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聖女めざして修行中ですが、踏んだり蹴ったりには定評があります!  作者: 有沢真尋
第四章

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聖女選定

 三叉の燭台は、ナディアの魔力を根こそぎ奪い取っていった。

 それによって地下の魔物の封印は成立したとのことであったが、ナディアは周囲の声も届かぬほど集中した中で、生命力すら燃やして魔力を使い切った代償に、こんこんと眠り続けた。


 起きたときには、神殿はあの日の異常な空気などなかったかのように、いつもの日常に戻っていた。


 * * *


「この間、寝ながら譫言で言ってた。『視野が広く、公平で、己の命を懸けてでも他人を守れるような、それでいて抜群に優秀な人材』が聖女にふさわしい、と。ナディア自身は視野が広いというより考えすぎのきらいがあるし、公平であろうとしてどっちつかずという最悪な状況も作りがちかな。己の命を無造作に扱うところも、上に立つ人間として私はどうかと思う。魔物の封印を成し遂げたことに関しては、『抜群に優秀な人材』と言えないこともないんだが……」


 目を覚ましたときにそばについていたアンゼルマは、「たまたまだよ。忙しいんだ」とは言っていたものの、その後も夢うつつを繰り返すたび、気がつくとナディアのそばにいた。

 それが、以前のように「姉さま」としてならともかく、「男だ」という発言を裏付けるようにすっかり青年の装いになっていて、ナディアとしては目のやり場に困る。

 困るものは困る。

 詰め襟の仕立ての良いジャケットに、すらりとした長い足を包むズボン。体の線がはっきりしているせいなのだろうか。艷やかな髪も、整いすぎた美貌も何も変わらないのに、顔つきまでやけに精悍で、もうどうしても女性には見えない。


(女性で、姉さまだからソファでじゃれあったりしていたわけで……。男性で、兄さまだとわかった今、寝起きの寝台の横でリンゴなんか器用にナイフで剥かれても、どんな顔をして食べれば良いのか)


 面倒見の良さは相変わらずなのだが、今まで通りの距離で良いものなのか、と気になって仕方ない。それどころか、気の所為でなければ、以前よりさらに、近い。距離が。


「倒れたナディアを、俺とセレーネで全力で『治癒』した成果がどうかは正直わからないが、数代ぶりに命を落とさないで封印を成し遂げる候補者が出たわけだ。聖女は、そうだな、それで」

「いえ、でも命を落とさなかったのはたまたまなのではないですか。この先長い期間携わる通常の業務で言えば、アンゼルマ姉さま? や、セレーネ姉さまの方が優れているのでは……」


 すぐに割り切って「兄さま」と言えるわけがない。そもそも「義理姉妹」の絆は結んでいたが、兄さまはその輪に入れて考えて良いものなのか。

 ナディアの戸惑いはわかっているだろうに、アンゼルマはくすっと人が悪そうに笑って流してしまう。


「神殿に籍を残すサンドラ同様に、セレーネも施療院に残って魔力を用いた奉仕活動は続ける。『浄化』に関してはこの先数十年単位で割と用無しになるわけで……。『聖女』の魔力が空でも、そんなに困らない。その分実務に関しての能力が一番求められるだろうが、そこは私が補佐しよう」

「ずいぶんと私を差し置いて、色々と決められている気がします」


 アンゼルマの瞳に宿る、心を見通すような光。まっすぐに見つめると落ち着かなくて、ナディアは視線をさまよわせてしまう。体が弱っているせいで、心も弱っているのだ、と自分に言い訳したくなる。


 アンゼルマは「リンゴ置いておくから、食べなさい」と言って椅子から立ち上がった。

 寝台に体を起こし、背にクッションをあててかろうじて体を支えていたナディアは、思わずアンゼルマの姿を追いかけるように見上げてしまった。

 ちらりと、振り返って視線を流される。目が合ったところで、アンゼルマの唇が弧を描いて笑みを形作った。


「三叉の燭台を灯した候補者を、聖女と認めない者はいないよ。元気になったら今までとは比べ物にならないほどに働いてもらうけど、今はしっかり休んで。それから」


 不意に、アンゼルマがその場に跪く。

 ナディアを見上げるようにしながら、掛布の上に投げ出されていたナディアの手をとった。

 

「聖女候補者は慣例によって、男女の交わりを禁じられているが、聖女にそのような規定はない。歴代の聖女も結婚しているし、子をもうけてもいる。……私は『交配』とか『掛け合わせる』などという発想には抵抗はあるが、そばにいて、ずっとナディアを見守ってきたつもりだ。今後、『候補者』の一人として考えてもらえたら嬉しい」


 まったく目をそらさず、真摯な態度で言い切る。

 手の甲にふれるか触れないかの口づけを落とし、素早く立ち上がった。


「『候補者』……」


 呟いたナディアに微笑んで「また後で来るよ」と言い残して、肩で風を切るようにして去って行った。

 その後姿を見送ってから、ナディアはずぶずぶと前のめりに寝台に沈み込んだ。

 唇の触れた箇所が、今更になって、熱い。


 * * *


 それから幾らかの時が流れ――


 聖女候補者としてのすべての修行を終えた候補者たちは、神官長をはじめとした神殿の人員による選考を受ける。

 新たに聖女として神殿の頂点に立った少女の名はナディア。


 その在位期間における働きの成果により、数代ぶりに現れた真に力のある聖女として、後の世にその名を残すことになる。

 傍らにあり、彼女をよく支えた夫の名はアンセルムス。名前以外、その出自はどの文献にもはっきりと書き残されることはなかった。



ここまで読んでくださってどうもありがとうございました。

連載期間中のブクマ、★、誤字報告などすべてとても励みになりました。

完結読みで読んでくださった方もどうもありがとうございます(๑•̀ㅂ•́)و✧


また違う作品でもお目にかかれますように。

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