第24話・ぼっちじゃないからな
大歓声…今までこれほど大きな歓声はあっただろうか。
今や俺はランク1ではなく立派な高ランク囚人だ。
そして、相手は闘技場に参加している囚人の中で最強の男かつ獣化が出来るというオマケつき。
ハイアやヴェルの話によると俺も獣人も観客に歓迎されていない。
どちらかというと両者共倒れする事をお望みのようだ。
特に俺が♀アバターという事もあり、それが顕著に現れている。
大歓声の中には当然野次が混ざっている訳だが、その野次はほとんど俺に向けられているように思える。
聞こえてくる野次は聞くに堪えないものばかりで、大体が「殺せ」「犯せ」だ。
「また、貴様とやるはめになるとはな」
「それはこっちの台詞…」
「貴様を殺した後、スロゥスの奴をぶち殺す」
「それもこっちの台詞…」
「「くくく」」
お互い喉を鳴らしながら笑う。
久々に笑ったような気がする。
当然、ゲームの中でね…。
そう言えば、初戦の時のような切羽詰まった感が奴にはないな。
「さて、そろそろか…」
一瞬、獣人の大胸筋が盛り上がったと思ったら、全身の筋肉が震えだしどんどん盛り上がっていく。
体格がはじめの1.5倍ほどになったかと思えば全身が毛に覆われて、それと同時に人間の顔がだんだんと虎のような獣の骨格に変わっていく。
口からは大きく鋭い歯が剥き出しになっていき、涎がダラダラと溢れだして行く。
最終的に、獣人の身体は人間だった頃より2倍ほど大きくなり手に持っていたハルバートがハチェットになっているような錯覚に陥るほどだった。
《ガルルルルゥゥゥ》
これは恐い…。
動物園で虎の檻の中に投げ込まれた感覚に陥る。
多分、こんな気持ちなんだろう。
獣化には、身体能力の向上以外に自然治癒能力の向上と凶暴化がある。
今の獣人には理性がない状態で流派の技が一切使えなくなっている。
ただし、通常攻撃の攻撃力がかなり強化されている筈だ。
簡単に言えば、攻撃が単調になった変わりに超強化されているという事だな。
《ウワオォォォォォン…》
彼が一吼えするだけで、俺の身体が硬直する。
そして、手と足が微妙に震える。
武者震いなんてもものじゃない、ただ単に恐くて震えているだけだ。
俺は震える身体を何とか動かし、左手で鞘を掴み右手で柄に添える。
そして、腰を落とし恐怖で固まっている身体を何とか戦闘態勢へと持って行く。
――そして、開始の鐘がなる。
《縮地h―》
《ウワオオオオオォォォォォォォォン!!》
開始と同時に《縮地法》で距離を縮め一太刀浴びせるという俺の作戦は獣人の一吼えで完全に防がれる。
同じように聞こえるが、開始前の一吼えとは全く違う種類の一吼えで大気が振動した錯覚と耳を劈く程の音量だ。
恐らく、純粋な戦闘スキルの一種だろう。
それがノーマルスキルなのか獣化に付随するスキルなのかは分らないが、俺の身体は恐怖による硬直ではなくシステム的に身体が硬直していた。
「クッ…」
《グルアアアァァ》
硬直して動けない俺に対して容赦のない攻撃に獣人は出る。
俺よりも2回り3回りと大きな身体が迫ってくるこの恐怖はヤバイ。
しかも、獣人との距離2mになっても硬直して今だに動く事が出来ない。
この攻撃直撃したら瀕死になるんじゃないのか?
