第17話・負けられない理由Ⅰ
※会話内容の一部にもしかしたら不快に思われる表現が含まれているかもしれません。直接的な表現は避けていますがご了承下さい。
さて、今日は念願の《流派》を得るか否かを決める大事な日だ。
準備はすでに終わっている。
後はログインし闘技場に向かうだけだ。
ログインする前だというのに手に汗が滲み出ている。
俺は深呼吸しHMGを起動させVR空間にダイブした。
思わず『百ちゃんねる』に手が伸びそうになったが自重した。
「ログイン」
俺はE/Oのアイコンをタッチして起動させ音声入力でログインする。
ログインするといつもの牢屋にいた。
ハイアとヴェルはまだ来ていない。
右下に意識を向けると、ゲーム内時刻とリアル時刻が表示される。
ゲーム内時間で言うと今は午前9時過ぎといった所だ。
午前中の死合が始まったばかりといった感じか…。
「お、目が覚めたか?」
ヴェルがやって来た。
ハイアは例の如くまだ来ていない。
「ん、ハイアか?もうすぐ来ると思うぜ」
俺は無言で頷く。
「何だ…。緊張してるのかよ」
「まぁ…ね」
「ぉ、ハイアが来たぜ」
左の方からハイアが少し駆け足でやってくる。
「早速だが準備してくれ。急遽、次の試合に決まった」
「相手はどいつなんだ?」
うむ、それが肝心だ。
「相手は囚人26号。ヒューマの男だ」
「奴か…。あいつ嫌いなんだよなぁ」
「番号がアキラに近いが、元傭兵…いや、現役の傭兵だ。気を付けろ」
「今の所一度も負けてねぇ上にスロゥスの野郎に気に入れられている。
囚人の癖に滅茶苦茶偉そうな態度取りやがってムカツクぜ」
要約すると、最近投獄されたばかりの現役傭兵のヒューマ♂。
ベルフェゴール城No2のスロゥスに気に入れられたばかりに看守に対して偉そうな態度を取ると言う事か…。
ランクは恐らく俺よりも1つ上のランク4で負けはなくストレート勝ち進んでいる…か。
これだけでは肝心の強さが曖昧過ぎて分らないな。
ま、今更どうしようもないか。
相手がいくら強くても《流派》を得る為には絶対に勝たないといけない。
それだけは間違いはない。
俺は、牢屋の奥に立て掛けていたサムライソードを手に取る。
後は己に気合を入れて……準備完了だ。
”パンッ”
俺は両頬を力限り叩いて気合を入れる。
……そう言えば、痛覚がなかったのを忘れていた。
「気合入ったか?」
「では、行くとしようか」
俺は闘技場に着くまで自己暗示を掛ける様に心の中で「絶対に勝てる」と繰り返した。
◆◆◆
闘技場に着くと丁度前の死合が終わった所だった。
「丁度終わったか…小休憩5分が終わればアキラの出番だ。頑張れよ」
「絶対負けるんじゃねぇぞ」
「うん」
俺は力強く頷く。
視線をリングの反対側に目を向けると大柄の男が俺の方を睨んでいた。
あれが対戦相手だろうか…。
それにしてもランクが1つ違うだけなのにここまで装備の差があるとは思わなかった。
まずは、大柄な彼とほぼ同じ長さの大剣が真っ先に目に入る。
そして、次に目に入るのが鎧だ。
それほど良い物という訳ではないが今までの対戦相手の事を考えると異例と言える。
ただ、全身鎧でなかったのが責めての救いか…。
《秋月夢想流居合剣術》には《斬鉄》のスキルが付いていないので、もし全身鎧だった場合は勝つのが絶望的になる。
鎧で覆われている場所は、一般的にいう急所のみだ。
心臓部分と股間部分が鎧に覆われている。額にも鉢金が巻かれている。
心臓狙いは無理そうだが、額はともかく首に何も防具はないので首は狙えそうだ。
ま、簡単に出来るとは思っていないが…。
それ以上に目に付くのは、ニヤニヤした厭らしい目付きと隣にいる男だ。
装備と雰囲気から看守でも囚人でもない。
もしかして、あれがスロゥスなのだろうか…。
ヒューマの男とは正反対で無表情だ。
しかし、囚人26号とは違った厭な雰囲気が彼にはある。
俺の方を見ながら何やら2人で話している。
自意識過剰なのかも知れないし勘違いかも知れないが嫌な予感だけははっきりしている。
いよいよ、開始の時間だ。
「行って来い。アキラ」
「何度も言うが、負けんなよ!」
ハイアは俺の頭を優しく撫でヴェルは俺の両肩に手を置き軽く前に押す。
本当…2人の対応が最初の頃と比べて大分違うな。
「行って…勝って来るよ」
俺は2人に振り返りリングに上がった。
リングの上には俺とヒューマ♂の2人だけが立っている。
もう少しで開始の鐘がなる……ん?あれ?
