瞬だけ出現するのでタイミングが大事だ。
しかし、威力は段違いに高く、その衝撃波に触れるだけでその部分が両断される。
『秋月夢想流居合剣術』と『アルカディア皇国剣術』が合成された結果、より攻撃特化さた様に感じる。
『参式抜刀術』の衝撃波は、ファイアーボールを完全に防ぎきる。
しかし、莫大な魔力の塊だったファイアーボールは、大爆発を起こし俺のいた場所の手前に二つの半円状のクレーターを作り出していた。
クレーターの大きさを見る限り、影狼自身にも爆炎と爆風が直撃した様だが、霊体である事からダメージを吸収した様だ。
「まともに食らっていたら、流石に瀕死かなぁ……」
俺の防具は、ユーゴ=アップル作なので対魔効果はお墨付きであるのだが、流石にあの大きさのファイアーボールを二発食らったら無理だろう。
ちなみに、ファイアーボールの大きさが、バレーボールサイズだと普通と言われており、今回の大きさはバランスボールぐらいあった。
影狼二匹に意思があるのか分からないが、明らかに動揺しており一歩二歩を後退りを始める。
逃がさねぇよ。
『縮地法』で左にいる片方へ一気に近付き、間合いに入ったと同時に鞘から刀を抜く。
『陸式抜刀術』
鞘から抜かれた刀は、口元からざっくりと突き刺した。
ピクピクと身体を痙攣させながら影狼は絶命する。
虚を突かれた右にいる影狼が味方が即死した事で目が覚め、動揺を押し殺し俺に目掛けて飛び掛ってくる。
殺気を向き出しにする影狼は、刀を持っている腕に噛み付こうとしている様だった。
Mobなので大したAIがないように思えたが、仲間を思う気持ちがあるのだろうか……。
最後の影狼が俺の間合いに入ったと同時に、鞘(仮)という名の影狼(死体)から刀を抜きそのまま一閃する。
振るわれた刀は、剣先で影狼の頭部を両断し、十字光という名の鎌鼬によって四分割され肉塊となり俺の足元へ落ちた。
『陸式抜刀術』は、基となった『陸式抜刀術・神去』とほぼ同じで鎌鼬が出るか否かの違いしかない。
「さて、他の皆は……」
まぁ、大丈夫だろう。
一瞬、心配したがどう考えてもあいつらに負ける要素がない。
◆◆◆
登山道に戻るとジナはすでにおり、他の三名はまだだった。
しかし、戦闘は終わっている様でこちらへ徒歩で戻って来ている。
「周囲、能動的魔獣、無」
どうやら、登山道に戻ってきてからずっと『追駆』スキルで周囲を警戒していた様だ。
「早いね。ジナ……。どうやって倒したの?」
「『隠密』技能、各個、暗殺」
ジナは多彩な攻撃スキルを持っており、攻撃パターンが豊富だ。
暗殺方法には、大体3パターンあり、忍者刀による暗殺、投擲による暗殺、忍術による暗殺がある。
または、状況に応じて2パターンを組み合わせた暗殺や罠による暗殺を使う時がある。
これは彼女の流派が、複数の修練を必要とする流派だからだ。
本来は、その内の一つないし二つの修練を絞るのだが、彼女は防御系・生活系スキルを捨てて全修練を習得した。
「すみません。遅れました……って、あれ?」
ノルシュトレーム弟が戻ってきて、俺とジルしかいない事に驚く。
「お二人だけっすか」
「ん、まぁね……っと、モニカさん、クロイツをおかえり」
程なくして残り二人も戻ってきて全員集合となった。
「帰りながら周囲を警戒して見たけど、しばらくは大丈夫だ」
「ん。こっちもジナが警戒してくれていたか確認済み」
「む……」
一瞬、クロイツとジナの間で火花が散った様な錯覚がしたが、恐らく気のせいだろう。
「さて、全員揃った事だし、さらなる上を目指しつつ狩りまくろう!」
「「おう」」
俺達は、この登山道を登りきった所にあるであろう休憩所を目指して進んだ。
※『追駆』……下位スキル『追跡』と『分析』を同時に発動させる事が出来るスキル。
つまり、追跡をしながら相手の特定と状態を把握出来る。また、対象を個人と複数に切り替える事が出来る上に遡る時間が延長されている。
※魔力の大小にて魔法の威力が変化。魔力がカンストした魔術師の放つ初期魔術は、低魔力の魔術師が使う上位魔術を軽く凌駕する威力を持つ。
属性スキル、魔術を含む魔法スキルも威力に影響するが、割合的には少ない




