第16話・中身は凡人なんです
※9/15 流派の名称が間違っていたので修正「柿崎」⇒「秋月」
「よう、来たぜ。おっさん」
「………」
「やっと、くたばったか…」
「………」
ヴェルの挑発には乗らず、イッシンは反応を返さない。
先日の一件で懲りたのだろう。
そういえば、イッシンが言っていた瞑想とスキルの『瞑想』は別物なのだろうか…。
俺の知っている『瞑想』は魔術に関連していて、主にMPの回復と熟練度上げ用のスキルだったと認識している。
「どうするよ?」
「どうするって…。原因が何を言ってるんだ。
イッシン殿、先日お話した通り彼女に貴方の剣術を教えてやって欲しいのです」
「………」
「…聞こえているか?おっさん」
ヴェルだけでなくハイアの問いにも全く反応を見せようとしない。
ワシに構うなという雰囲気だけは伝わってくる。
「耳が遠くなったか?」
ヴェルはニヤリとし何やら悪巧みを思いついたようだ。
「起きやがれ、老いぼれ」
イッシンの少々広い額をペシペシと叩くが、それでも反応が返ってこない。
とは言え、ヴェルは気付いていないようだが俺の方からは、こめかみがピクッとしたのが見えた。
「むぅ…」
今度はイッシンの上瞼を持ち上げ生死を確認するように無理やり目を開けさせる。
「………」
それでも反応を返さないイッシンだが、必死に耐えているようにしか見えない。
身体はプルプルを震えているし、拳に力を入れているのが分る。
それにヴェルが気付いていないのか気付かないフリをしているかは分らない。
彼のイタズラがエスカレートしていき、今度は鼻を摘み口を抑える。
これはやりすぎだ。
イッシンの頭がプルプルと震えだす。
しばらくは、その状態で耐えていたが限界のようで顔色が真っ赤になっていく。
そして…。
「…ッッブハッ、こ、こ、こ、殺す気かぁぁぁッ!」
イッシンは、ヴェルの手を振りほどき覚醒する。
「チッ」
ヴェルは舌打ちをし心底残念な表情をする。
本気で殺すつもりだったのだろうか…。
「よぅ、死に損ない。やっと、目が覚めたか?」
今日一日でイッシンに対する呼び方が死に損ない」へランクアップ?したな。
「し、死に損ないじゃと!?こ、小僧、どこまでワシを馬鹿にするつもりじゃ!」
「さぁ~」
ヴェルはニヤけながら惚ける。
それを見たイッシンは益々顔が真っ赤になっていく。
これを放置しておくと昨日の二の舞になりそうだ。
「イッシン殿…」
「ふん、分っておる」
「「えっ?」」
俺とハイアは意外な答えにびっくりする。
「何惚けた声を出しておる。教えてやると言っておるのじゃぞ?」
「え…でも…」
あんなに嫌がっていたのに…。
「このまま断り続けたら、あの小僧に殺されかねん。それに毎日来られては修行の邪魔じゃ」
所謂、根負けしたという事なのか。
「じゃが、当然条件はあるからの…」
「私達に出来る事なら何でも」
「何を言っておる。お主等は関係なかろう。嬢ちゃんに対する条件じゃ」
「どういったものでしょうか?」
教えて貰えるチャンスがあるだけで儲けものだ。
「ふむ。嬢ちゃんには《刀剣修練》と《流派》そして技を2つ程教えてやろう。
そして、次の対戦で格上と戦い教えた技だけで勝利してみせよ」
「格上ですか…」
ランクが1つ上がるとどれくらい能力に差があるのか正直分らない。
同格であったハーフエルフには勝てたのがラッキー程度の差しかなかった。
ビーストは実力差があり過ぎて比較対象にはならない。
「そうじゃ。勝てたらな本格的にワシの《流派》を教えてやろう。
もし、負けたら《流派》は忘れてもらう。良いな?」
と言う事は負けたとしても《刀剣修練》は残るのか…最悪サムライソードと格闘で戦えば良い。
何気に《我流》は刀剣に応用出来る技が多い。
あの、『草刈り』も刀剣に応用出来るくらいだ。
「はい、お願いします」
「宜しい。では、行くとしようかの?」
「どこへ行くつもりだ?」
「察しが良いと言ったのは取り消すわい。小僧、ここで刀振り回して昨日の二の舞をさせるつもりかの?」
「それならそうと…場所を言えよ。紛らわしい」
「……」
また、険悪な雰囲気が漂い始めるが、イッシンはヴェルの言葉に耳を貸さず大事には至らなかった。
◆◆◆