奴の首に拘束首輪がない。
囚人全員着用が強制されている筈なのに…。
確かあれは囚人が反乱を起こさない為に能力が一定以下に抑え込む大事な物だった筈だ。
それにハイアに聞いた話では、とあるスペルを唱えると囚人を無力化出来る機能があるらしいが…。
それがないのはどういう事だ。
ランク4の彼に首輪がないのは不自然過ぎるだろ。
あ、もしかして…あの男、スロゥスが関係しているのか。
「ハイ…」
”カァァァン”
ハイアに確認を取ろうと振り向こうとした瞬間、開始の鐘がなる。
遅かったか…。
奴はその場で腰を落とし大剣を肩に担ぐ。
そして、空いた左手を前に突き出し、”クィクィ”と指を曲げる。
「ほら、やってみろよ」というよくある挑発だ。
なら、遠慮なく…。
俺は縮地法で移動できる2mの距離+俺の間合いの距離で抜刀術の構えを取る。
腰を落としサムライソードの柄に手を添える。
しばらく、睨みあいのフリをする。
やはり、奴は先手を取ろうとしない。
まずは受けてみて相手の実力を測ろうとしているのだろう。
ま、取り合えずご希望に添えてやりますか…。
(縮地法!!)
俺は一瞬で2mの間合いを駆け抜ける。
次は攻撃だ。
ここで失敗する訳にはいかない。
タイミングあってくれ!!
『壱式抜刀術・凪』
どんぴしゃりのタイミングで技は発動し、奴の無防備となっている横脇腹にクリーンヒットする。
派手な血飛沫が飛んだのとほぼ同時に俺は奴の背後でサムライソードを納刀する。
これが僅か1秒の間の出来事だ。
「ほう…、聞いていた以上だな」
奴は俺の攻撃で出来た傷を抑えながらゆっくりとこちらへ振り返る。
痛みがないのかそれとも我慢しているのか奴は苦痛の表情1つしなかった。
手ごたえは確かにあった…。浅い筈はない。
「だが…、攻撃ってのはこうやるものだ!」
奴の言葉と同時に大剣が目の前に迫る。
体格差というべきか…、一瞬ではないが2秒ほどで俺との間合いを詰めていた。
これが当たれば即死もありえるかもしれないので俺は咄嗟に《縮地法》で横に跳ぶ。
”ドカンッ”
と俺が元いた場所のリングが激しく粉塵を撒き散らす。
そして、しばらくした後上空からタイルの破片を降ってくる。
奴は大剣の攻撃で直径2m弱のクレーターを作り出したのだ。
この攻撃の直撃は避けれたようだが、掠ったようでHPゲージの4分の3が削られた。
掠っただけでこれだ。
直撃を受ければ確実にオーバーキルだ。
流石にこの攻撃を不信に思った一部の観客が声を上げる。
ハイアやヴェルもその異変…拘束首輪の着用をしていない事に気付いたようで試合の中止を審判へ向けて進言している。
拘束首輪があるお陰で対戦者同士の圧倒的な差を極力なくす効果がある。
獣人の能力は凄かったけど拘束首輪があったお陰で10戦目にして勝つ事が出来た。
下限は設定されていないだろうけど上限は設定されているという事だ。
恐らく、拘束首輪がなかったら俺が獣人に勝つ確率は10戦目だったとしてもなかったと思う。
だが、このヒューマは違う拘束首輪がない事でレベル制限がなくなっている状態だ。
10戦して奴のレベルに近づけたとしても拘束首輪でレベル制限され勝つ事は出来ないだろう。
奴は今、囚人内に限ってチート級の能力を持っているという事だ。
しかし、審判らしきグレゴリは耳を貸そうとはしていない。
スロゥスの息が掛かった審判なのかも知れない。
それに、もう半分の観客は続行を希望しているようでもある。
観客席からは「ぶっ殺せ」と「中止しろ」の2つの声があるが、「ぶっ殺せ」派の声の方が大きく力強い。
念のため言っておくが「ぶっ殺せ」は、奴ではなく俺をぶっ殺せと言う事だ。
今までの試合と同じで観客は、試合の勝敗よりも殺し合いを希望しているのだ。
拮抗している殺し合いの方が客は喜ぶが、圧倒的な力の差による一方的な殺戮も好きな者は多い。
「そうそう…忘れていたぜ。おいっ!そこの看守2人!スロゥスの旦那からの伝言だ。
勝手な行動は困る。カリーネやイッシン殿に会わせたりしているようだが、私はそんな許可をした覚えはない、との事だ。
だから、この小娘は見せしめだとよ。
俺様に負けた場合、あんたらの監視下から外して俺様専属奴隷として献上してくれるらしいぜ」
…なんじゃそりゃ!?
《流派》どころの話じゃなくなっているじゃないか。
負けたら俺はログインする度に奴の奴隷としてプレイしなきゃならんのか。
そうなったら、キャラデリを考えないといけなくなる。
ネフィリムは勿体無いが詰まらんプレイをするよりは全然マシだ。
「……」
「ハイア…」
以前、ハイアはバレなきゃ大丈夫と言っていたが完全にバレてしまったようだ。
ハイアは目を瞑り唇を噛み締め何やら必死に考えている。
それをヴェルが何をする訳でもなくただ慌てているだけだ。
何となくヴェルの言いたい事が分る気がする。
「だから言ったのに…」恐らくこんなところだろう。
これは何が何でも負けられない理由が出来てしまった。
文章においての15禁と18禁の差異が分り辛いですよね。




