第30話・第一村人に遭遇
ネフィリムになった時の様に俺は身体を前に少し傾けると同時に黒い翼の下部辺りから新たな翼が現れる。
見た目はグレゴリの翼と同様のものだ。
言うならば今俺の身体には天使のような黒い翼と悪魔のような黒い翼が一対ずつ生えているという事だ。
それ以外に見た目の変化はない。
強いて言えば視界が赤み掛かっているというところだが、これが何を意味しているのか分らない。
俺は上を見上げる。
上空にはやっと吹き飛んだ左腕を再生させたベルフェゴールがいた。
そして、初めてベルフェゴールから恐怖という感情を読み取れる程強張らせていた。
取り合えず、ベルフェゴールと同じ土台に立つ為に上空へ飛ぶ。
だが、ここで驚くべき事が起きる。
俺は《縮地法》を使った覚えがないにも関わらず一瞬でベルフェゴールと同じ高度にまで上がっていた。
気持ちの上では、戦闘機動の様に光速で飛んだつもりはない。
「ぶほ……」
「………」
俺とベルフェゴールは無言のまま構え何時でも戦闘に入れる準備をする。
もうお互い言葉はいらない。
ベルフェゴールに関しては左腕を斬り飛ばされてから表情に余裕はすでに消え失せていた。
そして…俺達の間を横切る様に強風が吹くと同時に俺達は飛び出した。
そこで俺は異変に気付く。
俺以外の時間がゆっくりと動いている様に感じられた。
ベルフェゴールがゆっくり振りかぶっているタイミングで俺は彼の懐に入り込んでいた。
確認の為にベルフェゴールの顔に視線を移す。
分厚い頬肉に阻まれはっきりと分らないが、ベルフェゴールは俺が懐に入った事をまだ反応出来ていないようだった。
『壱式抜刀術・凪』
無防備なベルフェゴールの懐に斬り付ける。
確かな手応えを感じ、そのまま懐から抜けて十分な距離が取れた所で翻る。
ベルフェゴールは、まともに攻撃を受けてしまい失速し落下していく。
が、地面には落ちず少し高度を下げた所で留まる。
やはりと言うべきか、あれだけ諸に攻撃を受けたが巨体故にクリティカルとはいかなかったようだ。
肉の壁…予想以上に手ごわい。
しかも、ベルフェゴールは俺と同じように覚醒状態である。
傷の再生速度が異常と言える程速い。
深い傷だった筈なのに、すでに引っ掻き傷程度にまで回復していた。
「単発じゃ駄目か…」
そう言えば、《縮地法》は地上でしか使えないが、《急制動》は空中で使えるのだろうか…。
まぁ、2対の翼のお陰で《縮地法》以上のスピードがあるのでその辺の心配はしない。
その上で《急制動》を使う事が出来れば、地上と同様の変態機動を取る事が出来る。
物は試しだ。
《急制動》を交えた連続攻撃をしてみよう。
ベルフェゴールが傷を完全に癒す前に俺は行動に出る。
まずは、一瞬で懐に飛び込む『壱式抜刀術・凪』で先ほどと同じ所を斬り付けそのまま抜ける。
ここで《急制動》、ピタッと俺の身体は急停止する。
斬り抜けた後すぐに使ったという感覚であったが、ベルフェゴールから大分離れていた。
タイミングを計るのが難しそうだ。
俺はすぐさまベルフェゴールの懐に飛び込み、『肆式抜刀術・旋風』で右腹から背中に向けて回り込む様に斬り抜けていく。
足が地に着いていないというのは案外難しい、
『肆式抜刀術・旋風』の回転力を制動出来ず、まるでヘリコプターの様に若干上に上昇しながらベルフェゴールから離れていく。
しかし、《急制動》を使う事によって飛行速度と同時に回転力を急制動させる事に成功する。
そして、今度はベルフェゴールの足元へ飛び込み『弐式抜刀術・朧』で斬り上げそのまま真上に抜け《急制動》で止まる。
ベルフェゴールはホバリングを維持している様だが、戦斧を持った右腕はダラリと下がり身動き一つしていない。
余計な行動をせずに身体が再生するのを待っている…様に見えるかもしれないが、一連の攻撃は数秒の出来事だ。
彼としては一瞬で体中に傷が出来た感覚だろう。
