第34話・雪熊は突然に
野営地…端的に言えばキャンプ場だ。
E/Oにある街と街の間にあるあらゆる道には大小様々な野営地が必ずある。
アドランテ-カフカスク間街道には、野営地が3つありほぼ等間隔で設置されている。
そして、俺が今いる野営地はアドランテ側から見ると一番手間の野営地だ。
街道側以外は森林で囲まれている為、吹雪による影響があまりなく、野営地の中心には大きな篝火が焚かれている。
そのお陰で野営地には雪が積もっておらず、多くの人がこの場所で留まっている。
現在、この野営地を利用しているのは俺を含めて5組いる。
一際目立つ大きなテントと乗合馬車には、乗客が二手となりそれぞれ就寝しているようだ。
馬方の二人は篝火の近くで暖を取っている。
また、乗合馬車ほどではないがもう1つ馬車があり、恐らくは隊商の馬車と思われる。
荷物を囲むように3つの小型テントが見受けられる事からも間違いないだろう。
隊商の護衛は、結構稼げる事からも人気のクエストの1つだ。
ただし、街道を外れるルートを行く隊商は、結構危険な事が多い。
アドランテ-カフカスク間街道は、襲われたとしてもスノーウルフ程度なので比較的楽な部類に入るだろう。
隊商護衛クエストは、襲撃よりも拘束時間が長い事が最も厄介とされている。
クエスト途中でログアウトしようものなら、ほぼ間違いなくクエストを放棄した事になる。
長いルートのクエストや複数の街道を通った場合、平気で1週間となりリアル17時間拘束される事になる。
他のクエストよりも安全だが拘束時間が長いのが特徴的だ。
他のテントは、俺を含め全員傭兵だと思う。
その内何人がプレイヤーなのかは分らない。
ちなみに、野営地は、宿屋と同じ役割があるので安全にログアウト出来る場所だ。
ただし、安全と言っても火を恐れない人型Mobやプレイヤーには関係がく、ログアウト中に襲われないとは限らない。
まぁ、現在PKやらは未実装なので襲われるとしたら人型Mobからのみだ。
この場所は、俺を含め傭兵の人数は結構いるので襲われる事はないと思うが、野営地に自分1人とかなら注意した方が良い。
「さて、今夜の食事は…と」
スキルの関係上、俺は生産スキル「料理」を習得していない。
だからと言って、マニュアル調理に手を出すつもりもない。
なので、アドランテの雑貨屋で購入した雪熊肉の燻製を取り出しナイフで削る。
まぁ、ビーフジャーキーみたいなものと思って貰って良い。
雪熊ってのは、スノーウルフと並びロードグリアード連邦では比較的頻繁に出没するブリザードベアだ。
視界が悪い吹雪の時に限って襲ってくるという厄介なMobでプレイヤーの間では敬遠されている。
一切れでは腹を満たす事が出来なかったので2切れ3切れと手が出てしまい、肉の塊の半分ほど食べてしまった。
滅多にリアルでこんな食事をする事がないので、保存食だろうが俺は美味しく思っている。
何れ飽きる事になると思うが、その時は別の物を考えるとしよう。
空腹ゲージが8割まで回復したので、俺はテントの中に入り朝まで寝る事にした。
◆◆◆
翌朝、吹雪どころか雪も降っておらず空は晴天に恵まれていた。
これなら毛皮のコートがなくても行けそうだ。
SP消費自体に影響がないとは言え、あれは動き難過ぎなので俺はあまり好きじゃない。
まぁ、確かに温かいが…。
これなら走って行けば寒く感じる事はないだろう。
むしろ、涼しくて気持ちが良いかも。
俺が起きる前に隊商や乗合馬車は発っており、俺以外の傭兵も現在出発する準備をしていた。
野営アイテムは、テントと寝袋そしてランプぐらいなので簡単に片付く。
「よっと…」
野営アイテムを全て背嚢に入れ担ぐ。
昨日狩ったスノーウルフの毛皮も入っているので結構な重量だがまだ余裕がある。
これなら走ってもSPの減りは昨日と変わらない速度だろう。
出来る事なら2つ目の野営地は飛ばして今日中に3つ目に到達したいところだ。
ちなみに、2つ目の野営地は他の野営地よりも少し大きく、近くに小さな集落もある。
まぁ、集落があるからと言って特に何もないのだが…。
