第50話・短弓と長弓
落下している途中だった事もあり、すぐに木に視界を遮られアヤカの姿を見失う。
地面に着地した後、迎撃の為に構え直すがMobからの攻撃が来る気配はない。
頭上を注視していると、木の葉や枝が擦れる音、何かが突き刺さる音、Mobの奇声が聞こえる。
恐らくはアヤカによる攻撃がまだ続いているのだろう。
しかし、先ほど放った正確無比な攻撃ではなく手数に重点を置いた無差別攻撃なのが分る。
現に俺の足元にも数本の矢が落下していた。
当たりそうになった矢は、避けるか斬り落としている。
そして、突如、木の上からMobが落下してくる。
右肩にアヤカが放ったと思わしき矢が突き刺さっていた。
攻撃が当たってバランスを崩し落下したのだろう。
俺はMobの落下地点まで走り、流派を切り替えてジャストのタイミングで攻撃する。
もともと、アヤカの攻撃が当たっていた事と無防備状態によるクリティカルによって1撃で倒す事が出来た。
初実戦という事もあり、このMobを1体斬り倒しただけでスキルレベルが上がる。
アルカディア皇国剣術は、元々攻撃力の高い流派の様で恐らくはクリティカルでなくても倒せただろう。
肝心な鎌鼬に関しては、スキルレベルが低い事もありほとんど効果はないと思って貰って良い。
流派レベル1な為、鎌鼬は30cmほどしか飛んでいかないのだ。
そんな事よりも、またMobが落ちてきた。
まだ、アヤカの攻撃は続いている。
もしかしたら、木の上にいるであろうMobを全て射ち落とすつもりなのだろうか。
ま、俺としては美味しいから良いのだけど…。
◆◆◆
その後、計12体のMobを斬り倒した所でアヤカの攻撃が止む。
俺は空かさず頭上のMobがいなくなったのをスキルで確認した。
1体だけ解体してみたが『鑑定』スキルのない俺では名称が分らず放置する。
と、言うより今回の狩り対象ではないし、無駄に回収してスタミナの消費量を増やす訳にもいかない。
なので、俺はそのままアヤカの方へ歩いて行き合流する。
「さっきは有難う。アヤカ」
「どう致しまして。何とか間に合って良かったわ」
システムの補正があるにしても最初の2射は本当に凄かった。
銃弾よりもより重力に引かれ易い矢で、300mほど離れた場所からヘッドショットだ。
「それにしても良い腕だね」
「そう?
まぁ…『弓術の才能』様々かな」
アヤカは少し照れながら答える。
血の記憶システムがまだ活かされないβテストでは、才能スキルの習得難易度は非常に高い。
完全な運と言っても差し支えないだろう。
俺の場合は種族がネフィリムだから開花した可能性が非常に高いけど、アヤカの場合は完全なリアルラックに起因している事だろう。
多分、いや、間違いなくだ。
まぁ、ネフィリムに関しては謎の方が多いので実際に関連しているのかは分らない。
アヤカのリアルラックに関してのエピソードは結構あるが長くなるので省こうと思う。
『○術の才能』は、○術に関連したスキルが上がりやすいのは勿論、ステータスに関しての成長補正や実際攻撃した際のシステム補正も強化されている。
例えばだが、数世代ずっと剣術でプレイしていたが、ある日突然『槍術の才能』に開花したら、すっぱりと槍術に切り替えても良いぐらいの効果がある。
しかも、それ以降のキャラは、同様の才能スキルを開花し易い傾向になる。
「あの後の攻撃って技?」
「短弓の技よ。
矢の消費は激しいけど無差別に攻撃するには結構使えるのよ。
本来は、戦争とか大型Mobに対して使う技らしいのだけど…」
「結構、矢を撃ってたよね。
この後、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。100本ぐらいしか撃ってないし」
一体、何本の矢を持って来てたんだと思い、アヤカの背中にある矢筒を見ると来た時と変わらない量の矢が残っている。
「ああ、これ?