流石に開始早々瀕死はマズイ。
俺は硬直が解けるのをまだかまだかと待ち続ける。
そして、獣人が振るうハルバートの横薙ぎが俺を払い切ろうとする直前に身体の硬直が解ける。
俺は空かさず《縮地法》を用いたバックステップで間一髪避ける事に成功する。
が、俺の唯一の防具?である綺麗な布が横一線斬られ胸辺りがずり下がる。
まぁ、胸辺りを斬られたところで絶対破壊される事のないインナー装備があるので肌が露わになる事はない。
それに布如き斬られたところで命が失う訳ではないので全然気にするところではない。
少し気になる事と言えば布が斬られた後に「犯せ」という野次が一層増した気がするのは気のせいだと思いたい。
《フゥフゥ…》
攻撃は避けられたというのに獣人は意に反さず、荒い息を吐きながら獲物である俺を睨み続ける。
俺も獣人へ睨み返し抜刀術の構えで再び攻撃態勢に入る。
《グルアアァ》
獣人が短く一吼えした後、予備動作が全くないジャンプをする。
スピード慣れしている筈の俺の目でもその動作をはっきりと確認する事は出来なかった。
そして、獣人のジャンプは人形態だった頃とは比べ物にならないぐらい軽々と15mは超えているのではないかと思うほどのジャンプだった。
確かにこれだけのジャップ攻撃だとさぞかし強力だろうとは思う。
けど、それだけ高いと攻撃までの時間も掛かるという事だ。
何が言いたいかと言うとカウンターをするチャンスがあるという事だ。
流派スキル補正によりジャンプ力には少々自身がある。
多俺は獣人のジャンプの頂点になる直前にジャンプをして迎え撃つ準備を行う。
獣人がハルバートを後ろに反らし攻撃を繰り出す準備をする。
『弐式抜刀術・朧』
丁度振り下ろされたハルバートと夜月の刀身が交差する。
”パァン”
光属性のエフェクトが綺麗な弧を描き交差した所で光が乾いた音と共に拡散する。
エフェクトにはダメージ付与や状態異常付与などはされていない。
しかし、光を直視してしまった獣人は、光が目に焼きつき視界を失い落下する。
《グガッ!?》
直接ダメージを与える事がなかったとは言え、落下ダメージを多少なりとも与えたと思われる。
まぁ、残念な事に自然治癒が高い状態の今では大した効果ではないだろう。
数秒目頭を押さえていたが、すぐさま回復し先ほど以上の敵意を向けられている。
俺が構えなおすタイミングとほぼ同時に獣人は再び攻撃に転ずる。
今度は吼えなかったところを見ると、あの一吼えには長いディレイタイムもしくは戦闘開始時にはしか使えない制約でもあるのだろう。
獣人の振るうハルバートの攻撃速度は獣人前の時と比べ物にならないぐらいの速度だが、理性の欠片もない単純な攻撃なので回避を容易だ。
それに抜刀術で鍛えられた視力は伊達ではない。
獣人は、横薙ぎ⇒袈裟斬り⇒逆袈裟斬り⇒横薙ぎと基本技を滅茶苦茶に何度も振り回す。
《回避》上げには持ってこいの状況だが、持久戦に持ち込む気は更々ない。
《縮地法》
まずは、《縮地法》を用いたバックステップ。
《急制動》
ハルバートの有効範囲から離れたらすぐに《急制動》で止まる。
俺が攻撃範囲から外れた事から獣人の攻撃が一瞬止む。
《縮地法》
その隙を俺は狙い、《縮地法》で獣人の懐へ潜り込んむ。
『伍式抜刀術・飯綱』
懐に入った俺は、獣人の鳩尾付近に夜月の柄頭を打ち込む。
完全に無防備となった獣人に対しての攻撃は、股間へ強烈にめり込む。
ちなみに、狙って鳩尾に打ち込んだ訳ではなく、体格の差により股間がもっとも当て易かった。
《ギッ…ギャアアア》
獣人は腹を押さえ込み一歩二歩を下がり膝を付く。
秋月夢想流の中で一番使い勝手が良いんじゃないかと思うのは気のせいだろうか。
《縮地法》
『参式抜刀術・顎門』
獣人が跪いている間に出来るだけ多くのダメージを与える為に俺は追撃する。
”ヴォワッ”
”ピコン”
空気の壁に押される形で獣人は後方によろけた後に倒れる。
一度の攻撃で数度切り刻みその上で相手を吹き飛ばすこの技は、腕力及び体格で負けている俺にとっては都合が良い。
流石に獣化した獣人と言えど、一連の攻撃で結構なダメージが入ったようだ。
とは言え、そう言っている間に見る見ると傷口が塞がっていっているのは見ていない事にしたい。
そう言えば、『顎門』が出終わった後に電子音がなった気がするが何だろう。
戦闘中なので確かめられないが非常に気になるところだが、大方、運営からのお知らせメールだろう。
何てったって俺にはE/O内のフレンドがいないからメールなんて運営以外から来る筈がない。
………寂しくないからな。本当、いやまじで…。
まぁ、それ以外であったとすればクエストの更新だな。
クエストが連続で続く場合は、クエストの更新が行われる。
デフォルトの設定だとクエストの更新で電子音が鳴るようになっている。
とは言え、チュートリアルクエストの更新とは思えない。
少なくとも、この獣人に勝たない事にはクエストの更新はない筈だ。
ちなみにチュートリアルクエストは、闘技場で優勝…つまりこの戦闘に勝利すると完了する事になっている。
そして、そのままメインクエスト『魔王側近の討伐』『魔王の討伐』へと流れ込んでしまう…と思われる。
ヒューマ♀ガチムチBBAの人がメインクエストの『魔域偵察』とかをすっ飛ばしたように、俺も『魔王側近の討伐』以前のクエストをすっ飛ばすと思われる。
嗚呼、気になる…気になるが…もう、獣人が起き上がってしまった。
アキラはぼっちではありません
ただ、プレイヤーと会っていないだけです
決して、フレンドとの冒険を満喫しているアヤカが羨ましいなんて思ってはいません。ええ、そうですとも…
『獣化』
・見た目変化&体格巨大化
・身体能力の大幅強化
・自然治癒能力大幅強化
・戦闘開始時『威圧』発動
・PC及びNPCとの会話不可能
・敵味方判別不可能
・通常技の大幅強化
・近接系パッシブスキルの大幅強化
・流派技及びアクティブスキル使用不可能