「…といった感じじゃが…コツは掴めたかの?」
大体1時間半掛けて《刀剣修練》《流派》と2つ技をイッシンに教えて貰った。
現実世界では1時間半で《流派》を習得するなんて不可能だが、E/Oはゲームなのでこのぐらいの時間で済む。
と言うより、ゲームなのに1時間半は掛かりすぎだ。
《刀剣修練》と《流派》は問題なかった。
特に、《流派》なんてアッと言うまに終わった。
要約すれば、「あなたの門下になります」「はい、承知しました」というやり取りで済むからだ。
まぁ、ここに至るまでの条件が各流派にとって難しい関門となっているので、いざ流派に入る場合の手続きは簡単に済ませているという訳だ。
ちなみに、イッシンから教わった《秋月夢想流居合剣術》は、恐らくベルフェゴール城の牢獄内でイッシンと出会う事が条件だと思われる。
アキラのスキル構成は悪い意味で普通ではないし、初期流派の《我流》のままだ。
普通の流派は何かしらの習得条件があり、レアな流派となると条件は厳しくなり何かしらを極めていないと条件さえクリア出来ない。
開始してからまだ僅かな時間しか経っていない現在ではほとんど習得が不可能だ。
俺にとって「ベルフェゴール城の牢獄内でイッシンと出会う」事は簡単な事だが、他のプレイヤーにとってほぼ不可能に近い。
まずは、魔王の領域に入る為のメインクエストを開始しないといけないし、例え入れたとしても魔王の城に入る事は現段階では不可能だ。
ほぼ毎日、E/Oのスレを見ているが魔王の領域に入れたプレイヤーは極僅かだと思う。
とは言え、スレ住人が十数人だとしても全世界から見たら少なく見積もってもざっと100人以上は入っていると見ても間違いはない。
しかし、魔王の城に入れた者はまだいないと思う。
俺自身が証拠だ。
牢獄闘技場が平常運行している事から見てもまず間違いはないだろう。
ベルフェゴールや他のグレゴリが娯楽を楽しんでいる余裕があると言う事は、プレイヤー…またメインクエストがそこまで進んでいない可能性が大きい。
でだ。
1時間半掛かったのが技の習得だ。
2つとも抜刀術で技自体は難しくはなかった。
《壱式抜刀術・凪》は、よくある抜刀術の水平斬りだ。
《弐式抜刀術・朧》は、凪の斬り上げバージョンと言った感じだ。
見ての通り、技自体は難しくないのだ。
ここに《秋月夢想流居合剣術》の流派スキルが絡むのだ。
その1つ《縮地法》が厄介で、Lv1の段階で2mの距離を”一瞬”で詰める事が出来る。
それを考慮した上で上記の技を繰り出さねばならない。
正直、身体と脳が全く理解出来ず、習得できた現段階でもまだ不安が残る。
情けない事だが習得できたのはマグレに近い。
ちなみに、もう1つの流派スキルは《急制動》で、その名の通り急ブレーキだ。
抜刀術は外した後の隙が他の剣術と比べ大きい部類に入る。
特に《縮地法》を利用した抜刀術は外した後に止まるのが非常に困難だ。
そこで急ブレーキを掛けて再度攻撃に転じる為のスキルだと思って貰えたら良いだろう。
もっと簡単に言えば、《縮地法》キャンセルって事だな。
とは言え、これが《秋月夢想流居合剣術》という訳ではなさそうで、恐らくは《縮地法》と《急制動》を組み合わせた多角的攻撃とフェイントが主だと思われる。
どういう事かというと、《縮地法》を用いて相手の間合いに入る手前で急ブレーキを掛け相手がタイミングを外した後に攻撃したり、相手の手前で方向を転じて後ろに回りこみ攻撃をする…。
または、攻撃を外したと思わせておいて後ろからバッサリ…そういう事がこの2つのスキルを組み合わせる事で可能なのだと思う。
「多分…大丈夫…だと思う」
流派については理解出来たけど、実践出来るかどうかは別だ。
「自信なさそうじゃの」
「…そうですね」
「ま、出来ようが出来まいが約束は守って貰うからの」
イッシンは、ニヤけた顔で白髪の混ざった顎鬚を撫でた。
《急制動》は、るろ剣でいう”ズザァァァァ”という部分をなくすスキルって感じです。
《縮地法》と《急制動》を合わせた攻撃のイメージは、コードギアスの紅蓮聖天八極式の機動です。
なので、中身が凡人の亮では身体と脳が理解し慣れるまで少し時間が掛かるかも知れません。