20本以下にならないと変化ないよ」
俺の視線に気付いたアヤカは、背中の矢筒を見ながら答えた。
つまり、20本以上は同じグラフィックのままという事か…。
まぁ、数百本の矢を背負っていたらドン引きするよな。
「それよりもそろそろ合流しに行きましょ」
「ん」
合流するまでの間、アヤカとずっと話していたのだが最初の2射は、短弓ではなく長弓の攻撃との事だった。
しかも、通常攻撃みたいで300m程度なら技は必要ないらしい。
これが通常攻撃なら近接攻撃とかやってられないな…と思ったが、どうも急所以外は大したダメージにならないらしい。
まぁ、弓に限った事ではないが、相手が金属製の鎧を着込んでいた場合は、さらにダメージが減少する様だ。
ただし、長弓に関しては少し特殊で命中率がかなり落ちるが、ある一定以上の長距離射程に限って高貫通力かつ必ずクリティカルになるらしい。
これは、戦争を前提にした仕様だろう。
逆に短弓は、戦争向きの技は少ない。
◆◆◆
「遅かったですね。二人とも」
俺達が着いた頃、他のメンバーはすでに合流しており待たせていた様だ。
「クロイツさんは大丈夫だった?」
「???」
クロイツの方は何もなかったみたいだな。
「私達はこの辺を狩場としていたし、普通に来ちゃったけど…。
アキラやクロイツさんってここ初めてじゃない?」
「む、そうか。
Mob情報を教えておくのを忘れていたな」
「ああ、そう言えばそうでしたね」
ヘンリックさんによると、この辺の森にいるのは6種類で、ゴブリン、オーク、オーガとファンタジーの定番からテイルウルフ、モーニングウータン、クリニエールボアなどE/O独自のMobがいるらしい。
それ以外にも敵性NPCの盗賊がいる。
そして、俺を襲ったのがモーニングウータンと見て間違いないだろう。
モーニングスターっぽい武器を扱うオランウータンという意味の名前が付いている。
この辺での初心者殺し的なMobらしい。
こいつを解体しても大したアイテムを落とさない上に、地上へ滅多に下りて来ないので戦い難く傭兵から敬遠されている様だ。
まぁ、それでも彼らの縄張りに不用意に足を踏み入れない限り襲ってくる事はないらしい。
つまり、俺はやらなくても良い戦闘をしてしまったって事だな。
「さて、みんな。探索の結果を教えてくれない?」
「それに関しては私がすでに聞いている。
残りはお二人の話だけですよ」
「あ、そうなの?
私の方は成果なしかな」
「ボクは違うMobに襲われましたが、それ以外は…」
「なに!?アキrむぐぐぐ…」
クロイツが過剰な反応をしそうになった所をアイリスさんに口を塞がれる。
「話が進まんからクロイツはんは黙っとき」
「あ~、ごほん。
エレナがテイルウルフに襲われた動物の死骸を見つけたみたいです」
「痕跡は昨日…。小さい足跡もあった」
「つまり、その辺を狩場にしている可能性が高いですね。
しかも、子連れなので普段より凶暴になっているかも知れませんが…」
「凶暴と言っても所詮テイルウルフだ。油断しなければ大した相手ではない」
「そうですね。今回の狩りは森林での戦闘に慣れる事が目的ですしね」
つまり、この森は初心者用の狩場という事だ。
「ただし、フォレストオーガには気を付けて下さいね。
彼らに見付かると非常に面倒なので…」
先ほどの定番3種には、頭にフォレストが付く。
まぁ、読んで字のごとく森に棲むオーガだ。
ヘンリックの言葉から察するに、面倒というのは…つまり、取り巻きを連れている中ボス的なMobという事なのだろう。
レベル的に面倒な相手なら強いという言葉を使用するだろうから、大して強くはないのだろうな。
「まぁ、時間も惜しいですし、エレナ、案内をお願いします」
「……」
エレナさんは、小さく頷き北西方向を指差した後、ゆっくりと歩き出した。
4月馬鹿ネタはありません




