第28話・いきなり飛べと言われても無理です
「ぶほぉぉぉぉおおがががっ!!」
見てて痛々しい程、ベルフェゴールは椅子と格闘をしている。
はじめはイラッとしたが、今は哀れみさえ感じ始めている。
た、助けてやろうかな……いやいや、待て俺。
「はぁはぁ、こ、こうなったら…仕方がない。奥の手で…」
「え?」
戦う前から奥の手を出すとか正気か?
このぶ…ベルフェゴールは…。
ベルフェゴールは、”覚醒”をする為に前屈みになる。
ただし、俺から見れば前屈みをしているようには見えていない。
腹の肉が邪魔して前屈みにはならず、辛うじて少しだけ背中を丸めているように見える。
身体を丸めるのに全神経を投入しているベルフェゴールは、至る所で血管が浮き出ている。
「大変だね…」
思わず声を出してしまったが、当然ベルフェゴールには聞こえていない。
前屈みになったベルフェゴールの肩甲骨辺りが盛り上がり漆黒の翼が現れる。
流石、巨体だけあって現れた翼も巨大である。
そして、ベルフェゴールはもう一度力を入れ椅子からの脱出を試みた。
ベルフェゴールは、立ち上がる為に椅子の肘置きに手を置くと石の椅子は握力に負け所々ヒビが入る。
さらに石のタイルに窪みが出来るほど足を踏ん張り、背中の翼を大きく羽ばたかせる。
ぶっちゃけ、これで出れなかったらもう無理だろうな。
その時は引導を渡してやろう。
「ぶほぁああああ!!」
”スポン”という音が似合いそうな勢いでベルフェゴールと椅子から解き放たれる。
そして、その勢いのまま穴だらけとなった闘技場の屋根に突っ込み天井の3分の2が崩れる。
「はぁはぁはぁ、ま、待たせたのう」
「うん、待った」
「ぶほ、正直な奴だの」
クエスト確認と…。
★メインクエスト『魔王の討伐Ⅱ』
【内容】
『魔王側近の討伐』クリアおめでとうございます。
これよりメインクエスト『魔王の討伐Ⅱ』を開始します。
魔王ベルフェゴールを倒し、ゴリアテ王国に平和を取り戻してください。
尚、『魔王の討伐Ⅱ』では、魔王が覚醒を使用しますので注意して下さい。
【報酬】
ゴリアテ王国の解放。
二つ名『ゴリアテの英雄』獲得。
五感の解禁(全プレイヤー対象)
マイホーム解禁(全プレイヤー対象)
闘技場解禁(全プレイヤー対象)
賭博システム解禁(全プレイヤー対象)
※魔王討伐の最初だった場合、オープンβへ以降。
ん、気になる項目がいくつかあるな…。
気になるが…戦闘開始まで僅かしかない。
「では、始めるかの…。と、その前に」
ベルフェゴールは、俺には聞こえない小さな声で何かを呟く。
小さな魔法陣が見えたので何かを詠唱しているのだろう。
もし、あれが魔術だとしても魔法陣の大きさから警戒しなくても良さそうだ。
ベルフェゴールが何かの魔法を詠唱し終わると、俺の首にあった拘束首輪が外れ地面に落ちる。
「それがあっては対等ではないからの」
首輪があったのを忘れていた。
確かにこれがあっては『義体』の解除が無理だ。
変に律儀な奴で助かった。
それではお言葉に甘えて…『義体』…解除。
心の中で俺がそう呟くと、グレゴリと同じように俺の肩甲骨辺りが盛り上がり、唯一の防具である”綺麗な布”を突き破り天使の翼の様な黒い翼が現れる。
それだけではない。
髪の色が薄い赤から漆黒に染まる。
ちなみに、元ネタが天使だからと言って、頭の上にはワッカはない。
何もかも黒ずくめとなって何とも禍々しい姿になったのだが、唯一の防具を失いインナーだけになった俺は丸で………痴女である。
ベルフェゴール以外誰もいなくて良かった。
『封神具・パニッシャー最終申請』
『…承認…』
『封神具形態変化解除、第三から第四を解除』
『…承認…』
何とか元の形の面影が残っていたパニッシャーであったが、第三から第四の解除によって銃身が伸び銃口が1つに纏められる。
そして、アイアンサイトだったのが、レッドドットサイトのような電子的なサイトが姿を現す。
また、身体とは反対側になる外装部分に排熱口のような物…排魔口と言うべきか…が現れる。
無駄に神々しさが増しているような気がする。
何と言うか、ファンタジックというより近未来的なデザインである。
『パニッシャー性能更新・第三から第四を更新』
『…許可…』
魔導エンジンと魔法陣が1セット追加され、元からあった魔導エンジンとは逆の向きに回転しだす。
外装部分に出来た排魔口から十字架のようなエフェクトが混ざった魔力が微量放出される。
これで『ディバイン・パニッシャー』形態へ完了したようだ。
「こちらこそ、お待たせ」
「うぬ。では、始めようかの」
俺の態勢が完了するまでの間、自分の得物を取って待っていたようだ。
ベルフェゴールの得物は、彼の巨体が小さく見えてしまう程の巨大な戦斧が2本左右に握られていた。
グレゴリらしく禍々しい装飾が施されている。
斧の刃には、血の跡が黒いシミとなって付いており元々から黒かったのではと錯覚してしまう程だ。
ベルフェゴールは、巨体や巨大戦斧を物ともしないように軽く飛び上がりホバリングする。
俺も空中に飛び…方を知らないではないか。
どうする俺…。
「ぶほ?」
どうやって翼を動かすんだ?