そして、今のベルフェゴールはあまりにも無防備だ。
すっかり忘れていたが、ネフィリムになった事でHP・SP・MPがカンストにまで膨れ上がっている。
まぁ、これはネフィリムに限っての事ではなく、恐らくはセレスティアとセラフィムも同様であると思う。
つまり、何を言いたいかと言うヒューマ時SPが足らなくて断念していた秋月夢想流の上位技を好きなだけ使えるという事だ。
そして、俺は秋月夢想流の秘奥義である『絶技・他化自在天』を使ってみたい衝動に駆られる。
ヒューマとしてのアキラが使えるのはまだまだ先になる。
ヒューマ時の現最大SPの3倍ほど消費するこの技は、師匠が使っているのを一度見ただけで自分では使用した事がない。
しかも、師匠が繰り出したのは地上バージョンで空中だとどういう技に変貌するのか分らない。
うん、使うのは今しかない。
俺が速すぎる為時間がゆっくり流れている様に見える今…ベルフェゴールの傷もいつもよりゆっくりと再生しているように見えた。
完全に再生しては意味がないので、俺は鞘に納めている夜月に手を添え攻撃態勢に入る。
とは言え、初めて出す技なので失敗する可能性もないとも言い切れない。
まぁ、初動さえちゃんとトレースしていれば間違いなく発動するので問題ないのだが心配になる。
で、肝心の『絶技・他化自在天』なのだが、今までの様に懐に飛び込んで使う技ではない。
どちらかと言うとある程度離れていないと使えない技だ。
そして、もう1つ心配事がある。
『絶技・他化自在天』の機動は人間としての限界を超えていて、実際に見える風景がどのようになるのか想像したくても出来ないのだ。
師匠が繰り出すのを傍から見ただけでもどのように動いているのかさっぱり分らなかった。
俺は深呼吸し――――『絶技・他化自在天』――――!!
ベルフェゴールを囲むように俺の分身15体が現れ俺と合わせて16人となる。。
15体の分身が現れた事で能力が16分の1になったのかどうかは分らない。
そして、16人の俺は微妙な時間差の光速機動でベルフェゴールへ飛び込んでいく。
1度の攻撃自体は『壱式抜刀術・凪』とほぼ同じと言うか同じモーションで斬り付ける。
ただし、16方向からほぼ同時に『壱式抜刀術・凪』が繰り出される。
そして、ベルフェゴールを斬り反対側に飛び抜けた後、急旋回と共にもう一度『壱式抜刀術・凪』で斬り付ける。
2回目の攻撃で元に位置に戻ったと言う訳ではなく、先ほどよりも下方に戻り、また先ほどと同じ攻撃を繰り返す。
これを計16回繰り返すと俺が辿った軌道がベルフェゴールを中心に丁度球体になるようになっていた。
要するに一瞬で32回別角度からの攻撃をベルフェゴールは喰らった事になる。
全ての攻撃が終わると15体の分身は俺に重なるように消えて行った。
そして、『絶技・他化自在天』をまともに全て喰らったベルフェゴールは、人の形を成しておらず正に肉塊へ解体されていた。
しかし、これで勝った訳ではない。
覚醒状態のグレゴリはこの程度で死にはしない。
実際、すでに再生が始まっている。
確実に心臓を消滅させないと何度も再生するという設定があった筈だ。
つまり、一欠けらでも心臓が残っていると再生するのだ。
とは言え、プレイヤーキャラのグレゴリもその設定が適用されているのかは知らない。
なので、俺は夜月を鞘に納め『封神具召喚』を使いパニッシャーを召喚した。
異次元から取り出したパニッシャーを格納した時の状態で出てきた。
どうも、異次元内は時間が止まっているようだな。
『ディバイン・パニッシャー砲撃モードへ移行』
左手に持ったパニッシャーの後部が開く。
俺はそこに右手に持ったパニッシャーの砲身を差込み、左のパニッシャーを時計回りに捻る。
カチッと軽い音がした後、ガチャガチャと重い接続音が聞こえ完全に2つのパニッシャーは固定される。