強いて言うなら他の野営地よりも安全といったところだな。
◆◆◆
天気が良い事もあって順調に距離を稼いでいたが2つ目の野営地を過ぎた辺りで急激に天候が悪化し方向感覚が分らないぐらい視界も悪くなる。
野営地からそんなに距離が離れていないので戻れば良いかと思ったが、どっちの方角が野営地方面なのかがさっぱり分らない。
だからと言って、無闇に前へ進む訳にも行かず俺は危険を承知でこの場にテントを張り野営を開始する。
野営は野営地でなくても行う事が出来る。
ただし、野営地の様に安全が保証されず、何時Mobなどに襲われてもおかしくない状況だ。
それに、この吹雪だ。
篝火と言うか焚き火を用意する事も出来ない。
テントの中だと言うのに俺は毛皮を着込み震えながら寝袋に入る。
流石に寝袋内は寒くなく、ぐっすり眠れそうだ。
目を閉じてからあまり時間が経っておらず、まどろみとは言えまだ意識が何となくあった。
そんな時だ吹雪の音とは違う別の音が混じっている事に気付いた。
つまり、足音だ。
それだけではなく、「フンフン」と匂いを嗅いでいる音も時折聞こえる。
恐らく人間ではないだろう。
と言うか人間だったら、タダの変態である。
そして、音が少しずつテントに近付いて来ているのが分った。
俺はテントの入り口を開け周りを見渡す。
何も居ないという事を確認し、体勢を整えたのとほぼ同時に巨体のブルザードベアが吹雪の向こうから姿を現した。
「「………」」
ブリザードベアも俺の存在に気付いていなかった様で、お互いしばらく沈黙していた。
「う、うわぁああ」
「ブォアアアアアア」
そして、同時に悲鳴なのか絶叫なのか分らない声を上げた。
俺は寝袋の横にあった夜月を掴んで飛び起きバックステップと同時に構える。
叫んだのと同時に襲ってこなかったのは、ブリザードベアにとっても予想外だったのだろう。
大体5mほどの距離を空けお互い微動だにせずに睨みあう。
傭兵ギルドで聞いたブリザードベアの情報を思い出す。
吹雪の日、活発に行動を起こすのは当然として他に何かあっただろうか…。
確か特殊な能力は『迷彩』以外なかった筈だ。
しかし、他のベア種同様に単純な攻撃とは言え爪・噛付き・突進は強力だろう。
あ、そう言えば…極寒の気候に耐える為にブリザードベアの毛皮は厚く外気の温度によって毛は石の様に硬いという話だった気がする。
つまり、作戦は力押しという事だな。
攻撃力が高いとは言え当たらなければ良いだけの事で、師匠や囚人達に比べれば大した事のない相手だ。
「ボアアアアアア!!」
ブリザードベアは一際大きく吼え後ろ足だけで立ち上がり俺に対して威嚇する。
「威嚇するのは結構だけど……隙だらけっ!」
俺は『縮地法』で間合いを詰め、『壱式抜刀術・凪』で左腹部を薙ぎ払う。
流石、雪原だけの事はある。
『急制動』を使ってもしばらく滑っていた。
「グボァァアアア」
ブリザードベアは、仰向けに倒れ苦痛の叫びをあげる。
「ヴォアアアアア」
ゆっくりと起き上がり今度は2足ではなく4足のまま威嚇する。
今度は、完全な臨戦態勢の様で隙が見当たらない。
しばらくして、ブリザードベアは真っ直ぐと突進してくる。
恐らくだが、タダの突進ではなく噛付きや爪による複合攻撃だと思う。
動物型のMobとは言え基本的なAI思考は人型と変わらない筈なので学習をしている筈だ。
人の成人男性よりも2回りも3回りも大きな体躯だけの事はある。
とんでもない迫力があり圧倒されそうだ。
しかし、軌道の読みやすい攻撃は対処も簡単だ。
俺は接触する少し前に上へジャンプし、ブリザードベアが目標を見失っている事を上空で確認する。
『漆式抜刀術・鳴神』
完全に真上が無防備なブリザードベアは、鳴神による神速降下攻撃をまともに頭部へ直撃する。
「ヴァ!?」
頭部は完全に両断、身体の方も半分近くが切断した事により、ブリザードベアは短く声を上げて絶命する。
そして、ブリザードベアから流れる血が純白の雪原を赤く染めていく。
俺は血振りをした後、夜月を鞘へ納める。