俺は背中の翼に神経を集中させる。
少し”ピクッ”と動いたような気がする。
っと、前を見直すと2本の戦斧を振りかぶり高速で突撃して来る肉の塊…もといベルフェゴールが来ていた。
《縮地法》
背中に集中していた為、反応に遅れたが《縮地法》を使って避ける。
それとほぼ同時に俺が元いた場所にベルフェゴールの攻撃が降り注ぎ、耳を劈く様な爆音と爆煙が舞い上がる。
少し遅れて闘技場の壁が”ガラガラ”と崩れ落ちる音がした。
何という威力だろうか…。
パニッシャーの威力は置いておくとして、単純な物理攻撃でここまでの破壊力は凄い。
「もしかして、飛び方が分らぬのか?」
「………」
「流石にそこまで待ってられぬぞ」
「………」
まぁ、しばらく逃げながら飛び方を模索する事にしよう。
◆◆◆
ベルフェゴールの攻撃はまるで暴風だ。
《縮地法》を使いながら何とか避けてはいるが、掠るだけで風圧に飛ばされる。
しかし、《結界重膜》のお陰で傷一つ付く事はない…が、衝撃は伝わってくる。
それと飛び方の方だが何となく分ってきたところだ。
今は、《縮地法》と微妙に動かせるようになった翼を合わせて使っている。
もう風圧による影響はない。
それに合わせるかのように闘技場の壁や床はその役割を果たせなくなってきている。
壁はもうほとんどなく、隣の部屋も無茶苦茶な有様だ。
床も穴だらけでパニッシャーで空けた穴と合わせると階下が丸見えだ。
それで少々気になったのだが、俺とスロゥスそしてベルフェゴールと戦っている間、城内で何かが起こっているようだ。
非常に小さくではあるが、金属と金属がぶつかる音…即ち戦闘しているような音が聞こえる。
攻略組やガチムチBBAの人が『魔王城の攻略』を進めているのだろうか…。
まぁ、どちらにせよ。今はこちらの方へ集中しないとな。
っと、ヤバ…。
ベルフェゴールが俺の真上で2本の戦斧を振り上げている。
ちょっと、隙を見せすぎたかも…。
そして、ベルフェゴールは丸で隕石のように落下してくる。
俺は、《縮地法》と大分理解した翼による移動で難なく避け、そのまま空中へ飛び立つ。
まだまだぎこちない部分はあるが、飛ぶのはもう大丈夫そうだ。
先ほどのベルフェゴールによる攻撃で闘技場の床は完全に崩落し、ここからは完全な空中戦となる。
「ぶほほ、漸く準備が出来たようだの」
「まぁね」
俺は、ディバイン・パニッシャー(※以下パニッシャー)のトリガーを引く。
2基の魔導エンジンはそれぞれ逆に回転していく。
そして、2基が接触している所で”バチバチ”と魔力の火花が散る。
何か強力そうな雰囲気が醸し出されているな。
「ぶほ…」
俺は2丁のパニッシャーを構え迎撃の準備をする。
ベルフェゴールは、(肉で隠れて見えないが)ニヤリとし再び2本の戦斧を構え一際大きく翼を羽ばたかせ突撃してくる。
俺は、パニッシャーのトリガーを放し迎え撃つ。
最終形態になった事でパニッシャーの攻撃は光弾からビ○ムライフルの様な線状の攻撃になる。
しかし、ベルフェゴールはパニッシャーの攻撃を難なく避け、さらに加速する。
俺は避けられた瞬間、上方へ飛び逃げる。
ベルフェゴールは予想していたかの様に追ってくる。
闘技場の天井で頭打ちし俺はパニッシャーを交互に重ね防御の態勢に入る。
それとほぼ同時にベルフェゴールの戦斧がパニッシャーとかち合い劈く様な金属音が鳴り響く。
ベルフェゴールの攻撃を防ぐ事に成功した俺だが、翼の力が肉塊の勢いを受け止めきれず上方へと天井を崩落させながら吹き飛ばされる。
そして、俺とベルフェゴールは魔王城の上へと飛び出した。
その下では闘技場から上の階が崩落して行き瓦礫となる。
何とか闘技場から下の階は崩落から逃れたが、もう城としての役割は果たせそうにない。
「ぶほ…こんなに楽しいのは久々だの」
ベルフェゴールは仕切りなおしと再び構えなおした。
クエストの内容の解説は次話にします。