左手のパニッシャーは、トリガーがなくなりグリップからフォアグリップに変化する。
攻撃は右手のパニッシャーもとい後部のパニッシャーのトリガーで行うという事だな。
最後に前部の砲身が延長し、全ての形状変化が終了した。
それと同時にフラッシュサプレッサーもどきの部分からリングのエフェクトが出現し、そこから生える様に4対の天使の翼の様なエフェクトが出る。
どうもこのリングがサイトの役割をしている様で、絶賛再生中のベルフェゴールだった肉塊をリング内に入る様に収める。
そして、右手のトリガーを引く。
案の定、引いただけでは発射されず4基の魔導エンジンの回転が加速していく。
最高出力になるまで少々時間が掛かるらしく、ベルフェゴールだった肉塊は重力に引かれる様に落下していく。
誰かを巻き込む可能性があるので、地面に向けて撃ちたくないんだよな…。
俺は仕方なく肉塊が上に来る様に高度を下げながら最高出力になるまで待つ。
待つ事数秒…俺としては十数秒待った感覚だったが、城の上空100mぐらいになった時やっとトリガーを放す状態になる。
俺は肉塊がちゃんとリングに収まっているのを確認すると、トリガーを放した。
ディバイン・パニッシャーから解き放たれた莫大な魔法エネルギーは、ベルフェゴールを跡形もなく消し去った後、上空の雲海を穿ち大きな穴を空ける。
穿った後、数十秒は解き放ち続けていた上にパニッシャー後部からのバックファイアが城の瓦礫やら城壁の一部やらを吹き飛ばし大きな窪みを作っていた。
…バックファイアでも人殺せるんじゃないのか?と思うほどの威力だ。
パニッシャーの砲撃が収まり砲撃モードを解除したとほぼ同時に運営からのメッセージがボイスと文字で再生された。
それとは別にオラクルクエストの終了を知らせるいつもの電子音がなった。
これで俺の長い長いチュートリアルは終了したという事だ。
《ゴリアテ王国にて魔王ベルフェゴールが討伐されました》
《これによりクローズβは終了、オープンβへと移行します》
《また、魔王討伐特典として全プレイヤーを対象とし以下のシステムを実装したします》
《五感の実装、マイホームの解禁、闘技場の解禁、賭博の解禁》
《詳しくは公式サイトをご覧下さい。それでは引き続きプレイをお楽しみ下さい》
「痛っ」
メッセージが終わったと同時に全身に痛みが走る。
何がなんだか分らない。
いや、1つだけ思い当たる節がある。
それは、この赤み掛かった視界だ。
覚醒状態にしてからずっとこの視界が続いていた。
視界が赤くなるのはダメージを受けた時に起こるエフェクトのようなものだ。
ダメージが受けた時に一瞬赤くなる、持続ダメージは点滅もしくは常時赤く染まる。
つまりだ。
ネフィリムで覚醒すると常に持続ダメージを喰らっている状態になるという事だ。
しかし、実際には自然治癒量と再生速度の方が高いのでダメージは受けず痛みだけは走るという事になる。
兎にも角にも俺は覚醒状態を解くと、先ほどまで走っていた痛みがウソの様に消えていった。
「ふぅ、やっと終わった…」
痛みが消えた事で俺はやっと落ち着く事が出来る。
俺はパニッシャーの限定解除を解き、元のデリンジャー形態に戻しゆっくりと高度を下げていった。
そして、俺は降り立つ直前、着地地点に人が立っている事に気付く。
ゴツイ身体つきだけど、胸があるし女性かな?
何故か上を見ながら惚けている。
うん、見た事のない顔だ。
グレゴリではないな。
囚人だろうか…対戦していない囚人は結構いたからな。
俺は着地すると同時に《義体》を使用してヒューマに戻る。
視線を向けると着地地点にいた女性は間抜けな表情で俺を凝視していた。
「誰?」
俺は首を傾げながら聞く。
「はぁ?はぁああああああああ!?」
閑話part4も同時に投稿しました
これを読んだ後に読む事をお勧めします
まぁ、大した話ではないですが…




