第52話・小さな予兆Ⅱ
2話構成の後編です
『オ”オ”オ”オ”ォォォオ”オ”オ”オ”オ”ォオ”ォォ』
足音と雄叫びの音が大分近くなって来ている。
『気配察知』
俺のスキル圏内…大体200m以内にプレイヤーがいない事を確認する。
それどころか変異したフォレストオーガ以外のMobもいない。
アヤカ達の話では取り巻きのMobがいた筈だが…オーガ自身が蹴散らしたのだろうか。
『義体解除』
髪の色、確認は出来ないが瞳の色が逆転し、肩甲骨辺りから膨らむ感触と共に黒い翼が出現する。
本来の姿に戻ったのと同時に異空間からパニッシャーを取り出す。
戦いが長引くとアヤカ達を心配させてしまうので最初から全開で行こう。
『封神具召喚』
『封神具・パニッシャー最終申請』
『…承認…』
『封神具形態変化解除、第一から第四を解除』
『…承認…』
『パニッシャー性能更新・第一から第四を更新』
『…許可…』
僅かな時間でパニッシャーは最終形態へと変化する。
深呼吸した後、俺は上空へ飛ぶ。
折角、本来の姿だし相手の土俵で戦う必要はない。
流石にデータが改竄されているからと言って、オーガが飛ぶという事はないだろう。
ディア・フォレストオーガと思わしきMobは、前方100m先で木々を薙ぎ倒しながら王都へ向けて歩いている。
俺には全く気付いていない様だ。
ただ、俺のオーガというイメージからかなりかけ離れた姿をしていた。
恐らくは改竄・変異の影響だとは思うが…。
つまり、両腕が肥大化している上に何か鎧の様な防具を身に纏っている。
身体の方のサイズも大きくなっていると思う。
俺の知っているオーガは、大きく見積もっても木の背丈より低かった。
しかも、意味不明な事に魔力を帯びているかの様に所々光っていた。
右肩に担いでいるのは恐らく槌で、無茶苦茶でかい上にこれも魔力を帯びていそうだ。
ま、先手必勝という事で気付かれる前に殺る。
オーガを見下ろせる位置まで飛び、パニッシャーの照準を頭部へ合わせる。
人間に限らず大抵のMobは頭部が弱点だ。
パニッシャーのトリガーを引く。
2基の魔導エンジンは、回転を加速していき摩擦箇所から余剰魔力が放出されていく。
しばらくして、加速音が安定し最大にまで加速した事が分る。
改めて照準を見てからトリガーを放した。
膨大な魔法力を内包した2本のビームは、オーガへ向けて一直線に飛ぶ。
もう少しで直撃するという所でオーガが気付いた様だがもう遅い。
だが、ここでオーガは左腕を横へ薙ぐ。
それと同時に頭部へ直撃する筈だったビームは、パァンという音と共に左後方へ弾け飛んでいった。
「はぁ!?」
んなバカな…。
パニッシャーの攻撃を弾いたオーガの左腕には、魔力のシールドと思われる膜がチラついている。
覚醒状態の魔王でさえ無事では済まない公式チート武器の攻撃を簡単に弾いてしまった。
こんな事は予想外過ぎる。
『オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”…』
しかも、かなりお怒りでいらっしゃる。
「ん?」
オーガが左腕を俺の方へ向ける。
何をするつもりなのだろうか…。
様子を伺おうと思っていた矢先、オーガの手の平に魔法陣が現れる。
「魔法!?」
驚いてばかりという訳には行かない様だ。
魔法陣が展開されたとほぼ同時に魔術が完成していた。
ちょ…オーガが無詠唱で魔術とか有り得ない。
と言うか、魔術を使う時点でおかしい。
『ヴィーナス』さん、改竄し過ぎです。
オーガの左腕から炎を矢が十数本ほど俺へ向けて飛ぶ。
炎の矢は…つまりフレアアローは、火属性の低位魔術だ。
魔力の大きさによって、出現する炎の矢の数は変動する。
十数本という事は魔力量的に大した量ではないが、無詠唱というのが厳しいと言わざる得ない。
つまり、ひっきりなしに飛んで来るという事だ。
しかも、誘導性能が高い魔法なので安易な回避が出来ない。
俺は当たらない様に右に左に上や下に回避しながらパニッシャーで攻撃するタイミングを計る。
パニッシャーは、かなり強力だけど連発出来ないという欠点がある。
闇雲に撃てる訳ではない。
まぁ、それも腕以外はダメージが通ると予想している訳なのだが…通るよね?
