第45話・副団長の意地
ウォーミングアップを適当に行い大体10分ほど経過すると、マリアさんは法術師と思われる騎士を連れて戻って来た。
「おまたせ」
法術師は軽く会釈をするだけで喋りはしなかった。
マリアさんと共に壁際に移動する。
「そろそろ、準備は出来たか?」
「私はいつでも行けますよ」
「こっちも」
「よし、それでは始めるぞ。
お互い構えて…」
俺はいつも通り左腰に差した夜月に右手を添え腰を落とし構える。
対するグリムは、刃を外側かつ刀身を水平した構えで脇構えによく似ている。
右手は刃に添えているだけの様に見える。
彼の得物は、少々細身の騎士剣で近衛騎士という事もあり鍔の装飾が豪奢な剣だ。
「始め!」
合図と共に俺は前は数歩飛び出し攻撃を仕掛ける。
この距離で『縮地法』を使うまでもない。
しかし、この判断が間違っていた様で、グリムは半身の体勢のまま腰を落とし半歩前を踏み出しタックルの要領で左肩を当ててくる。
相手の出鼻を挫くこの戦法は、俺がマルスに対して使った感じに似ている。
俺とグリムの身体はほぼ密着した状態で刀を抜刀する事が出来なかった。
が、このままやられるつもりは毛頭ない。
(伍式抜刀術・飯綱)
密着しているからでこそ出せる技もある。
夜月の柄頭は、グリムの右脇腹に直撃…した様に見えたが思ったより手応えがない。
彼はこういう展開になる事を読んでいたのかは分らないが、柄頭が当たる直前に後方へ飛び直撃を免れた様だった。
とは言え、当たらなかった訳ではなく顔を少ししかめながら脇腹を抑えている。
「ッ…」
「ほう…」
団長が感嘆の声を呟く。
一瞬だが、その声に反応してしまい、その隙をグリムは見逃さなかった。
彼は移動していない。
しかし、彼の右手で持った騎士剣が下から上へ振り上げられる。
「ぃッ!?」
彼が振り上げた瞬間とほぼ同時に左足に痛みは走る。
ゲームだけあって激痛ではないが、不意を突かれた痛みだったので驚いてしまった。
左足がスッパリと綺麗に切り裂かれている。
彼が何をしたのかさっぱり分らない。
そんな俺を見てグリムはニヤリとする。
上に振り上げた剣を今度は下に振り下ろす。
彼の表情からも嫌な予感しかしなかった俺は咄嗟に横へステップする。
それとほぼ同時に先ほどまでいた場所にヒュンという微かな音が横切る。
「え?」
俺の後方でビシッと壁に何かが当たる音が聞こえた。
つまり、飛び道具?
カマイタチなのか真空波なのか気功波なのかは分らないが、彼の剣から放たれたのは間違いない。
焦っている俺の表情を見てグリムは楽しくて仕様がないという顔をしている。
なるほど、こういう性格なのか…。
まぁ、それは置いておいて相手はアウトレンジで戦えると言う事か…。
今はまだ距離が離れているので回避のし様がある。
そういう事を知ってか知らずかグリムは一気に前を詰めて来る。
彼の剣は、時々床に接触し火花を散らしている。
このまま来るのを待った所で結果は変わらない。
(縮地法)
カマイタチだろうが真空波だろうが放たれなければ良いのだ。
そう簡単に縮地法の対処が出来るとは思えない。
こっちも近距離で放たれたら避けられる自信はないが、何も考えず勝つ事に集中すれば良い。
(壱式抜刀術・凪)
「!?」
一方的に攻撃出来ると勘違い…していたかどうかは分らないが、縮地法は彼の意表を突く事が出来た。
驚愕に満ちたグリムの表情を見て、ざまぁ見ろと言いたい。
彼の意地なのか完全に出遅れたにも関わらず、剣を振り上げる動作に入る。
「遅い!」
グリムの左脇腹を切り裂き、身体が交差して立ち位置が逆転する。
手応え十分、軽症ではない筈だ。
振り返り構え直すと同時に新たな痛みが身体に走る。
グリムが咄嗟に出した攻撃が僅かに掠った様だ。
俺の左腕に薄っすらと切り裂かれた痕があった。
グリムは剣を地面に突き刺し、脇腹に出来た切り傷を抑えその場に崩れる。
「何が起こった?」
「嘘…だろ。グリムさんが…」
「………」
近衛騎士団の面々も俺が何をしたのか分っていない様だ。
もしかして、俺の事をマリアさんに聞いていないのだろうか。
まぁ、マルスさんとの戦闘は一瞬で終わったので判断は難しいだろうけど…。
いや、縮地法の方に驚いているのかな。
確か、マルス戦では縮地法を使っていないし…。
「ククククッ、……やりますね」
眼鏡をクイッと上げた後、脇腹を押さえていた手を放しグリムは立ち上がる。
法術で治したのか思ったが、そうでもない様で今だに傷口から出血している。
「この程度で倒れる訳がないでしょう?
私は副団長ですからね」
グリムは手にベットリと付いた血を舐め取る。
まるで悪役か狂人みたいな行動だ。
剣を地面から抜き抜刀術の様に構える。
勿論、鞘には納めていないが嫌な予感しかしない。
グリムの様子を見ながら、夜月を鞘へ納める。
納めたとほぼ同時に縮地法で間合いを詰め先制攻撃を仕掛ける。
アウトレンジでは不利だが、インレンジなら最悪でも同等だ。
(参式抜刀術・顎門)
カマイタチや真空波を防げる保証はないが顎門をグリムの間合い手前で防御の為に使う。
タイミングは間違いなかった様で本来出来る筈の風の塊が出来なかった。
風の塊が切り裂かれたという事だろう。
しかし、グリムの攻撃は俺に届かなかった事から無効化する事には成功した様だ。
再び、夜月を鞘に納め間髪置かず縮地法と壱式抜刀術・凪で斬り抜ける。
「いッ!?」
斬り抜けたと同時に背中へ痛みが走る。
グリムは斬られた傷口を物ともせず何事もなかったかの様に、斬った直後で隙だらけになっていた俺の背中に攻撃をしていた。
彼はしてやったりという表情であったが、2箇所の傷は相当痛む様で顔が引き攣っている。
俺の傷は出血が少ないが、グリムの出血は相当なもので床へ血が滴り落ちている。
出血が少ないとは言え、傷口は浅くなくこの状態を長く続かせる訳にはいかない。
それにしても、これをテストだと誰が思うだろうか…、この状況はベルフェゴールの闘技場を思い出してしまう。
次回も戦闘です