その後は、スノーウルフの時と同じで素材収集の作業が始まる。
ブリザードベアを解体すると、雪熊肉と雪熊の毛皮が手に入る。
しかし、今回は雪熊肉だけを回収しようと思う。
雪熊の毛皮は、重量が非常に重く鉱石やインゴット並みに重い。
解体で手に入る雪熊肉だけでも結構重いのに毛皮まで回収しようものなら、恐らく所持限界量を軽く超えてしまう。
今回の解体で出てきたアイテムは以下の通りだ。
雪熊肉(大)×3、雪熊肉(小)×2、雪熊の毛皮(大)×2、雪熊の毛皮(小)×3
この内、雪熊肉(大)(小)の両方を回収し、毛皮はそのままにしておく。
俺が回収作業を終えるとブリザードベアの死体は消滅し、ブリザードベアだった白骨死体が出現しその近くに雪熊の毛皮がドロップする。
E/Oでは基本的に倒された瞬間、そのキャラが一瞬で霧散するという事はなく必ず死体が残る。
解体されると直後に白骨死体へと変わり、その後ゲーム内時間10日ほどその場に残る。
この状態になると、倒した方の痕跡が残る仕様となっている。
つまり、匂いと足跡がその場に残るのだ。
匂いの方はゲーム内時間1日で消滅するが足跡の方は痕跡を消さない限り10日丸まる残る事になる。
『追跡』のスキルレベルが高いと、痕跡主のレベルや使用武器やスキル構成なども分ってしまう。
プレイヤーやNPC(人型Mobも含む)はMobとは違い、HPが0になった時点では死体にはならず俗に言う瀕死状態になる。
ただし、そこが蘇生が可能な場所であった場合となる。
瀕死状態中は、身動きが取れないだけである。
そこでHP・SP・MP全てのゲージが半分まで回復すると軽いデスペナルティと共に復活する。
軽いと言っても非常に危険な状態で、まともに動けず這う事でしか移動する事が出来ない。
そして、その状態のままでHPがMAXまで回復するとやっとまともに動く事が出来る。
と、ここまでは”止め”をされなかった場合の話だった訳だが…。
プレイヤーやNPCは、瀕死状態から”止め”をされる事で死亡する。
また、人としての形を保てない程の傷を負った場合は”止め”をされずとも死亡する。
まぁ、”止め”をされた場合の救済措置もいくつかあるのだが、ここでは省こう。
まだE/Oでは実装されていないPKシステムだが、恐らくはUO2と同じ仕様の筈なので間違いないと思う。
この”止め”は、プレイヤー対プレイヤー、プレイヤー対NPCに適用されているシステムだ。
要するに”止め”をされない限り、殺人カウントが入らないと言う事だ。
何故こういうシステムがあるのかというと、武闘会などの公式PvPの為でもあり、安易な殺人を抑制する為でもある。
また…、これもE/Oでは実装されていないが…賞金首システムにも関連している。
対象が生存か死亡かで賞金が変わる場合があるからだ。
ぶっちゃけ、システムなしでプレイヤーだけでの裁量で生け捕りなどほぼ不可能だからだろう。
とまぁ、御託を並べた訳だが、要するにプレイヤーとNPCは”止め”をされる事で死亡する。
一般的なMMORPGの死亡は、E/Oでいう瀕死状態なのだ。
この状態の時のみ”回復するまでその場に留まる”か”復活地点まで戻る”かの選択がある訳だ。
しかし、死亡すると戦闘不能からの復活が不可能でキャラクターの明確な死となり、殺されたプレイヤーは、子供キャラでプレイする事になる。
所謂、時代移行とは別の世代交代という訳だ。
で、死亡したキャラはというと、殺された時点からリアル時間3日は死体としてその場に留まる。
1日目までは、そのままの状態だが2日目からは白骨化する。
装備品やアイテムをルート(強奪)されなければ、そのままだが…されるとその分だけ見た目が変わる。
Mobでいう解体と同じという訳だ。
ちなみに何で3日つまりゲーム内時間1ヶ月も死体が残るかと言うと…それは”追跡者”の為にあると言う事だ。
死体自体が殺人者のその後の行動やらの個人の特定の証拠で対Mobと違い、『追跡』のスキルレベルが高いと個人の特定まで可能という事だ。
さて、吹雪が止むまで一眠りするかな。