こう動き回っては狙いを定め辛いな。
『結界重膜』で防げるとはいえ、あれは蓄積ダメージでも割れる可能性がある。
こうなったら懐に入るしかない。
俺は加速しながらオーガの懐へ入る。
「これなら!」
照準を頭部に合わ…。
左から黒く大きな何かが向かってくる。
ドンという衝撃と共に俺は右へすっ飛んで行き、何本もの木々を粉砕しながら山肌へ衝突する。
「っ…」
何が起こったのだろう。
オーガの方向へ目をやると担いでいた筈の槌が振り下ろされていた。
なる程…遠距離は魔法、近距離は槌での攻撃という事か…。
…と、何故ここまで冷静に考えられるかというと無傷だからなのだが…。
その代わり、『結界重膜』が何枚か吹っ飛んだ。
意識を集中して結界が後何枚あるかを確認すると、残り7枚…3枚吹っ飛んだ様だ。
これは全て先ほどの槌による攻撃だろう。
ベルフェゴールの攻撃でも1枚しか吹っ飛ばなかったんだから、これは相当強力だと予想出来る。
『ディバイン・パニッシャー砲撃モードへ移行』
2つのパニッシャーを連結させると接続音と共に固定されていく。
そして、少しずつ形態を変化させていき、砲身が延長したところで翼を模ったリングサイトが出現する。
4対の翼のエフェクトが出た事で形態変化は完了した。
リングサイトの中にオーガを収めトリガーを引くと、4基の魔導エンジンは甲高い音を発しながら少しずつ回転を加速していく。
オーガはゆっくりと俺の方向へ向きを変え、再び雄叫びを上げる。
『オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”ォォ』
俺に対して敵意を剥き出しにしながら槌を振り上げ走る。
動き自体は、ゆったりとしているが巨体故に1歩1歩が大きく移動速度は速い。
大分近付いて来たが、まだ撃てる状態ではない。
大体、距離にして100mと言った所で魔導エンジンの回転が安定した。
俺は空かさずトリガーを放す。
砲撃モードとなったパニッシャーからあの極太ビームが放たれた。
オーガがマズイと思ったのかどうかは分らないが、放たれたビームに対して何を思ったのか槌を振り下ろした。
流石に、この攻撃を槌で弾く事は出来ないだろうと思っていたのだが、槌の先と衝突すると幾本にもビームが枝分かれしていく。
威力が落ちたという訳ではない。
実際、枝分かれしたビームは森や大地を抉っているので間違いなく最大出力の筈だ。
信じられない事に魔王をも消滅させた一撃をオーガは槌で防いでいたのだ。
「嘘…だよ…ね?」
しかし、防いでいたのは束の間で槌の先がヒビ割れし出した。
ヒビが入ってからは早く、一気に拡大し最終的には粉々に消滅する。
未だ勢いを失わない魔力のビームは、槌を握っていた両腕を巻き込んでいきオーガの身体をも飲み込んでいく。
ビームを全て出し切り俺が再びオーガを見た時には、すでに両腕はなく上半身も焼け爛れていた。
『オ”オ”オ”オ”オ”オオオォォゥゥ……』
流石にこんな状態にまでなると雄叫びにも力が入っていない。
しかし、オーガは生きており足取りは重いが確実に俺へと迫っていた。
まだ、戦う意思を失っていないのだ。
止めとしてもう一度パニッシャーを撃っても良いのだが、今の状態だと周辺が凄惨な状態になってしまう。
それにクールタイムが終わっていない。
夜月や風生剣では攻撃力が心許ない。
という事で、高位の神術に興味があるので一度使ってみようと思う。
どれが良いだろうか…、なんて悠長に選んでいられないな。
『ヴァルキリーランス』
光の槍で対象を全方位から串刺しにする神術…
魔力量で本数が変化するという事はフレアアローと同タイプか…悪くない。
『アルゼインリヒト(全てを光りと為す)』
全ての悪しき者を消滅させる広範囲殲滅魔法…殲滅とか恐過ぎる。
取り合えず、この2つが攻撃魔法の様だ。
ついで【二重詠唱】と【短縮詠唱】も使ってみよう。
まずは、グレゴリの能力を発揮させないとお話にならない。
『覚醒』
俺の背中にもう1対の翼が出現する。
こちらはセレスティアの翼ではなくグレゴリと同様の翼だ。
この姿こそがネフィリム本来の姿と言って良いだろう。
『我等が主神ガディウスの名の下に、【戦を支配する乙女の選定】《慈愛は万物に平等》【ヴァルキリーランス】《アルゼインリヒト》』
オーガの周囲に十数本…いや数十本の光の槍が出現する。
突然、現れた光の槍にオーガは、驚愕または困惑なのかその場に立ち止まり硬直する。
オーガの周囲を微妙に回転していた光の槍は、ピタッと止まり次々に突き刺さる。
まさに、針の筵状態だ。
身動き一つしないオーガはすでに事切れているであろう。
しかし、もう1つの魔法がまだ発動していない。
その時、上空にある雲の合間から光の柱が降りて来る。
少しずつのその数は増えていき光の柱自体も大きくなっていく。
俺の視界に入っている範囲に及んでいるその光景が魔法だというなら信じられない事だ。
狭く見積もっても王都アルケード周辺全域と言っても良い位だ。
そして、一際輝いたと思った瞬間、俺の視界は真っ白に染まった。
視界が回復するとオーガの姿はなく、代わりに1振りの太刀が地面に突き刺さっていた。
◆◆◆
これら一連の出来事は、OS社及び俺の様なセレスティア系プレイヤーのみで処理された事や大した被害もなかった為、詳細を知らない一般プレイヤーの間では公式が用意したサプライズイベントだろうという話に収まる。
《Name》古刀・村雲
《User》アキラ=ツキモリ
《Rank》Rare
《Level》封神具修練or刀剣修練Lv10
《Base》太刀
《Effect》抜刀術攻撃速度+130%、攻撃力-80%、再生能力-50%
《Detail》
刀身が錆びて切れ味のなくなった太刀。
昔は名刀だったと思われる面影はあるが、現在は使い物にはならない。
刀身全体に付着した錆により斬られた対象の傷が治り難くなる
《Name》神刀・叢雲
《User》アキラ=ツキモリ
《Rank》Myth
《Level》封神具修練
《Base》太刀
《Effect》抜刀術攻撃速度+130%、リンクブレイカー、メインクエスト及びオラクルクエスト限定
《Detail》セレスティア・セラフィム・ネフィリム専用武器。
【限定解除】をした古刀・村雲で『封神具』としては、本来の2分の1の性能ながら非常に強力な武器である。
刀身が6尺ほどある無属性の太刀。
大きな特徴としてリンクブレイカーが挙げられ、斬った対象の全関連付けを無効化する。
別名・神の鉄槌モードと呼ばれる形態でゲームシステムにそぐわない行動を繰り返す違反者に対して義体活動をしているGMが使うとされている。
また、この武器で死んだキャラは復活できない。




